セクシー・ドール(前)


 週末、一週間の仕事に疲れ果てた宮崎徹は重い足取りで都心から少し離れた、
ワンルームのマンションに辿り着いた。社会人になって3年の徹は1年前に独
身寮から出てここに引っ越したのである。当時は同期入社の牧瀬真理と恋人関
係にあり、なんどか彼女が食事を作りに来てくれたこともあった。しかし、半
年前に別れてからはマンションを訪れる人もなく寂しい日々が続いていた。

 徹は部屋に入るとパソコンの電源を入れ、部屋着にしているスエットスーツ
に着替え、買ってきたコンビニの弁当をひろげた。帰るとすぐに、お弁当を食
べながらTVを見て、パソコンのメールチェックをするのが徹の習慣となって
いたのだ。

 徹が届いたメール(殆どがメーリング広告であるが)に目を通していると、
訪問者を告げる部屋のチャイムが鳴った。

「うん?」

 ここ数ヶ月、マンションを訪れる人は皆無であったのである。(チャイムは
壊れてなかった)・・・などと考えながら徹はパソコンの前から離れた。

「は〜い」
「宮崎さんのお宅ですね」
「はい」
「白豚便です。ここに印鑑かサインをお願いします」

宅配便であった。徹は差出人がわからないまま示された場所にサインをして、
小包を受け取ったのである。

「サイエンス・・・協会・・?」

徹は、やっとの事で差出人を思い出した。数日前にインターネットでモニター
募集をしていた会社であった。

モニターと言うのは「セクシードール」のモニタリングである。簡単に言うと
新タイプのダッチワイフを試し、その感想をメールで送るというものであった。
もちろん無料である。5回のお試し感想を送れば無料で商品は自分のものとな
るとの事だったので徹は面白半分に応募したのであった。

急いで食べかけのコンビニ弁当をお腹の中に詰め込むと、胸をワクワクさせな
がら、小包を開けた。

説明書を見ると綺麗な女の子が表紙を飾っていた。次のページにはプロフィー
ルまで書いてあるではないか。

「マリ・・・」

徹は別れた牧瀬真理を思い出した。

「身長158cm、体重49s、バスト88cm、ウェスト59cm、ヒップ90cm・・・」
「誕生日1980年7月23日、B型・・・」

次のページには使用法などが記載されていたが、徹は読むのを後回しにしてビ
ニールで包装されていた商品を取り出したのである。

「なんだぁ?これは・・・・」

ヘビの抜け殻のようなものが3つとカツラが入っていたのである。カツラだけ
は本当の女性の髪のように見えたが、肝心の身体は薄い膜のようで、とても女
性をイメージできるものではなかった。手に取ってみたが、中に空気を入れる
ようにもなっていない。とても薄いのでひっぱたらすぐに切れそうなのだ。

少しがっかりした徹であったが、気を取り直して再び説明書に目をやった。

「あれ?これは自分で着用するのか・・・」

よく見るとヘビの抜け殻は下半身と上半身と頭の3つに分かれているのである。
下半身の部分は、女性のパンティーストッキングのようにも思えた。ちょっと
違うところと言えば、足の先が指を入れるようになっていることと、男性のペ
ニスのようなものがついているところだろうか。

「まっ、いいか。どうせ無料だから」

徹は説明書に書かれている通りに全裸となってヘビの抜け殻に自分の身体を入
れたのである。あまりにも薄いので切れてしまうのではないかと、少し心配で
あったが、どのような材質で出来ているのか思ったより丈夫に作られていた。

「これじゃ・・・宇宙人じゃないか。。。。」

それでも、徹はカツラを頭に乗せて説明書に再び目を戻した。

「確か、ぬるま湯のシャワーを浴びるんだな・・・3分間か」

指示された通りにバスルームで、徹は頭からシャワーを浴びたのである。
カツラの髪が水分を含んで顔に張り付いた。もっとも覆面のようなものをがぶ
っていたので感覚は伝わってこなかったが、張り付いた髪を振り払うと、顔に
もシャワーを浴びせかけたのである。

