「恐るべしコヤニスカッツィ(再修正版)」

映画コヤニスカッティ(現 在ではコヤニスカッツィと表記)についてはこのサイトで散々語り尽くしていますが、この映画について熱く語っていた最初の記事はまだ私も当時20代だった わけで、あれから10年以上も経ってしまった今となっては正直青臭い内容に見え、さすがにそろそろ書き直す時が来たのではないかと思ってみたび書き直しで す。

では、この映画について。知っている人にはまたかよ、という感じでしょうが、勿論知らない人のために解説を。
1982年に公開されたアメリカ映画です。監督はゴッドフリー・レッジョ。プロデューサーにはあのフランシス・フォード・コッポラ。

この映画は一応日本でも84年にミニシアターで小規模に上映されたようですが、殆ど話題にもならず早々に打ち切られたそうです。
しかし、レーザーディスク化(LD)されて、一部のオーディオビジュアルマニアの間で話題になり、知る人ぞ知るカルトムービーとウワサされるようになりました。
当時私は中学生。AVマニアだった親戚の兄さんがたまたまこの映画のLDを持っており、それを見せてもらって私もここで初めてこの映画の存在を知る事になります。

80分弱のこの映画には、セリフが一切ありません。しかも主人公といった者も登場せず、出て来るのはアメリカの風景と音楽のみ。
アメリカの歴史と現状をドキュメント風に音楽と映像だけで語った映画ですが、当時としては画期的な手法でそれを描いていました。
超微速度撮影による早回しやスロー再生によって、まるでビデオクリップのような凄まじいスピードとリズム感に溢れた内容で、当時はドラッグ・ムービーなどと評する者もいた程です。

しかしこの手法のおかげで、この映画が一体どういうメッセージを持っているのかが明確に伝わるので、カルトムービーという容姿をしていながら、万人でも理解出来る初心者に易しい映画であるという一面もあったと思います。
だからこそ、当時中学生だった私でもスンナリこの映画の意味する所が分かり、ハマってしまったというワケですが。

これが当時リリースされていたLD版です。
一度入手し損ねて苦い思いもしましたが、近年になってようやく手に入れました。
今となっては大したプレミアもついてないようですが、画面がスタンダードサイズなのは
これだけなので貴重な一枚に変りません。


原題のコヤニスカッツィ(Koyaanisqatsi)とは、アメリカ原住民であるホピ・インディアンの持つ古い言語から取ったものです。「バランスを 失った世界」という意味で、恐らくこのタイトルだけで、どういう映画なのか一目瞭然かと思われますが、現在の人間社会に警鐘を鳴らす非常にメッセージ性の 高い映画だというのが良く判ります。

実際、映画では冒頭でアメリカの原風景、グランドキャニオン等の大自然が優雅に映されていくのですが、その内人間が介入してくるようになり、自然が開拓されて工場になると、たちまち都市が出来て、せわしない日常風景を高速の早回しで縦横無尽に映し出していきます。
これがとにかく圧巻で、なんでもない日常を超高速で見せる事によって、同じ事の繰り返しを延々やっている事の空しさをまざまざと見せつけられるのです。

現代社会に対する皮肉と風刺が痛烈に込められた内容に、当時思春期だった私は完全にノックアウトされ、以降、この映画は私のバイブルとなり、一般人とは大 きくかけ離れた人生を歩むようになってしまう訳ですが、今になってもなお、この映画を越える映画に出会った事はありません。


見た人の中には、あまりにも人間社会を否定した内容故に、正直考えが偏り過ぎてるだろ、という意見もあるようですが、実はこの映画、そんなに単純な警告映画ではなかったりします。
そもそも、これを監督したレッジョという人は非行に走る若者達の更生をするなどしていた牧師であり、自分の思いを具現化するため、映画制作の経験もないのにメガホンをとって作ったのがこの映画でした。
監督によると、この映画でのホピの言葉(Koyaanisqatsi)はあくまで道標のようなもので、映画は警告ではなくあくまで質問である事が伺えます。

実際、せわしない現代社会の描写は、空しさを覚えると同時に、何か例えようのない美しさが同居しており、見た我々は何故か引きつけられてしまうのです。
アメリカの資本主義を皮肉ってはいるものの、監督は都市や人間社会の持つ独特の美しさを決して否定はしておらず、だからこそ、怒濤の映像表現に我々は釘づけになってしまうのでしょう。
世の中の本質を見ようとしない若者のために、彼等が深く世の中を見つめ直すキカッケになるように作った映画なのかもしれません。

