13王家記 第一話『砂漠の街』 (作:足立まどかさん


「風が赤い・・・」この時期大陸から吹く風は、酸性の鉱物アタカマイトを多
く含み赤く見えた。ゴンドワナ南部トランペーテに入ると、その風は容赦なく
吹き荒れ、私の行く手と視界を遮っていた。「ここで襲われたら剣は使えない
な、いざとなったら逃げるしかないね」酸を含む風は剣や槍などの金属類をい
とも簡単に腐食させ、武器類を戦闘不能な状態にしてしまう。この砂漠での戦
闘は、物理攻撃しか持たぬ騎士や戦士には死を意味した。しばらくアタカマ砂
漠を歩くと赤い砂塵の彼方に城壁と青白い光に囲まれた町が見えた。これが砂
漠の中の町「イバチンガ」か。
町をすっぽりと覆っているシールドが遠くからだと青白く光って見え、そこに
町があることを旅人に知らせていた。町への門を潜り抜けると私は防塵機能の
ついたゴーグルを外し、赤い砂にまみれた衣類、そして大切な剣を入れた道具
袋の砂を丹念に払う。

「ふう・・・気持ちいいな・・・」町を覆うエアーシールドの影響か、ここの
空気はとても澄んでいる。外の世界とはまったく違った明るさの町は、砂漠の
中にあるとは思えないほど活気に溢れ、その澄んだ空気がすべての旅人を優し
く出迎えてくれた。

町の門をくぐり抜けとりあえず身なりを整えると、今晩泊まる場所を探すこと
にした私は、広場の入り口付近で働く住人に宿はどこかと尋ねた。

「あのースミマセン、この町の宿屋を探しているのですが、どこにあるのでし
ょうか・・・」住人は『六果亭』という名前の宿屋を教えてくれた。その宿は
町の北のはずれの方にあり、古ぼけた小さな「INN」という看板が唯一ここに宿
屋があることを示していた。「ここが六花亭・・・だよね?なんか汚いなあ。
嫌な感じ・・・」宿に入ると無愛想な大男がムーンと立っていた。

「ひぃ!あ、あの、今晩泊めてもらいたいのですが」大男は私を見下ろすと低
い声でぼっそっと言った。
「・・・あんた1人?これに名前とクラスを記入して」
「は、はい」
大男は宿帳を差し出す。
「ミレイユ・・・騎士だって?ふーん、あの砂漠をあんた1人で横断してきた
ってのか?へっへっへ・・・たいした女だね!」
「はあ!?」

私は大男の問いにむっとした。まあ確かに見かけは女性のようではあるかもし
れないが列記とした♂である。しかも正式な騎士クラスなんだけど・・・。
「私は♂です!それより今晩泊まれるの?はっきりしてください!」
「うお!なんだ、てっきり女かと。へへっすまねえ、大丈夫だよ。部屋は2階
だ。空いてる部屋の好きなとこに泊まってくんな、騎士のお嬢さん!くっくっ
く・・・」
「もう違うってば!」

まあいつもの事である。私は小柄なので甲冑も一般のパラディンや騎士用の物
では大きすぎて着れない。するとやはり女性用になってしまうのだが、このバ
ストアーマーが余計だ。なるべくバストの目立たないタイプのを選んではいる
が、どこから見ても女騎士にしか見えなかった。そこへきて栗色の長い髪にこ
の顔・・・最近では母上様や姉様と瓜二つだと良く城の家来たちに言われた。
でも女の子に間違われるの嫌じゃないんだよね、ホントは。よく姉様が不在の
時、こっそりお化粧をして姉様の服を着て姉様のふりをして城の人達を驚かせ
たり・・・。

