第二章 多重人格


夜中に目を覚ますと、そこはいつもの見なれた病室であった。時計の針は深夜
2時を少し回ったところを指している。

(あれ?夢だったのだろうか?)

その時、長い髪が将司の頬を撫でたのである。ベットに上半身を起こして自分
の胸を見ると確かに膨らみがある。将司と真央は死体であった石原睦美の身体
に憑依したのであった。

そこまでは良かったが病院を抜け出そうと、素知らぬ顔で二人(身体は睦美だ
けであるが)は霊安室を抜け出て廊下を裏口に向かって歩いると不運なことに
二人は石原睦美の母親と遭遇してしまったのだ。

それから病院は大騒ぎとなった。なんせ死んだハズの石原睦美が生き返ってし
まったのであるから。

「奇跡です。そうとしか言いようがありません」
「もう少しで生きた人間を火葬にするところだったのよ!」
「あの世はどうだった??大霊界のようでしたか?」
「睦美さんがしている、このネックレスは幸運を呼ぶものです」
「マリアさまの御加護です」

無責任な人達がいろいろなことを言い出したのだが担当医が駆けつけると騒ぎ
は少し沈静化した。そして、医師による再検査が始まったが異常な個所は何処
にも見つからなかったのである。

「う〜ぅ、完全に蘇生していますね」
「はい、生きてます!」
睦美は元気で答えると診察室を出ようとしたのだが、医師はもう少し様子を見
る必要があると主張し、結局、病院に泊ることとなってしまったのだった。


そう、ここは石原睦美の病室だったのだ。良く見ると確かに将司の病室とは少
し違っていた。少し部屋の天井が高く見えるのは気のせいだろうか・・・
自分の胸の膨らみに手を当て現実を確認した将司であったが、好奇心に駈られ
パジャマのボタンを外しだしたのである。

そこには小さな胸板から柔らかく膨らんだ豊満なバストがあった。そしてそれ
を包むように白いブラジャーが着けられている。将司にしても女性経験が無い
わけではなくこの光景は十分承知していた。しかし、自分の身体として見るの
は始めての体験である。

ブラジャーを外すと豊満なバストの弾力的な開放感が将司を捕らえていた。目
に入ってきた物は男性のものとは違う少し大きなピンクの乳首であった。二つ
の丘の上に引っ張ると取れそうな感じで付いていたである。

将司は指で少し固くなっている左の乳首を摘まんで見た。

「あっ・・」

その感触は下腹部と脳髄に激しく伝わったのである。続いて右の乳首を摘んだ。

「うぅ・・」

同様に快感が全身を走った。こんどは両手で同時に両乳首を摘まんでみたので
ある。

「あっうぅぅ・・うん」

今度は下腹部に収縮したような感覚が襲って来た。将司の手はいつのまにか下
半身に伸びていた。ハジャマの上から男性のシンボルがあるべき位置に手を置
いてみたがやはりそこには何も無かった。少し強く手を股間に押し付けると下
半身から込み上げて来るものを感じた。

将司は衝動にかられてパジャマの中に手を入れていた。そしてショーツの下に
も・・・・・指は茂みをかき分け下部に進んだが、やはり男性のシンボルは無
かった。その代りに茂みの中には柔らかく湿った割れ目があったのである。
将司が割れ目に沿って指を滑らすと心臓の鼓動か早くなり息も少し激しくなっ
てしまった。

「あぁぁぁ・・・うぅ」

乳首を摘む指に思わず力が入っている。下腹部の指は快感の根元を探すように
茂みの中を弄っていたが、ついに小さな突起物を発見したのである。全身が硬
直したと思うとすぐに身体を包むような快感が襲って来た。

「あぁうん・・ダメっ」

将司は自分の身体が男性の大きな手で愛撫されている気分に捕らわれていたの
だ。自然と自分を愛撫する手は激しく力強いものになっていた。

「いい。。もっと!」

(なにしてるのよ!)
(えっ?)
(私が寝ている間に変なことをしないでよ!)

