真のノーマライゼーションを求めて

顔 代表者 上 田 真 弓

“ああ、野麦峠”という映画の一シーンの中で「りんどうの花のような人だ」というセリフがありますが、人を花にたとえてみたことはありますか?これが、結構楽しいものです。そして、自分が花にたとえられる時には、不思議に自分の好きな花にたとえられたりすることが多かったりもします。

私の大好きな花は、夏に咲くひまわりです。いつだったか、どうしてひまわりがすきなのか聞かれて、「元気がいっぱいあふれているから」と私は答えました。これは、自分がそうありたいという願望から出る言葉だと言われたことがあります。そうかもしれませんね、いつも元気だといわれたい私です。

みんなそれぞれ、『自分はこうありたい』という思いがあると思うんです。でも、そんなふうでない自分が必ずいて、それがまた結構よかったりしませんか?あんな自分もこんな自分もみんな自分なんです。何かにつまづいたり悩んだりすると、自分のことが嫌になったりします。でもそんな時だからこそ新たな自分が見えてくるものですね。

人と触れあう中で、誰かの言葉によって自分が映し出されたりします。もしも一人きりの世界にいたら、自分の存在すら価値がないものに思えます。いろんな人がいて、自分がいて、そして人を求めて生きています。だから、今を生きている自分、二人といないこの自分をいつまでも好きでいたいものです。

wpeE.jpg (2475 バイト)

wpeB.jpg (2650 バイト)