ナルシスの転落 5・私の部屋(作:宮城耕一さん)


 私はできなかった。二人は私をもう一階降りた階につれて行った。両側にド
アが幾つか並んでいた。小さな部屋ばかりのようだ。あるところで立ち止まる
と、六十男が鍵を出して、下のキーを開け、上のキーを開け、真ん中のキーを
開けてドアを開いた。鍵が三つもついているのだ。私はこれから長い間、この
部屋に監禁されることをさとった。コンクリむき出しの部屋。大きな鏡のつい
た化粧台に洗面台。化粧品がたくさん並んでいた。縄をほどかれて、靴を脱が
され、足の寸法を計られた。化粧台にインターホンがあり、目が覚めたら化粧
をして、そこにあるものを身につけて、インターホンを押して、「マレッタで
す。支度できました」と言えと教えられた。トイレはおまるにして、食器トレ
ーもインターホンで連絡した後にドアの下の差し入れ口から廊下に出せ、化粧
品が切れたらメモになくなったものを書いてトレーにのせておけと説明して縄
をほどき、ブラジャーと赤い靴を取り去って二人は出て行った。鍵が三つかけ
られる音がした。彼に出会ってから初めて一人になったのだ。折り畳みの椅子
と同じく折り畳み式のテーブルが一つずつ。ベッドは病院のよう。上に蛍光灯
一本。毛布が一枚。タオルが一本。トイレットペーパーが一巻、ティッシュペ
ーパーが一箱。小さなメモ帳一冊、ボールペン一本。化粧品はたくさん。ベッ
ドの上に身につけろといわれたものを見つけた。黒のガーターベルトとストッ
キングだった。

 換気口がどこかにあって空調設備はあるらしい。窓はなかった。おそらく地
下二階だろう。女の泣き騒ぐ声がかすかに聞こえた。私は赤いマニキュアと赤
いペディキュアを見つめた。私は男として、ホモの男の相手をするのではない
のだ。今も髪に赤いヘヤーバンドをしている。私はヘヤーバンドを抜いて化粧
台に置いた。二日目にブラジャーをつけさせられ女の化粧をされて恥ずかしい
写真を撮られた。そしてマレッタを女にして体を売らせると言っていた。あれ
は本当なのかもしれない。明日から必ずお化粧をしてからインターホンを押さ
なければならない。

 ドアのノブを回したり押したりした。全然動かない。ドアの下の差し入れ口
を引き上げた。狭くて頭も通らない。椅子に座って、ティッシュで顔をぬぐい
、化粧を落とせるらしいものを探した。何とか化粧を落として顔を洗い、歯磨
きと歯ブラシに気がついて、しばらくぶりに歯を磨いた。着る物はなかった。
毛布にもぐり込むと、ウトウトしはじめた。ドアのところで音がしたので起き
て見に行くと、食器トレーが届いていた。二回目で、今日最後の食事。食器ト
レーを差し入れ口から出すのは斜めからしか出せないことがわかった。下から
鉄板を引き上げるので、斜めに回らなければ廊下に出せないのだ。またベッド
に戻ってうとうとしはじめると音がした。今度は高い黒のピンヒールだった。
あれをはかなければならないのだ。そうして旅に出て三日目が終わった。

 目が覚めると、朝食の食器トレーはなかった。朝なのか昼なのかもわからな
い。とりあえず、私はひげ男がお化粧した順番を思い起こして、化粧をし始め
た。難しい。変な顔になった。ブラッシングして、オシッコをしておまるを廊
下に出した。前のドアの下の部分しか見えなかった。ガーターのストッキング
をはき、ガーターベルトをつけてストラップを止め、ハイヒールをはいて、足
首をストラップで巻いてホックで止めた。固かった。おなかがペコペコだった
。インターホンを押した。

「マレッタです。支度ができました」
「よし、今行く」
 三つの鍵を開けて入ってきたのは、昨日の六十男とひょろひょろした男だっ
た。
「鏡に向かって後ろ手に組め」
「はい」
 後ろからひょろひょろ男が近づいて両腕をがっしりとつかんだ。両腕を引き
上げられ、縄を通されてくくられた。いつものようにまるでオッパイがあるか
のように縛られ両脇で縄止めされた。首輪をつけられ、鎖で引っ張られながら
、昨日フェラチオの訓練をされた部屋に連れて行かれた。

「下手くそな化粧をして」
 六十男はそういいながら私をうつ伏せにした。また尻に注射をされた。続い
て浣腸を五回されて栓を詰められた。ひょろひょろ男のチ○ポをくわえさせら
れた。射精させられたら飯を食わしてやる、それまでお預けだと六十男にいわ
れた。ひょろひょろ男のチ○ポを食いちぎって逃げてやろうかと考えたら、

「こら、歯を立てるな」

と怒鳴られた。途端に背中に鞭を二回三回と振り下ろされた。痛くて転げて逃
げ回り、さらに何回も鞭打たれた。泣いて許しを請い、フェラチオを再開した
。しかし、失敗だった。続いて六十男のものもくわえたができず。三回浣腸さ
れて三回排泄し、部屋に戻された。化粧を落としていると涙が出た。マニュキ
ュアはそのままにしておいた。食器のトレーが入ってきた。一日一回の食事だ
った。食事をしていて、乳首の異変に気がついた。乳首が立っていて少し大き
くなっていた。乳首の回りが少し盛り上がり、さわると痛かった。あの注射は
オッパイを大きくする注射なのだ。シーメイルだ。ニューハーフだったかな。
確かそういう名前だ。男の生殖器を持ちながらオッパイが大きい人間! 少な
くとも、私はそういうものにされるのだ。女にするというのはそういう意味な
のだと私は納得した。

 私は不安になってマスターベーションをしようとした。いろいろみだらな場
面を思い描いて、思い描こうとしたら、今、自分が受けている場面しか思い浮
かばず、いくらチ○ポをしごいてみても射精できなかった。私はベッドで泣き
だした。四日目が終える。一度も母に電話していない。母は心配になって警察
に届けたり、友人に聞き回っているに違いないと思った。けれど、監禁され、
オッパイが大きくなる薬を注射されて、浣腸され、後ろ手に縛られてフェラチ
オの調教を受けているのだ。逃げられない。電話もない。絶望におお泣きをし
た。