顔の無い肖像画 第2章 現実


瑞穂が校舎を後にして正門を出た時である。

「早かったね」
瑞穂はビックリして振り返る。そこには正門の影で手を挙げ合図をする竹中の
姿があった。

「竹中さんこそ、なんでこんなに早く?」
「午後の授業が早く終わってしまったんだ」
「そうなんですか・・・」
「来てくれて嬉しいよ。あぁは言ったけど、来てくれるかどうか少し不安だっ
 たんだ」

そう言いながら、竹中は瑞穂に近づいて来た。
(逃がさないぞ)
瑞穂には竹中がそう言ってるように思えて来た。

「・・・・」
「見せたいものがあるんだ、ついて来て」

竹中は瑞穂の返事を待たずに歩き出した。瑞穂は仕方なく竹中の後に続いた。

「ここだよ」
二人は大学から5分程度のところにあるマンションの前で立ち止まったのであ
る。

「ここって?」
「僕の住処さ」
「えっ!こんなところに住んでいるんですか?」
「そうだよ」

都会にある竹中のマンションはオートロック式の入り口を抜けるとエントラン
スは大理石で作られていた。郊外にある永住型のマンションとは違い小さな子
供達が走り周る姿もない。ましては瑞穂の住む安アパートとは大違いであった。

「竹中さんってお金持ちの御曹司かなにかなんだ」
「あはは、そんなことないよ」
「でも、このマンションって高いでしょ?」
「小さい頃に母親が無くなって、父親と二人で暮らしていたんだけど、一昨年
 に親父が死んでしまい、遺産が入って来たんだ」
「じゃ、今は独り?」
「そうだよ」

独り暮らしで少し寂しい思いをしていた瑞穂は、竹中に同情した。自分は寂し
い思いをしても田舎に帰れば両親が揃って迎えてくれる。それに比べ竹中には
瑞穂のように帰る場所もないと考えたのである。

最上階に竹中の部屋はあった。最上階は戸数も少なく静かな空気が漂っていた。

「ここだよ」

なにげなくポケットから取り出した鍵でドアを開けると先に入りながら竹中は
瑞穂に向かって言った。

「はい・・・」
ロングブーツを脱いでいる瑞穂を残して竹中は置くへと消えてしまった。

「お邪魔します・・・」

フローリングで仕上げられた廊下にはいくつもの木で出来たドアが並んでいた。

「こっちだ」
瑞穂は16畳ほどのリビングに通された。家具の殆ど無い部屋はとても広く感
じられた。

「すごいですね。こんな広いところに一人で暮らしてるんですか?」
「あぁ」
「私のアパートはこの部屋より狭いわ」
「そっか、いっそここに引っ越してくるかい?笑」
「・・・・」
「冗談だよ」
「少し、本気にしちゃったわ。笑」
「石原さんがその気なら別に僕は構わないけどね」
「・・・・」

瑞穂は話に詰まってしまった。

「でも、すごいわね」
瑞穂はリビングを見回しながら言った。

「こっちの部屋がアトリエだよ」
そう言いながら竹中はリビングに面したスライド式の扉を開いた。扉を開きき
るとリビングとつながった一つに部屋にも見える。30畳位の大きな部屋とな
るのである。

「ちょっと散らかってるけど・・・」

瑞穂の目に壁に掛かった絵が飛び込んで来た。そして金縛りのように固まって
しまったのである。

壁に掛けられた油絵は全裸の女性の絵であった。女性は椅子に座り、背もたれ
に後ろ手で縛られていた。いつも夢で見る自分の姿とそっくりなのだ。

「あぁ、その絵。親父の遺作なんだ。まだ、途中だったようだけど」

確かに女性の顔の部分は、まだ描かれていなかったのである。

「僕は何故か、その絵に惹かれて・・・形見として残してるんだ」
「そうなんですか・・」

近くにより瑞穂はその絵を眺めた。見れば見る程、自分に似ていた。彼女は右
の乳首に比べ左の乳首が小さい事をコンプレックスに持ち悩んでいるのだが、
壁に掛けられた絵画も同じように描かれていた。もっとも、バストは実際の瑞
穂のモノと比べ少し大きく描かれている。しかし、これは作者がデフォルメし
たと考えれば瑞穂の身体を写生したと言っても過言ではなかった。

「どう思う?」
「少し、胸が小さいかなぁ(笑)」
「そうだね(笑)、親父の好みかな?」
「竹中さんはやっぱり巨乳好きなんだ?笑」
「いや、僕もどちらかと言うと巨乳より小さい方が好きだな」

そう言いながら、竹中の視線が瑞穂の胸に移った。
「いいわよ!気を使ってくれなくても」

言いながら、少し安堵している自分に瑞穂は気がついた。
「でも、この絵は胸の上下を縛ってあるから大きく見えるのかなぁ」
「笑、そうかもね。瑞穂も縛るともっと大きく見えると思うよ」

竹中は瑞穂を呼び捨てにしていた。普段であれば男性から名前を呼び捨てにさ
れることに少なからずの抵抗感がある瑞穂であるが、今はそれが自然に思えた
のである。

「そうかな・・」
「縛ってみるかい?」
「あはは、遠慮しときます」
「そうかぁ。。。残念だな」
「竹中さんはそう言う趣味だったの?」
「どうだろ。でも男だったら少しはそんな気持ちを持っているんじゃないかな」
「そうなんですか?」
「もっとも、マゾな男もいるから必ずしもそうとは限らないか。笑」
「竹中さんはサドなんですか?」
「どちらかと言われれば、そう思うよ。瑞穂は?」
「えっ?私?・・・」
「そう」
「どちらかと言うと・・・縛られる方が・・・・」
「じゃ、マゾだな。二人の相性はピッタリってことかな(笑)」

瑞穂は自分で発した言葉に赤くなっていた。それを見て竹中はニコニコしてい
るのである。