将司は睦美の中にいる、もう一人の存在を思いだしていた。そして睦美の手は
将司の思い通りに動かなくなっていた。どうやら睦美の中での主導権は真央に
移ってしっまったようである。

(・・・・・・・)
「あぁ・・うっ」

一度、止まった指が再び動き出していたのである。

(あれ?どうしたんだ?真央)
(だってぇ〜っ)

どうやら、主導権を握った真央に対して肉体的快感が襲っているようであった。
(このままじゃ・・・止められないんだもの・・・)
「あぁぁぁぁ・・・ううん・・・」

(へーっ、女の子のオナニーってこうするんだぁ?)
(お願い!見ないで・・・)
(そんなこと無理だよ、真央が見たり感じたりすることは好むと好まざるに関
がわらず伝わって来るんだから)

精神主体である時は直接的に伝わる感覚が、精神従体の時は主体者の精神を通
して感覚が伝わってくるのである。

「あうんっ、うぅっ・・・」

突然、扉が引かれ人が入って来た。睦美の母親である美和子であった。
娘のことが心配で今日は隣のベットで付き添っていたのである。

「睦美、起きてたの?」
美和子は睦美の側に来てベットを覗き込んだ。
「うん、お母さん、どこかに行っていたんだぁ?」
「えぇ・・・・・」
何処と無く、不思議そうな顔をしている美和子である。
「どうかしたの?」
「うん?あなた睦美よね」
「なに言ってるのよ、笑」
「だって、今までお母さんだなんて言ってなかったじゃない」
「・・・・・・・」
「なんだか、ママは信じられなくて、寝るのが恐いのよ。」
「なんで寝るのが恐いの?」
「今、話しをしているのが全部夢のような気がして・・・」
「大丈夫よ。ママ!」
「そうそう、ママよね、笑。早く、あなたは寝なさい」
「うん」

いつのまにか、真央と将司は眠りについていた。




結局、検査は3日間にも渡ったが、異常はどこにも発見されなかった。その間、
真央と将司は何度か霊安室にも行ったのだが、なかなか将司の代体は見つか
らなかったのである。

「今日で最後の検査ですよ」
案内された部屋はいつもの検査室とは少し違っていたのである。部屋全体が落
ち着く感じに整えられており、何処からとも無くBGMが流れているのである。
中央にはゆったりした感じのリクライニングソファーが置かれていた。

「私は飯田と申します、彼女は伊藤。」
飯田と名のる白衣を着た男性は伊藤と言う女性を示した。彼女は軽く会釈をす
ると睦美に近づきソファーに座るよう指示したのである。

「あらゆる観点から検査をいたしましたが、どこにも異常はありませんでした」
「じゃ、帰れるんですね」
「ええ、最後に一つだけ、検査をさせてもらいます」
「こんどは何を調べるんですか?」
「睦美さんが死んでから生き返るまでの記憶を調べます」
「えっ?」
「睦美さんには催眠状態に入ってもらい、その間の記憶を呼び戻して頂くので
す」
「・・・・・・」

伊藤は注射器と薬の入ったカプセルを取り出し睦美に近づいた。
「少し痛いですが我慢して下さい。催眠促進剤です」
「痛っ」

「・・・・・・」
「私の声が聞こえますね」
真央は小さく頷いた。
「では、これを見て下さい」
飯田と名乗る男は録音用のカセットレコーダーのスイッチを入れるとペンライ
トを取り出し、真央の目の前で点けたり消したり繰り返しだしたのである。
「だんだん、瞼が重くなって来たでしょ?」
「はい」
「我慢して目を開けていて下さいね」
「・・・・・」
真央の瞼は鉛りのように重くなり、終には目を閉じてしまったのである。

「あなたの名前は?」
「・・・・フジワラ・・・マオ・・・」
「えっ?」

(おい!真央!!)

