おとり捜査 第4章 面接試験


翌日、浅田美奈は滅多に穿かないスカートを身につけ、いつもより派手な服装
でコスモ企画へと向かった。

「失礼します」
コスモ企画のプレートが貼られたドアを美奈は開いた。

「はい」
奥から安田が顔を出す。
「先程、お電話しました浅田と申しますが、事務員のバイト広告を見て伺いま
 した」
「あぁ、バイト希望の子ね」

美奈は安田に案内され、小さな会議室に通された。
「じゃ、ちょっとここで待っていてくれかな?」
「はい」

会議室の壁にはコスモ企画の制作したAVポスターが貼られている。殆どがの
ポスターは全裸で女性が縛られたものである。稀に縛られてないポスターもあ
ったが、代わりに首輪や手錠によって女は束縛されていた。

20分も待たされただろうか、再び、安田が姿を現した。

「待たせして、悪かったね」
「いえ、突然、訪問してすみません」
「えっと、バイト希望だったね」
「はい」
「ココがどんな会社か知っていて来たんだね?」
「はい」
「じゃ、簡単に面接をさせてもらうから」
「宜しくお願いします」

安田は美奈の経歴書に目を通し始めた。もちろん経歴書は殆どが嘘の記述である。
「24歳、城東短期大学卒業か」
「はい」
「卒業後は何をしてたんだい?」
「コンビニでバイトをしていました」
「最近は不況で就職難だから大変だろうね」
「はい」
「バイト先としてこの会社を希望したい理由はなんだね?」
「お給料がよかったものですから」
「あはは、正直なんだね」
「すみません」
「いいよ、女の子は素直が一番」
「ありがとうございます」
「少しはSMに興味があるのかな?」
「あまり知りませんが興味はあります」

美奈は面接に合格するよう話を合わせた。
「そうですか、じゃ、この中のポスターでどれがお気に入りかな?」
「・・・・・」

美奈は一通りポスターを見回した。
「そのポスターです」

「これかい?目が高いね。これはここで一番ヒットした作品だよ」
「そうなんですか・・」
「綺麗だろ?」
「はい」
「首輪や手錠にも興味があるのかな?」
「私も手錠なら持っています」
「ほ〜ぅ、そうだったんだ。彼氏とプレーしてるのかな?」
「昔、一度だけ」

刑事である美奈はいつも手錠を持ち歩いている。嘘をついたわけではなかったが、
調子にのって安田の質問に答え過ぎたと少し後悔しはじめた。

「どうだった?」
「はい?」
「その時の気持ちだよ」
「・・・いつもより・・・」
「いつもより?よかった?」
「・・・はい」

「首輪はしたことない?」
「えぇ」
「それは残念」
「すみません」
「ちょっと待って・・・」

そう言うと安田は部屋を出て行った。美奈は嫌な予感を覚えた。
「これ、してみて」

戻るなり、安田はテーブルの上に赤い首輪を投げよこしたのである。

「あの〜、ここでしないと雇っていただけないんですか?」
「俺も、SMに興味のある女と一緒に働きたいからな」
「・・・・・・・」
「SMを内心は嫌っている女と打ち解けられないからな」
「それはそうですね」
「じゃ、俺が付けてあげようか」
「・・・・・・・」
「笑、OK」

そう言うと安田は美奈の後ろに回り込み、赤い首輪を付けはじめたのである。
「あっ」
「細くて綺麗な首だね」
「・・・・・・・」
「似合うよ」
「うっ、いたっ」
「あはは、痛いくらいじゃないと、付けた感覚が伝わらないだろ」
「・・・・・・・」
「OK。雇ってあげよう」
「ありがとうございます」
「但し、条件がある」
「えっ?・・・条件ってなんでしょうか?」
「働いている間、ずっとこの首輪をつけていること」
「ずっとですか?」
「そう、ずっと」
「・・・・・・・」
「どうする?」

高倉にタンカを切った手前、美奈はシッポを巻いて不採用になるわけにはいか
なかった。

「お願いします」
「本気だよ?」
「はい、それで結構です」

「よし、じゃ、いつから来る?」
「私は今日からでも結構ですが」
「ほ〜、余程、その首輪が気に入ったのかな?笑」
「はい」
「よい心がけだな。じゃ、お願いするか・・・細かい仕事について説明しよう」



