アキと萌(作:葉月さん)

萌                               

「部屋に入ったらすぐ服を脱いで裸になるんだよ。」
「………。」
エレベーターの中でそう言われて萌は答えに詰まる。
一言も発せられないままアキから視線をそらしてじっと俯くしかない。
萌は今さっき、東京からこの金沢に着いた。アキは大阪から一足早く到着して
このホテルにチェックインしていた。
アキが萌を駅まで迎えに来て、久しぶりに会う感激を交換したばかりだ。

会うのは今日がまだ二回目だ。
それも20日前。7月31日。
その時は萌は「別れるつもり」で会っていた。
だから辛かった。
その後、山ほどの事情があり、メールの交換が頻繁にあった。

明日8月21日は萌の誕生日である。
アキはその日に萌の奴隷宣誓式をするつもりだ。
その事は萌も承知していた。
今日20日はお互いがお互いをパートナーとして確かめ合う日である。
それでお互いが納得して、お互いが必要なら、パートナーとしてやっていこう。
そのための宣誓式をこの金沢でしていこう、と話し合っていた。

萌はまだ殆ど経験が無い。
アキは所謂セックスの延長としてのSMを多少だが実践して来た。


部屋に入る。
アキがドアを閉める。
萌は動けない。
ただじっと突っ立ったままである。
「どうしたの?」
萌は答えられない。
「言う事、聞けないの?なんて言ったっけ?」

萌は心底困ってしまった。
言う事を聞いて脱いでしまおうとは思うのだが、実際には体が動かない。
こうして黙ったまま、立っている事しかできない。

「そう。逆らうんだね。
じゃ、いいよ。そのままで居なさい。
なにがどうなっても絶対服を脱ぐんじゃないよ。いいね。」
アキは静かに、しかし厳然とそう言うと、黙って煙草の火をつける。

長い…。
アキはゆっくりとただ煙草を吸っている。
萌余りの所在無さに泣き出したいほどだ。
アキは目も合わせてくれない。

どれほど時間がたったのだろう。
何一つ言葉を発せられない気まずさ。萌は居たたまれない。
何かアキを怒らせたのだろうか?
それを問う事すら許されそうに無い。
どうして良いのか、皆目解らない。
今から服を脱いで見せてももう遅いのだろう。
しかし他にする事も思いつかない。
萌は意を決してTシャツを脱ぎかける。

「何してるの?」
「あ…。服を…。服を脱ぎます…。だから怒らないで…。」
「別に怒ってなんか無いよ。それに絶対縫いじゃ駄目だ。そう言わなかったっ
  け?」

萌はますます混乱する。
何をどうして良いのか、さっぱりわからないまま呆然と立ち尽くすのみである。
煙草をもみ消したアキがおもむろに立ち上がった。
つと萌のそばに来る。
萌は体中に電気が走ったかのように感じて思わず小さな声をあげる。

アキの手がいきなり葉月の中心に触れた。
「あ!」
「黙って」
萌が声を上げるとすかさずアキが静かに言った。
アキの指はそのまま萌の体を這い回りはじめる。服の上から。

萌はもう我慢が効かない。
黙れと命じられておとなしく黙り続けて居られるものでもない。
自然と声が上がる。
体は微妙に動きつづけるアキの指に忠実に反応し、聞いているだけで顔の赤ら
むような音が部屋の中に。

「黙って。」
アキはただ命じる。
萌も必死に言い付けを守ろうとするが、無駄な努力である。
萌はもう立っているのもやっとだ。
そのままくず折れてしまいたい。
おそらくそれも許されないのだろう。

「お願い…。服を脱ぎます…。脱がせて下さい…。」
やっとの思いで萌がそう言うと、
「駄目。」
アキは表情も変えずにただ一言。
後は何も言わない。
それが萌には余計耐えられない。

「お願い…。謝ります。謝りますから服を脱がせて下さい。このままでは辛す
  ぎます。」
暫く我慢した後、萌が思いきってまた言う。
「駄目だ。もう絶対脱がせないよ。」
「このままだ。セックスだろうが、何だろうが、この金沢に居る限り、服を脱
  ぐ事は絶対許さない。」
アキの口調はひどく厳しい。
「言ったろ?部屋に入ったらすぐに脱げ、て。その時返事もしなかったね。そ
  の後、部屋に入って、もう一度脱ぐように言った時も無視したね。だからも
  う脱がなくて良いよ。絶対脱いじゃ駄目だ。それが罰だよ。」

萌には言葉が無い。
何もかもアキの言うとおりだ。
しかしいったん火を点けられた体はもう火照りきっている。今すぐにも抱いて
欲しい。泣き出したい思いで萌は訴える。
「ごめんなさい。ごめんなさい。もうきちんと言う事を聞きます。二度と逆ら
  ったりしません。許して下さい。服を取って下さい。もう体が感じすぎてて
  おかしくなりそうです。」

萌の必死の懇願。
アキは暫く黙って聞いていた。
その間もアキの指は止まらない。
萌は必死に言葉を探して謝りつづける。
ようやくアキが小さなため息をついて静かに言う。
「よし。わかったよ。いいよ。服を脱ぎなさい。これからも逆らったりするん
  じゃないよ。萌がアキに逆らったって何も良い事ないんだからね。」

萌はこうしてやっとの事、服を脱ぐ事ができた。
その後は………。
想像にお任せする。



なんとな。
この話しは萌の空想です。
アキとの二回目の久しぶりの出会い。
こんな風に責められてみたいな、と言う、会う前の取り止めの無い空想でした。
何せ経験が無いので空想も貧弱で、一つのシチュエーションを思いついても、
思うように発展しません。
この後、どう責められるか。
その具体的な話しの部分も考えていたはずですが、何せ金沢行きのバスの中で
の事。メモをとる事もできなかったので、どう言う話だったかもはや霧の彼方
です。