若い頃も私はこの映画のプロパガンダチックな部分のみに反応してしまいがちでしたが、流石に今となってはそんな偏った物の見方はしていません。
所詮我々とて自然の一部であり、現在の地球の姿も言わば自然の意思のひとつと言ってもよく、自然を壊しているなどと言うのは、自分達だけが別格と言ってい るかのようで、非常に痴がましい意見なのかもしれません。だから私は今、やっきになって自然保護とかを訴える気はさらさらありません。結局、人間の意志に 関係なく自然って容赦なく世界をリセットしてしまいますからね、恐竜を絶滅させたように。我々もどうなるかなど、分かった物ではありません。
しかし恐竜と違って我々には幸い知能があります。それを使わない手はありません。自然のいいようにならないために。そして行き過ぎて完全に破壊しないように。
そう、何事もバランスが大事なのです。私は今、この映画でそんな事まで考えるようになりました。



私が最初に自分のサイトでこの映画について語った当時は、映画ファンの間でも殆どの人が知らないというような状況で、検索しても全くと言っていいほど引っかからないくらいでした。
何しろ当時はリリースされていたLDもビデオものきなみ廃盤で、マニアックな映画ゆえレンタルされている事もまず無かったですから、後から知っても、全く見る手段がなかったからです。
私自身は昔、深夜にTVで放映されたのを奇跡的に録画しており、それを繰り返し見たりしていました。恐らくこのTV放映のおかげで、ちらちらと噂に聞くようになったのでしょうが、それでも世間一般的には都市伝説的な映画でしかなかったのです。

事態が一変するのは21世紀になってからのこと。本国アメリカで、ようやく待望のDVD化が決定し、ようやく世間一般に普及するキッカケが出来たのです。
しかもその後、日本でもリリースされる運びとなり、ついに20年越しでこの映画が容易に見られる時代がやってきました。まさかこんな事になろうとは、長年ファンだった私としては正直未だにピンと来ていません(笑)
今となっては、ネットで検索すれば大量にヒットするようになりました。これも昔の状況を考えれば、不思議な気持ちです。

日本でリリースされたDVD版です。待ちに待ったリリースで嬉しかったですねえ。
上映時はスタンサードサイズの映画だったのに何故かワイドサイズで収録された事に
ついてはファンの間で賛否ありましたが、家庭のTVが殆どワイド化した今となっては
正しい選択だったかもしれません。


ところで、この映画で音楽の存在は欠かせません。フィリップ・グラスに よるミニマルミュージックで構成された楽曲群は、見事なまでに映画の映像とマッチし、特に都市での高速早回し映像との彼の音楽とのシンクロ度は只事ではあ りません。この映画にグラスが関っていなかったら、はたして私もここまで気に入っていたかどうか非常に疑わしいです。それくらい魅力的な音楽でした。
当然ながら当時中学生だった私にとっては、グラスもミニマル・ミュージックも初体験(当時は反復音楽とも呼ばれていた)。しかし一聴してすぐにこれは自分の感性と合う音楽だと悟り、以降、ミニマルミュージックとグラスの大ファンになったのは言うまでもありません。


グラス自身もこの当時はまだ全然無名のアーティストで、現代音楽の分野ではミニマルミュージックの創始者の一人としてそこそこ有名だったとはいえ、まだア バンギャルドな作曲家として殆ど認知されていませんでした。ですから当時はレコード屋で捜すのが大変でしたよ。銀座の山野楽器で初めてコヤニスカッツィの サントラや、「GlassWorks」のレコードを見つけて狂喜乱舞したのも懐かしいですなあ。

で、このコヤニスカッツィのサントラは何とか日本盤も発売されていたのですが、当時のLPレコードの制限で、一部の曲を抜粋した形でのリリースでした。例えばこの映画の山場である曲「The Grid」は実際には20分近くある大曲なのですが、15分に縮めて再構成するなど、苦肉の策での収録がされていました。

しかし当時としてはもはや殆ど見る手段の無い映画の、数少ない「断片」であることは間違いない事実であったので、有り難く何度もヘビロテして聞いていましたね。勿論他のグラス作品とも合せて。

