鏡と首輪(4)(作:夕涼さん)
第四章 寝台
薄暗い部屋に取り残され優一は呆然と座りながら、鎖に繋がれ目覚めたとき
からどのくらいたったんだろうかと、ぼんやり考えていた。
ごく短い時間に経験したことはとても現実にあったこととは思えなかった。
男と女が入れ替わるなんてありふれた題材は優一も何度か小説やテレビでみ
たことがあった。優一もそういう話は嫌いではなかったし、この年頃の男達
が集まると女の子の方がセックスが気持ちいいなんて話もよくした。優一も
それが一体どんなものなんだろうと興味がないわけではなかった。
優一は童貞だったが、女性としてセックスしてみて、なんとなくそれは正し
いのだろうと思った。
しかし好奇心が満たされたからといって喜ぶ気分にはならなかった。
たしかにセックスの興奮は凄まじかった。
今思い出しただけでも股間が疼く。味わされた快感はこれまで経験したこと
のあるどんな物よりも強い物だった。先日模試の成績がよかったときも、中
学校の卒業旅行で友人達と富士山の頂上まで上ったときも、高校の合格通知
をもらったときも、あれほどの悦びを与えてくれなかった。中学生の時に覚
えたマスターベーションなどは比べるべきもない。
しかし、今味わっているこの惨めな気持ちはなんだろう?
体のそこかしこに残っているあの二人の嫌な体臭、鼻の奥から離れない二人
の吐息の淀んだ匂い、愛液に濡れた陰毛は乾いてパリパリになっている。小
便の臭気があがる石の床には、花弁が無理やり引き出され金属の輪で閉じら
れている秘所の隙間から、愛液と精液の混じった白濁した液体がトロトロと
流れ出していた。
好きなように嬲られ、一方的に快感を与えられ、上げたくもない喘ぎ声を上
げてしまうのは、あまりに屈辱的だった。これほど悔しい思いをしたことは
ない。
未だにはっきりとペニスの感触が秘部に残っている。
優一が怖いのは、それが強い喪失感を伴っていることだった。
この惨めな状況にありながらも、自分はもう一度あの充足感を欲しているの
だ。心のどこかでこの心細さをやさしく包み込んで欲しいと願っているのだ。
自分が男の時はそんなことは考えたこともなかった。
生まれた時から女性なら、これほどの喪失感はないのだろうか?この気持ち
を騙しながら一人で居る方法をしっているのだろうか?
(寒い…)
直に素肌で石の床に座っていると体の芯が冷えてきた。
マフユの置いていった木桶からは暖かそうな湯気が上がっているのをみて、
とりあえず体を拭こうと思った。立ち上がると首輪から伸びた鎖がジャラジ
ャラなる。歩くと股間についた小さなピアスの痛みを伴う感触が、そこに女
性器があることを常に思い出させた。
なるべくそれらを気にしないように、タオルをお湯に浸し、体を拭う。湿っ
た皮膚に長い髪の毛がまとわりついて、うっとおしかったが、それでも時間
をかけてなんとか二人の体臭を拭い取り、陰毛についた残滓を拭いた。ピア
スがじゃまで膣の中が洗えないのが辛かった。
繋ぎとめられた花弁の隙間からいまだに少しずつ流れ出てくる精液を拭い取
りながら、妊娠したりしないのだろうかと思った。
いや、そんなことを心配しても仕方がない。相手が人間でないのだから子供
が出来ることはないのだろう。そもそもいくら女の体に作り変えられたとい
っても、この体で子供ができるかも怪しい。
体を拭き終わるとすこし気が晴れた。
彼らが約束を本当に守るのかどうかわからないが、どのみち、この地下牢の
ような部屋には出口が見あたらない。この首輪もちょっとやそっとで取れそ
うにない。なんとか彼らが帰るまで正気を保って、再び日の光の当たる場所
へ出るしかないのだと自分にいいきかると、ほんの少し希望が湧いてきた。
フルーツを少しだけ食べ、水をすすってから、ベッドに腰掛ける。
うれしいことにベッドはぼろくても木綿のシーツは清潔だった。シーツに包
まって横になった。
目の前の鏡をみると涼しげな顔をした少女が首輪をつけられ、悲しそうな顔
でこちらを見ている。
妹に似たその少女の姿に居たたまれず、鏡に背を向けて寝た。その内、蝋燭
が燃え尽きてあたりが暗闇になった。
何度かウトウトとしたが、胸の重みと首輪が寝苦しくて何度も目が覚めた。
少女が壁に吊るされ背後から性器をいじられている光景や、自分の痴態を冷
静に眺める漆黒の瞳がフラッシュバックのように脳裏に蘇り、股間が疼いた
のも一度や二度ではなかった。秘所に指を挿し込みたい衝動に駆られたが、
ピアスが邪魔になっていた。ピアスを外そうとしても、金属の輪のどこに継
ぎ目があるのかすらわからない。
そんな時は先週の模試のお祝いを思い出そうとした。あるいはそれは妹がい
るころのもっと昔の団欒だったのかもしれない。
やっと、妹の死から立ち直り始めた母は、自分がいなくても大丈夫だろうか?
父は無断で外泊した自分を責めるだろうか?
もう一度、自分の家へ……。
それが優一の心の支えになった。
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