ナルシスの転落 10・神隠し(作:宮城耕一さん)
インターホンの音で目を覚ました。ビッビー、ビッビーと鳴り続けている。
体中がだるい。やっと起き上がってボタンを押した。
「マレッタです。寝坊してごめんなさい」
「昨日の客で疲れたんだ。何しろ六時間以上だったからな。あんまりしつこい
から女はみんなこわがっているよ。くたびれているだろうが客だ。用意してく
れ」
「はい」
給料ももらっていないのに、どうして私は素直なのだろうと思った。ヒール
もガーターもそのままだった。食欲はなかったが、ミルクだけは飲んだ。化粧
のはげているところを塗り直し、できるだけ簡単にすました。客を取らされて
から三カ月になるのかしら。客の服は冬物に変わっている。ここはどういうと
ころなのだろうとまた考えた。普通のS・M売春のマゾ専用の女も調教を依頼
されているのかしら。
私はこのままずっとここで売春さされるのだろうか。注射は週に一回になり
、オッパイはいっそう膨らんだ。のどぼとけも目立たなくなった。鋭い目つき
の男が来たのでブラジャーとヘヤーバンドをつけた。彼がこのピアスに替えろ
と言って、新しいピアスを渡された。赤と白のキラキラ光るガラス玉の、一連
が五玉あるピアスだった。金のピアスを抜いて、派手なピアスに取り替えた。
いつものように後ろ手に縛り、ボール・ギャグと首輪をつけて三階の部屋に連
れて行った。
中にいたのは七十を越えているかなと思われる老人だった。老人は私を椅子
に座らせた。ツイードの上着をハンガーにかけて、私の前にしゃがみ込んで両
膝に手を置いた。こんなことは初めてだ。
「得意先から外人の男の子で女の子に改造されてるのがいるって聞いてな。女
になってからでもいいが改造途中のは珍しいから拝みに行けとすすめられてな
。写真見せてもらったら、きれいな顔しとる。男の子の写真も、化粧されて女
の子の格好されとる顔も、わしゃ、ふるいつきたいなと思うた。自分で志願し
た子でないから、そこんところわかっとけよと言われたが、神隠しやなと言う
たら、そや、神隠しにおうて神隠しされたもんが落ちる地獄にいとるんやと言
うてた。目の保養になるわ。写真よりもっとべっぴんになって、女としか思わ
れんわい。ここも小そうなってじきにのうなるんやな。わしは女を縛ったこと
がないんや。本持ってきとるからいろいろ縛らせてもろうて若返りさせてもら
うわ」
神隠しにあったら、昔から二度と見つからないものだ。私のようにさらわれ
てどこかで売春婦にされることを、神隠しにあうと言ったのだろうか。老人は
布袋から本を取り出してテーブルに広げた。縛り方の本だ。私は縄をほどかれ
て老人の縛りの練習台になった。老人は同じ縛り方を数回繰り返して習得し、
次の縛り方に進んだ。上半身の縛りがすむと、両足を交差させて縛り、首と足
をくっつけるように縛られた。逆えびの形に縛られた時は体がぎしぎし痛んだ
。はじめは物珍しい気分だったが、さまざまに縛られていくにつれ、次第に私
は酔った気分になり、ギャグからはよだれと声が漏れるようになっていた。老
人は私の反応に喜び、シャツ一枚になった。さらに延々と縛り続けられた。私
は悶え、快感をほしがった。老人は私に快感を与えることは全然念頭にないよ
うで、私をもてあそんで自分の快感を充足することに没頭していた。娼婦は買
う男が快感を得るための道具でしかないのだ。金を払ってわざわざ娼婦をイカ
セテヤル義務は男にはないのだ。だから、私は男たちのセックス奴隷なのだ。
老人はようやく本の最後のところまで来た。満足そうだった。私は床にあぐ
ら縛りされて、よだれが床に落ちるのを眺めていた。老人は縄をほどいてギャ
グをはずし、ズボンの中からかなり固くなったものを取り出した。
「もう大分出したことないんや。出してくれや」
私は肩で息をする状態だったが、なんだか老人がかわいそうに思えた。私は
両手で老人のものを口の中に入れ、そっとしごきながらフェラチオをした。か
なりしごいていたら大分硬くなり、少量の精液を口の中に放った。
「ありがとさん、感謝するよ、本当はお金をあげたいが、あんたらはここに閉
じ込められてるから金もろうても使えんわな」
言わなくてもいいことを言って私を傷つけて老人は出て行った。床にしゃが
み込んだまま、私は底抜けなんだわと思った。ひげ男が入ってきてベッドを見
た。「ベッド使わなかったんだな。ベッドにあがれ」と言われた。私は縛られ
もせず、ギャグをかまされることもなく、足を吊るされることもなく、普通に
セックスされたことがなかった。ひげ男は縛りも何もしないで私を抱いた。そ
れがうれしくて涙が少し出た。彼はいつもよりかなり長い間私を愛撫して陶然
とさせて体に精液をそそいだ。私は自称村井よりもひげ男の方が好きになった
。ひげ男は部屋に常備してある縄をしまって、いつものように後ろ手に縛りギ
ャグと首輪をして部屋に戻した。がっくりした。私は何を夢見たんだろう、な
んて馬鹿な私と、ひげ男を好きになった気分になった私を悔やんだ。逃亡でき
る可能性はどこにもなかった。セックス奴隷に身も心も順応していっていた。
あまり自分が男だったこと、男の名前があったことも思い出さないようになっ
ていた。
|