三分間はとても長く感じたが、徹は全身、念入りにシャワーを浴びていたので
ある。説明書では、これでオルガニズムを感じられると書いてあったが、そん
な兆候は現れなかったのである。

「あれ?」

水分を含んだ、ヘビの抜け殻は徹の身体にペッタリとへばり付いていたのだが
いつのまにか足の先の抜け殻は溶けてなくなってしまっているのだった。
よく見るとすべてが溶けはじめていた。

「おいおい・・・なんだよこれ・・・」

しかし、溶けたのは抜け殻だけでは無かった。

「あ〜」

徹の拗ね毛がすっかりなくなっているのである。

「なんだよ、、これ」

拗ね毛を捜して手を添えたが、すでに脚はツルツルな状態になっていた。気が
付くと陰毛も脇毛も殆ど無くなっているではないか。根元に茂みのないペニス
が徹には異様にも見えた。

「やられた〜」

徹は急いでバスルームを出るとバスタオルで全身の水分を拭き取ろうとしたの
である。はじめに、びしょびしょのカツラを取ろうとした。

「あれ?」

取れないのである。無理に引っ張ると顔の皮もそれにつれて引っ張られている。
鏡に顔を近づけカツラの境を探した。しかし、判別ができないのだ。徹は指で
一生懸命に境を探した。まるでセロテープの端を探しているようだった。

「どうなってんだよ〜」

すでに床は長い髪から落ちる雫でビショビショになっている。仕方なく、徹は
バスタオルで髪の水分を吸い取ることにした。全身の水分もぬぐい、床を拭く
と、再びカツラを取る試みをした。

「駄目だ!」

徹は部屋に戻り説明書を読み直した。しかし、薄ッペラな説明書には何も書か
れていないのである。

「電話番号は・・・・」

会社の電話番号があるはずと考えた徹は裏を見た。

「あった!・・・ここか、、あうっ」

全身を包み込む圧迫感に襲われたのである。とりわけ下腹部、、睾丸の圧迫感
が激しかった。ペニスを手で退け、状況を確認すると、大事なものを入れた袋
がみるみる小さくなっていた。中にある大事な玉は押し上げられるように体内
へと移動しているのである。

数十秒後には袋の跡形も無くなってしまった。体内に格納された玉の感覚も消
え失せてしまったのである。

「僕の玉が・・・・消えた」

徹は愕然として、考える気力さえなくなってしまった。しかし、変化はそれだ
けでは無かったのだ。今度は退けていた男性自信が手の中で小さくなっている
のだ。

「あぁあああ・・・」

終いには握ることも出来ないくらい小さくなってしまったのである。陰毛があ
ったらすでにその中に隠れて見えなくなっているだろう大きさである。

10分もするとツルツルの下腹部からは、ついに突起がなくなってしまった。
手で弄ったが、そこには何もないのである。目の錯覚ではない。

それどころか、徹は裏返ったペニスが体内に向かって大きくなっている気がし
たのである。その証拠に、ツルツルだった陰部が内に向かってメリ込みだした。
そう、女性のあそこのようにそれは割れ目として形を変えているのだった。

そしてしばらくすると、めり込んでいく感覚さえなくなり、それが当然のよう
になってしまっていた。しかし、全身への圧迫感は続いていた。場所によって
強弱はあったが、とりわけウエストはベルトで絞められているようである。

全身が軋むように痛くなった。風邪を引いて熱を出した時のような気だるさと
骨の痛みが続くのである。寒気すら感じ出した徹は全裸であることに気づき、
下着とスエットを着ることにした。

時計を見ると午後10時を回ったところだ。いつもならインターネットで遊ん
でいる時間であるが、今日の徹はそれどころでは無かった。軋む身体をやっと
の思いで運びベットの中に徹は潜り込んだのだった。


「これは・・・夢だよ。。」



翌日、徹が目を覚ましたのは12時を少し回った頃であった。昨晩はベットに
潜り込み、長い間、痛みに耐えていた。しかし、深夜の2時頃をピークに軋む
ような痛みは薄れていったのだった。それに連れて意識も安らぎ、いつのまに
か寝てしまったようだ。