ところが、98年になんとこのサントラが再版されるのですが、完全な撮り直しによる、完全版と称したニューバージョンでした。今回はCDによって限界点が引き上げられたので、前回、抜粋だった楽曲もオリジナルの長さのまま収録、未収録だった曲も殆どが網羅されたのです。
でも、撮り直しによる言わばライブ音源のような物なので、実際の映画のサントラとは雰囲気がかなり違います。個人的にはちゃんと映画で試用された音源をそ のまま使って欲しかったかなあ、と言うのが本音ではありましたが、未収録の曲が結構あったのでそれはそれでやはり嬉しいリリースでした。
グラスがこうして自身のサントラを再演するなどした事が後押しになったかどうかは分かりませんが、その後DVDがリリースされたり、生演奏による映画上映コンサートを各地で行ったりと、世間の目に触れる機会がどんどん増えていったのは事実です。

そしてグラス自身も映画と同様、時を重ねるごとに次第に名を知られる存在となってゆき、しまいには彼の音楽がハリウッド映画に起用されたり、そのままサントラを手掛けるまでになりました。今やコンポーザーとしては重鎮クラスです。

そして何と今年09年、遂に映画オリジナル音源を収録した完全版のサントラがリリースされるに至ります。正直何故今になって? と思いましたが、どうやらこの背景には、この映画の楽曲がハリウッド映画で起用された事が発端としてあるようです。
映画「ウォッチメン」 のトレーラーにて、コヤニスカッツィの楽曲が大々的に使用されています。私は現状でまだ未見なので詳しいことは分かりませんが、何とトレーラーだけでな く、実際に劇中でも使われているそうで、なる程それならば大量の人が耳にした訳で、それによってサントラ発売を後押ししたとみてもあながち間違った推測で もなさそうです。

このオリジナル完全版、98年にリリースされた再レコーデイング版にも収録されなかった楽曲(SloMo People等)も押さえてあるため、文字通り完全版のサントラです。
ところが、面白いことにそれでも最初に発売された抜粋版のサントラと比べると、微妙に雰囲気が異なるのです。これは米アマゾンのユーザーレビューにも似たような書き込みがあったんですが、逆に言えば今回のサントラの方が映画に忠実な音が鳴っているようなのです。
実際、DVDの音源とほぼ同じだと言うことが分かります。つまり、最初に出た抜粋版は、そのためにスタジオレコーディングし直した物なのではないかと思われるのです。
今回のサントラは確かに映画に忠実な音源には違いないんですが、ライブレコーディング感があって、ちょっと古めかしい雰囲気があります。最初の抜粋版はい かにもスタジオ録音したような作りで、非常に音源がシャープです。つまり我々はずっと借り物を聞いていた事になるのですが、厄介な事にこの抜粋版の音源が 一番クリアに聞こえるんですよね。なので、完全版が出たとは言え、一度この抜粋版も聞いてみる事をオススメします。
まあそれでも今まで98年の再レコーディング版でしか聞けなかった名曲「Organic」や「Resource」等のオリジナル音源は初めて聞けるので、 そういう意味では非常に貴重な一枚です。しかし、同じ映画で三度リリースし直されるとは、ファンにとっては嬉しいやら悲しいやら。

最初に出た抜粋版のLP。
帯が懐かしいですな。
ジャケットはこれが一番好き。
CDも出てます。音源もこれが
一番好きかな
98年に出たサントラの
再レコーディング版です。
別バージョンとも言える内容でしたが、
これはこれで良し。
前島氏による詳しい解説付き。
そして遂に出たオリジナル音源の
サントラ完全版
非常に忠実な音源故に
かえってパンチが弱く感じるが
これは仕方ない



ハリウッド映画に起用されるくらいにまで有名になってしまった映画ですが、それでもあくまでカルトムービーだという事に変わりはないです。やっぱり見る人 によっては退屈に思えるでしょうし、アート風な雰囲気を受けつけない人もいるでしょう。でも、何を言いたいのか全く分からないような前衛映画とは違い、カ ルトムービーとしては初心者向きの内容ではあると思うので、良ければ見てみてください。まあ、大人の人が見てもふーん位の感想しかないかもしれませんけど ね・・・。
やっぱり当時の私みたいに、中学・高校生の人達にこそ見て欲しいかな?