会議室の中から呼び鈴が部屋中に響いた。安田が美奈に用事のある時には鈴を
鳴らすことにしたのである。席を立つ美奈の首には、もちろん先程の赤い首輪
がつけられていた。

「御用ですか?」
「あぁ、だから鈴を鳴らしたんだろ」
「はい」
「コーヒーを二つ頼む」
「かしこまりました」

部屋のドアを閉めると中から笑い声が聞こえた。先程、二人の来客があったの
である。明らかにガラの悪い人物である。
美奈は手早く注文のコーヒーを入れると会議室に向かった。
ドアの中ではヒソヒソ声が聞こえるが内容までは聞き取れなかった。美奈は会
話を聞くのをやめてドアをノックした。

「おう」
中から安田の声が聞こえた。
「失礼します」

会話が中断されたのであろう、一瞬の沈黙が部屋の中に漂っていた。それを誤
魔化す為か、恰幅の良い男が美奈に尋ねたのである。

「その首輪は最近の流行なのかね?」
「はい」

「騙されたらだめですよ。九鬼さん」
美奈が答えると安田はそれを否定するかのように言い放ったのである。

「うん?」
「コイツの趣味ですから(笑)」

「ほう、さすがに安田さんの会社は徹底してますね」
「ええ、私も趣味で仕事をしてますから」
「普段からの実践が大事ってところですね」
「その通りです。まだ、コイツは新人ですから教育が行き届いていませんが、素
 質は十分ありますから、すぐに開花しますよ」
「楽しみだね。安田さんの期待に応えるようにキミも頑張りなさい」
「・・・・・」
美奈は返事に困った。
「美奈、お礼は?」
「あっ、はい。ありがとうございます」
「少し、とってつけたようだな。笑」
「すみません、まだまだ、教育が出来ていなくて」
「・・・・・」

「なにを突っ立ているんだ?もういいぞ!」
「はい、失礼します」

美奈は居た堪れない気持ちで部屋を出た。



美奈の携帯電話から着信メロディーが流れてきた。
「もしもし・・・」
「浅田です」
「高倉だ。今、いいか?」
「はい」
「連絡がないから、心配したんだが、、どうだ?」
「なんとか、潜入に成功しました」
「ほ〜、雇ってもらえたんだ?」
「なんですか!その言い回しは!」
「いや、大した意味はないよ。笑」
「女優にならないか?って口説かれました」
「嘘を付け。」
「わかりました?笑」
「で、収穫は?」
「長電話は出来ないので、後で報告します」
「そうか、じゃ、、夜にでも」
「はい」
「じゃ」
「あっ、ちょっと待ってください。盗聴器を用意していただけますか?」
「うん?」
「会議室の会話を盗聴します」
「OK。わかった」
「じゃ、今日、8時に署に戻ります」
「いや、署で会うのは危険だから、別の場所にしよう」
「そうですね。どこで誰に見られるかも、、ですね」
「ラベンダで落ち合うか」
「はい」

美奈が電話を切ると、再び呼び鈴が会議室の中から聞こえた。

「失礼します」
「これから、外出するが留守番を頼む」
「はい、かしこまりました」
「夕方には戻るが、今日の夜の予定はどうなってる?」
「特にありません」
「それはよかった。九鬼さんがキミの歓迎会をしてくれるそうだ」
「ありがとうございます」
「楽しみにしてなさい」

九鬼は薄笑いを浮かべたのだが美奈はその事に気がつかなかった。
情報を探るよいチャンスだと考えていたのである。

「じゃ、留守番をよろしく」
「はい」

安田は美奈に近づくと手に取ったワイヤーを美奈の首輪に取り付けたのだ。
ワイヤーの一端は壁に取り付けた金具に固定されていた。

「えっ?」
「じゃ、頼むよ」
「そんな・・・」
「これじゃ、トイレにも行けません」
「許す」
「許すって?」
「トイレでなくても怒らないってことだ。笑」

そう言いながら、安田は九鬼達と出て行ってしまったのである。