 部屋はというと、値段の割には結構綺麗な感じで安心した。一応ここが旅の
拠点になる訳だから。荷物を置き、砂で汚れた服を脱ぐと、私はすぐさま風呂
にお湯を張った。「ふー、気持ち良い!旅の疲れが抜けるなあ・・・」湯船に
つかり、ふと自分の体を見てぎょっとした。「だいぶ大きくなってる・・・そ
ろそろやばいかなこりゃ」そういえば戦闘のときも気になっていたんだよ「胸」
が。剣を振るうと揺れて邪魔だったり、敵に襲われたときも・・・。まさかこ
こまで進んでいるとは思わなかった。すこし胸が張るような痛みもあるし、何
より乳首が敏感になってしまって戦闘どころでは・・・。もう後戻り出来る地
点はとうに越えている気がした。今回の旅・・・あの魔道士の言うとおりだ、
相当の決心が必要だ。

 しばらくして、部屋の外がにわかに騒がしくなり、他の空き部屋にも誰か泊
まりに来た様子だった。お風呂を済ませると急に腹が減った。そういえばしば
らく何も食べてなかったっけ。私はエンジ色のローブに着替え、この町を散策
することにした。イバチンガ、砂漠の中にある町とは思えないほどこの町は活
気付き、市場にはありとあらゆる物が溢れていた。新鮮な野菜に肉、特に私の
目に付いた物は色鮮やかな絹織物。「うわ、綺麗・・・きっと姉様に似合うだ
ろうな」それはこの地方の女性が特別な時に着る民族衣装で、光沢のある柔ら
かなシルクで出来たそれは、着る者の体の線がはっきり出るタイプのドレスだ
った。横に入ったスリットは大胆にも太腿まで切れ込んであり、袖なしのハイ
ネックになっているデザインだった。

「どうだいお嬢さん、お安くしとくよ!」
いきなり大きな声で店の店主が言った。お、お嬢さん!?私のこと?調子の良
い店の店員に半ば強引に試着させられた私は、鏡に映ったその姿に驚愕した。
「え・・・こ、これ私?」姉様にそっくりだった。ドレスの袖から伸びる腕は
おおよそ騎士とは思えないほど細くて白く、しなやかだった。それとは対照的
に胸が大きく見え、そのデザインは女性の体をより美しく見せるように作られ、
私の姿はどこを見ても女性にしか見えなかった。

「まあ!お似合いですよ、とても綺麗!」
「うっ、そ、そんな・・・」
「本当ですよ!この店にはたくさんのお客さんが来ますが、貴女のような美し
い方はこの国のマキロン女王様以外なかなかいらっしゃいませんよ!」
「ははは、女王様ね・・・じゃあ・・・これ下さい」
「お買い上げありがとうございまーす!あ、この下着はサービスしときますね♪」

うあぁ買ってしまった!・・・と言うかなんで?姉様に似合うだろうなって思
ってただけなのに!しかも結構高かったな、剣を鍛え直そうと思って貯めてい
たお金だったのに。今日はもう残ったお金でパンでも買って宿に帰ろう。
 市場でパンを買い、宿へ帰る途中酒場の前を通り過ぎた。何やら騒々しいな、
あまり近寄らないほうが良いかも・・・。足早にそこを通り過ぎようとしたそ
の時、酒場の中で銃声がした。

「銃声!?何、今の!」私は嫌な予感を感じながらも、おそるおそる酒場のほ
うを振り返った。そこは町を訪れる冒険者やハンター、騎士などが出入りする
大きな酒場だった。

「うーるせえ!ふーざけんなー!!」
「誰だ!こんなに飲ませやがったのは!外で頭を冷やせ!」
店から出てきたのは、銃を片手にかなり酔っ払った衛兵らしき人物と、その上
官のような男。上官に酒場を摘み出された衛兵は喧嘩でもしていたのか、かな
り気が立っているようだった。どうやらさっきの銃声はこの衛兵の銃らしい。
やだやだ、巻き込まれるのは御免だね、さっさとこの場から失礼しよう。
「おー!姉ちゃん可愛いねえ、旅の人かー!どこからきたのー?いっぱい付き
合えよー!」
げ、まただ!姉ちゃん?私のことか!?冗談じゃないよ、逃げよ・・・ん?
ムンズと私の手首を掴んだ衛兵はひどく酔っていたが力が強く、振り解いて逃
げることが出来なかった。

