東京の富士見坂を自転車で巡る。

■14.【文京区湯島2丁目9と10の間】 横見坂
風景 R17湯島1丁目交差点から蔵前通りへ、清水坂下の1本手前(西)。約200m

静かな問屋街の坂道といった風情である。
前出の富士見坂と同様真横に富士山が見える角度で、あからさまに横見と名前が付く。 坂下の西側に文京区の坂碑がありこう書かれています。

横見坂 (横根坂)

 『御府内備考』(ごふないびこう)に、
「右坂は町内より湯島三組町え上り候坂にて、当町並本郷新町家持に御座候‥‥‥
里俗に横根坂と相唱申候」とある。
 坂下の蔵前通りの新妻恋坂の一帯は、かつて樹木谷といわれ、樹木が茂っていた。
この谷から湯島台に上がるこの坂の左手に富士山が眺められた。
 町の古老は、西横に富士山が良く見えて、この坂を登るとき、富士を横見するとこ
ろから、誰いうとなく横見坂と名づけられたといっている。
 坂の西側一帯は、旧湯島新花町である。ここに明治30年頃、島崎藤村が住み、ここ
から信州小諸義塾の教師として移っていった。
その作品『春』の中に、
 「湯島の家は俗に大根畠と称えるところに在った。‥‥‥大根畠は麹の香のする町
で」とある。ローム層の台地は、麹室には最適で『文政書上』には、百数十軒の麹屋
が数えられている。

文京区教育委員会 昭和56年3月
「坂下:蔵前橋通りから見る」
坂下
「坂上から蔵前橋通り方面」
坂上

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