「もう、一度、聞きます。あなたのお名前はなんと言いますか?」
「藤原真央」

飯田と伊藤は不思議そうに顔を見合わせたのである。当然、”石原睦美”との
答えが返って来ると予想していたからだ。

「あなたの年齢はいくつですか?」
「・・22歳です・・・」
「石原睦美さんは側に居ますか?」
「・・いえ、彼女は今は居ません・・・」
「どこかに行っているのですか?」
「・・はい、たぶん天国だと思います・・」

(真央!起きろ!!)

「Multiple Personality Disorderか?」
「そうかもしれませんね、明らかに石原睦美ではないみたいですね」
「石原睦美は多重人格で、主人格の睦美が死んで同一性分身の真央が主人格に
なっていたのかも知れないな」

「あなたはいつから、その身体に居ますか?」
「5日前からです」
「石原さんが亡くなってからあなたは、その身体を自分の物にしたのですか?」
「はい」

明らかに飯田と伊藤は睦美(真央)に興味を示していた。
(真央、しっかりしろよ。何をペラペラ喋っているんだ)
飯田が続けて質問をしようとした時、突然、睦美の目が大きく見開いた。

「そろそろ、終わりにしないか?」
催眠状態のハズの睦美が自主的に話し出したのである。
「????」
「帰らせてもらうよ」
「ちょっと、待って下さい。あなたはどなたですか?」
「名乗るほどの者じゃないんでね」
「真央さんは、どこに行きました?」
「ここで寝てるよ。僕は失礼するから!」
「ちょっと、待って下さい。真央さんの催眠状態を解除しないと」
「・・・・・」
「じゃ、早くしてくれ」
再び、睦美の目は静かに閉じられたのである。
「伊藤君、拘束衣を彼女に!」
「はい」

伊藤美雪は拘束衣を睦美に手際良く着せ始めたのである。もう少しで拘束が終
わると思われた時、再び睦美の目は大きく見開かれた。

「おい!何してるんだ。放せ!」
睦美(将司)が勢いよく伊藤美雪に体当たりをした為、美雪は床に倒れてしま
った。丁度ソファーのサイドテーブルに頭をぶつけたのであろうか鈍い音がし
て彼女は二度と起き上がることはなかった。

「おいおい、大丈夫か?」
将司は少し心配になって声を掛けたのである。その時、後ろから飯田が睦美(
将司)を羽交い締めにした。さすがに男性の力で押え込まれると、女性の身体
である将司は身動きできなかった。

「くそぅ!話せーっ!!」
両手を腕組みする恰好で固定され、足を縛られた将司は完全に沈黙した。それ
を確認すると、飯田は同僚の伊藤美雪を抱き起こすがピクリとも動かなかった
のである。

「伊藤君!しっかりしろ」
飯田はデスクの上にある電話に飛び付いた。
「もしもし、飯田です。至急、先生を、伊藤君が倒れた拍子に机の角に頭を殴
打し意識不明な状態です」

(どうかしたの?)
(真央かぁ?たいへんなことをしてしまった。突き飛ばした拍子に彼女が)
(・・・・・彼女の魂は、もう身体から離れてしまってるわね)
(僕は人を殺してしまったのか?)
(・・・・、あなたはここに居てよ)

飯田が電話をしている後ろで、睦美の身体から白いオーラが発生したと思うと
伊藤美雪の身体に向かってそのオーラが生きているかのように動き出したので
ある。そして、そのオーラはまるで美雪に吸い込まれるように消えて行った。

「飯田先生」
飯田は突然の声に驚き振り向いた。
「伊藤君!大丈夫か?」
「ええ、気を失っていたようです。でも、もう大丈夫です」
「そうか、心配したよ。後で精密検査を受けておくように」
「はい、わかりました。ところで彼女はどうしますか?」
「そうだなぁ、問題がなければ、今日にでも退院させることが出来たのだが」
「続けますか?」
「いや、今日は止めておこう。先ほど出現した、男性の同一性分身は危険な存
在と考えられる、最悪の場合を想定した準備が必要だ、病棟を変えて明日診察
しよう」
「はい」
「ご両親には私から話しをしておこう」