「い、痛いんだよ!いやだ、手を放しなさい!」
「んーなんだとー、放しなさいだぁー!トランペーテ女王親衛隊の俺様に向か
って命令する気かー!」
「いゃ!」

衛兵は私の腕を掴むと強引にローブの下から手を入れ体を弄った。

「ちょっと!ふ、ふざけるな!っく・・・やめ・・あっ!」
「えへへへ、今日は運がいいなあ!こんないい女が転がってるなんてよお!」
「冗談じゃない!わ、私は・・・いやっ!」

衛兵はごつごつした手で私の胸を揉むと、敏感になった乳首を摘み刺激した。
衛兵は私を店の反対側にあたる路地裏に引きずり込み、私の手首に護送用の手
錠をかけ、後ろ手に拘束した。

「ち、ちょっと待って!やめなさい!い、痛い!・・・わ、私は・・・あんっ!」
「へへへ、なんだ、感じてるのかー!こんなに乳首を硬くさせてよぉ!」

ち、力が・・・入らないよ・・・胸がこんなに感じるなんて・・・
ああ、姉様・・・。
私は衛兵の強引な愛撫に耐えられず、思わず女性のような声を上げてしまった
のだが。

「ん?なんだ?!・・・お前、♂か!?そうか・・・シーメールだな!」衛兵
は私の下半身をまさぐるとぎょっとして突き放した。

そう、私はシーメール、いわゆる「両性を具有する」種族の事だ。私の生まれ
た王家は何代かにシーメールが発生する家系だった。この旅の目的もそのシー
メールとしての「試練」を乗り越えるためでもあった。

「・・・こりゃ珍しい!まあ安心しな・・・今日はやめだやめだ・・・」
衛兵は私の腕を拘束していた手錠を外すと語りだした。ズキッと手首が痛む。
見ると手首は手錠でこすれ、赤くなって血が滲んでいた。私は乱れた服を着直
した。

「シーメールは王家に多いと聞く。その背中の紋章・・・竪琴に羽の生えたラ
イオン、北ゴンドワナのホルン家の出だな。こんな辺境の町まで何しに来た?」
「う、うるさい・・・私の体を弄んでおきながら今更何を!!」

私は武器を持っていない丸腰の状態だったが、低レベルの攻撃魔法が使えた。
呪文の詠唱こそ伴わないまでも、そこそこの威力だと思っていたのだが。

「けっ、下級魔法か!やめときな!俺は衛兵だぜ、そんな花火でやられるかよ!」
私は何故か涙が止まらなかった。悔しいのと惨めなのと、いろいろ・・・衛兵
に敵わない事はわかっていたが、♂として悔しくてたまらなかった。

「へっ・・・酔いが醒めちまったぜ・・・」
衛兵はふらふらとその場から立ち去ってしまった。

「まて!・・・痛っ・・・くそ!」腕が痛み、戦闘など出来ないだろうと思っ
た。悔しいがこの場は宿へ帰ることにした。

「やあおかえり。ん?なんだその傷は!?」宿屋の大男は私の手を見るなり表
情が曇った。
「あ、こ、これね、犬に絡まれて・・・」
「犬だと?嘘付け!こりゃ拘束具の跡じゃねえか、よく見せてみろ。あんた、
体は大丈夫なのか・・・」
「・・・わ、判ってるんだったら・・・そんなこと聞かないでよ!」

足早に2階へ上がり部屋のベッドに倒れ込んだ。ああ、私は心にもないことを
言ってしまった。大男は私の事を気遣って言ってくれたのに・・・
なのに私は・・・。こんな気分は生まれて初めてだ。胸の奥が、心が締め付け
られるように痛む。手首の傷跡を見ると、涙が自然と溢れ出て止まらなかった。
この日程この女性の体がつらいと思う日はなかった。


アタカマ砂漠の風が止むことは無い。
トランペーテ城砦都市「イバチンガ」六果亭にて・ヨンヨン期2700年初頭