全身の痛みは消えていたが、身体は鉛のように重かった。

「もう、12時か・・・・」

部屋の中を見回すと、そこには、昨晩届いた小包の包装紙が散らかっていた。

「夢じゃなかったのか・・・」

長い髪が徹の顔に絡みついているのだ。仰向けになって天井を見ながら一息つ
くと徹は自分の手を股間へと移動させた。スエットの上から手を股間にあてた
が、そこにはやはり有るべきモノは見つからなかった。手を乗せられた下腹部
の感覚と、平らな下腹部に触った手の感覚が同時に徹の脳に伝えられたのであ
る。

「・・・・・・」

絶望と不安が再び徹を襲って来た。振り払うようにベットの中で寝返りを打つ
と胸にぶつかるモノを感じた。

「・・・・・・」

徹には、十分それがなんだかわかったのであったが、勢いよくベットで上半身
を起こすとスエットをたくし上げたのである。

「あはは・・・やっぱり」

そこには、女性のバストがあたりまえのようにあったのである。しかし、徹が
予想しなかった事実がそこにはあった。
着ていたスエットが大きいのである。実際にはスエットが大きくなったのでは
なく、徹が小さくなっていたのだ。スエットを握る手も可愛いくらいに小さく、
そして白かった。

ベットから立ち上がると、それは一目瞭然だった。少し短いくらいの裾はだぶ
つき、手は袖の中に隠れてしまったのである。ウエストはゆるゆるで手で押さ
えないと下がってしまう。

(どうなっちゃってるんだ・・・)

しばらく、ベットに座り込んでいた徹であったが、携帯電話を取るとダイアル
ボタンを押した。ボタンを押す手も小さく、少し震えていた。
モニタリングを募集していた会社へ電話をかけたのであった。

「お待たせしました。アダルトサイエンス協会でございます」

すぐに電話は通じ、女性の声が応対した。

「もしもし・・・  ! ・・・・」
発した自分の声に、徹は言葉を失っていた。声帯までもが、女性の高い声に変
わってしまったのである。

「はい?・・・・」
「・・・・・・・」
「どうなさいました?」

黙っていたのでは仕方ないので、恐る恐る、言葉を発したのである。

「あのぉ、モニタリング応募で当選したものですが・・」
「どのようなモニタリングでしょうか?」
「・・・・えっと、セクシー・ドールです」
「かしこまりました。担当者と変わりますので、少々お待ちください」
「・・・あっ、はい」

電話の保留メロディーが流れだした。徹は今の状況をどのように説明したらよ
いか考えていた。

「もしもし、お電話変わりました。斎藤と申します。」
「あの〜」
「はい」
「送られたモニタリングを・・・したんですが・・・」
「はい」
「なんて言ったらいいか・・・」
「どうかなさいましたか?」
「・・・・」
「失礼ですが、お名前を教えていただけますでしょうか?」
「すみません。宮崎といいます」
「少々、お待ちください」

担当者は、何やら調べているようであった。
「え〜と、宮崎徹様ですね?」
「はい」
「今日の夕方にモニタリングして頂くことになります」
「えっ?」
「昨日、メールをさせて頂きましたが、まだ、ご覧にはなっていませんか?」
「はい」
「本日、担当の者が、そちらにお伺い致しますのでモニタリングをお願いいた
 します」
「えっ?どういうことですか?」
「・・・・・宮崎徹さんですよね?」
「はい」
「セクシードールのモニタリングに当選いたしましたので、お試し頂くように
 手配しております」
「??」
「合計5回のモニタリングをお願いいたします。本日は1回目となります」
「意味がよくわかりませんが・・・」
「そのお声ですと、すでにモニタリングのご準備は出来ていると思われますの
 で宜しくお願いいたします」
「準備??」
「はい、すでに宮崎様はマリとなっているみたいですから」
「・・・・」
「セクシードールとして感想をお送りください」
「そんなぁ」

徹は、自分の立場がはじめて、この時になって解ったのである。彼はダッチワ
イフのような商品を男性として試すモニタリングだと思っていたが、実際は彼
自信がダッチワイフとなって体験するモニタリングに応募してしまったのであ
った。

受話器からは、未接続の音が流れていた。