ecosci.jp 本間 善夫
1. はじめに
化学のおもしろさの一つは,物質や現象を解析して系統的に理解すること,さらにそれを応用に結びつけていくことにある。自然界の現象は,複数の機構が複雑に絡み合っているが,実験技術や計算機の進歩もあって,個々の機構が一層厳密に解析され,その結果をコンピュータで視覚的に把握できるようになってきた。現在,教育現場でもその成果を享受できるような環境整備が求められている。
ここでは,広範な分野の単位を網羅した『単位の辞典』1)に載っている,衣服の保温性の目安となる“clo”値を例として取り上げ,衣服内の温熱環境にはどのような機構が関与しているかを考察し,それらの一部をパーソナルコンピュータでシミュレートする教材を作成する試みや,フリーソフトウェアの利用について紹介する。
2. 衣服内気候とclo値
衣服の機能の一つに,様々な外環境の中で,人間の快適な活動を保障する働きがある。この働きを解析するためには「人体・衣服・環境」という複雑な系を扱う必要があり,いろいろな手法で研究がなされている2,3)。
その中で,衣と住の快適性の評価に広く用いられているのが,ASHRAE ( American Society of Heating Refrigerating and Air-conditioning Engineers ) で提唱しているclo値である。その定義は,『衣服の熱絶縁量(熱抵抗)の単位.湿度50%,風速10 cm/s,気温21.2℃の大気中で,椅子に腰かけて安静にしている白人標準男子(産熱量 50 kcal h-1 m-2)被服者が,平均皮膚温33℃の快適な状態を継続できるのに必要な被服の熱絶縁値を1 cloという』1,3)となっており,衣服内気候を扱うには極めて多くの機構・因子を考慮する必要のあることがわかる。熱抵抗という考え方は、電気の分野の電圧・電流・抵抗の関係を,温度差(人体皮膚温と外気温の差)・熱の流れ(皮膚表面から外界への)・熱抵抗(熱の流れを抑えるものとして衣服を考える)という関係に置き換えたもので,以下のように表される4,5)。
注:1 cal = 4.184 J
…(a)
※ (a)式は衣服に包まれた人体だけでなく,熱と水分を発散するあらゆる表面に適用される。
M − E ±( R ± C ) = ± S …(b)
…(c)
として求められ,RDの単位は[u ℃ W-1]または[u ℃ h kcal-1]である。 RDを前述のclo単位に換算(1 clo = 0.155 m2 ℃ W-1 = 0.18 m2 ℃ h kcal-1 に相当)して全熱抵抗ITとすると,着衣の熱抵抗Icle(日本ではこれをIclと表記する場合が多い)は,ITから空気層の熱抵抗Ia(着衣表面から外界へ熱が放散する時の薄い空気膜の抵抗)を差し引いて以下のように算出される。
…(d)
…(e)
(d)式は,人体では物理的,生理的誤差があって再現性に乏しいが,サーマルマネキンでの計測も加味して,生理的・心理的意味に拘泥しない手法として世界中で用いられている。ただしASHRAEでは,さらに着衣時の熱移動有効体表面積などを考慮したIclの使用を提唱している。
3. 現象とデータの視覚化 《※追記:「化学教育データの可視化の試み」も参照》
前節で,複雑な式を引用して衣服内気候を扱う難しさを概観したが,ここではいくつかの式と,関与している個々の現象(放射や蒸発による熱放散など)について,パソコンを利用してシミュレートしたり,計算結果をグラフ化するなどして視覚化し,学習者に各機構を直感的に理解してもらう試みについて述べよう。
まず(d)のAに象徴されるように,生物の温熱環境や代謝を考える場合,体表面積が重要な因子で,これは最近話題になった書籍「ゾウの時間ネズミの時間」6)でも触れられ,絵本版7)でわかりやすく解説されている。複雑な現象を図説することは,今後のマルチメディアの発達ともあいまって,自然科学の分野でも盛んになると思われる。
既報8)のclo値をパソコンで学ぶプログラムでは,身長・体重の入力で体表面積と基礎代謝量を算出してグラフ化できるようにし(図2),さらに画面に示される衣類を自由に着脱して重ね着のclo値を計算3)して適正作業を表示するようにした(図3)。より多くの衣類のclo値の蓄積があれば,さらに充実可能であろう。なお,同プログラムでの体表面積算出式3)のうち,例えばDuBoisの式は以下の通りで,他の相関式も同形の式で係数のみ異なっている。
A = 0.007184 × H 0.725 × W 0.425 …(f)
図2 身長と体重の入力による基礎代謝量算出・グラフ化の例
図4 黒体放射曲線の計算・表示例
パソコンの表計算ソフトウェアの普及で,様々な科学計算が簡便にできるようになり,例えば(e)式のような計算も容易にできるようになったが,パソコンのカラーグラフィック機能を活かしたソフトウェアの増加にも期待したい。
図5,図615)は,「表計算データCAI教材化プログラム」SSCAI 16)の表示例である。表計算データを順次閲覧・検索したり,数値データを2次元または3次元グラフ化して簡単な解析ができるほか,分子モデルデータがある場合は同時表示も可能である。添付している化学教育用のサンプルデータの中には,衣服環境に関連する事象の文献データも若干入っており,グラフ化してその意味を概観できるようになっている。電子情報は,情報共有や視覚化などの加工性の高さなど極めて大きい利点を持つと考えられ,今後もデータを追加し,化学のおもしろさを知ってもらうツールの一つにして行きたい。
図5 SSCAI による飽和水蒸気圧データの2次元グラフ化と推算(蒸発潜熱データも添付)
参考文献 ※ 発表者作成のプログラムの開発言語は何れも N88BASIC である。
※ 図2,3を描いたプログラム“CLO.BAS”(N88BASIC版,lzh形式)のダウンロード
《Shiftキーを押しながらマウスを左クリックして保存》
【注】NEC PC-9801/9821 シリーズでのみ試用可能.別途 N88BASIC.EXE が必要です.