ナルシスの転落 14・性転換(作:宮城耕一さん)


 大分長い間眠った。朝食と昼食のトレーが入っていた。午後を過ぎているの
だ。朝食の分を食べてトレーを廊下に出し、顔の化粧を落として化粧をし直し
た。しかし、お呼びがなかった。することがなかった。大分たって昼食の分も
食べてトレーを廊下に出した。それからも呼び出しはなかった。することがな
いので、アイシャドウを他の色に変えたり、マニキュアを落として他の色に塗
り替えたり、爪に模様をつけたりして待った。
 夕食のトレーが差し入れられた。思い当たった。今夜遅く私はここを出るの
だ。日本か外国で性転換されるために。もうここには多分戻らないのだろう。
今日は何月何日なのか、相変わらず私にはわからない。ここの人たちもとうと
う名前を知ることはなかった。私は小さな部屋をずーっと一回りして記憶に刻
みつけようとした。何のためにそんなことをするのか。しかし、さらわれる以
前の記憶はあまりにも縁遠く、私とは何の関係もない世界に思えた。私は自称
村井の部屋でセックス奴隷としてこの世に生まれ、ここで奴隷教育を受けたの
だ。私はセックス奴隷、縄奴隷、マゾ奴隷。そしてシーメイルとおさらばす
る。

 眠くなった頃に、ギラギラ男と人相の悪い新人が入ってきて、私にブラウス
とスカートを渡した。パンティはなかった。いよいよだ。私は黙ってブラジャ
ーの上からブラウスを着て、スカートに足を通し、ジッパーを引き上げた。ギ
ラギラは私を後ろ手錠にし、目にバンドエイドをしてサングラスをかけた。ギ
ャグはされなかった。観念しているので騒ぐことはないと思われているのだ。
両脇を抱えられて一階へ上り、一年前とは逆にここを出て行こうとしている。
私はほとんど何も知っていない。あの村井のマンションへの道を断片的に覚え
ているだけで、ここへの道筋もこの建物の格好も、組織の人の名前も客の名前
も知らないのだ。そして、村井の部屋での二日目の朝に手足の手錠をはずされ
て朝食を取った時に会話しただけで、それから一年、ほとんどギャグされてい
るか男のものをしゃぶらされているか、悶えてあえいでいるかして、言葉を口
に出していない。そうだ、一度鏡に向かって私はささやいたことがある。「か
わいそうな美少女マレッタ、おまえは娼婦、売春婦」とか。違ったかな。

 後ろの座席に一人で座らされた。さっきの二人がそのまま前の座席に座った
ようだ。車が出た。ロックの音楽が流れ始めた。私がここから逃亡するなんて
二人は思っていない。組織も思っていない。思っていたら一人は横に座るはず
だ。後ろ手錠をされ、目が見えなくても、横に体をずらしていって手さぐりで
ドアのロックを開けられるかもしれない。絶対に見つかるに決まっている。バ
ックミラーで見られていても、一人が振り返って見ていても、私にはそれが見
えないのだ。ロックをはずしドアを開けて、そのまま後ろから車の外に転げ落
ちることになる。確実に後頭部を打つことになる。それでたいてい即死する。
うまく行っても、後続の車かトラックに跳ねられるかひかれる。あの中学二年
の少女も初めて会った男に後ろ手錠され、車から転げ落ちて後続のトラックに
ひかれて死んでいる。生き残っても、この体、改造されてしまったこの心、ど
こで生きていけるのか。結局、シーメイルを売り物にして売春するしかないの
だ。

 私は死ぬ勇気もない。シーメイルの死体は新聞種になるに決まっている。顔
が大分変わってしまっているので、身元不明の死体として処理されるだけだ。
もともと私は根性がなかった。にじりよられるとほとんど無抵抗にさわられた
。強引に近寄られるとどこまでも後退して追い詰められ、おもちゃにされてき
た。ほとんど抵抗できない無力ゆえに、R市の映画館で燃え上がらされ、村井
の部屋で緊縛とギャグ、アヌス、レイプ、輪姦、恥ずかしい写真を撮られ、あ
の施設でフェラチオ、浣腸、鞭打ち、吊るしの味をしこまれ、体も心も狂わさ
れ、大きなオッパイのシーメイルにされて客を取らされてきたのだ。

 車が止まった。前の両側のドアが開いた。私は外に連れ出された。あんまり
離れたところではない。潮の匂いもしない。両脇を抱えられて歩かされ、左に
曲がらされて土の上を歩き、また右に曲がらされてすぐにドアの開く音がした
。建物に入って廊下のような響きのするところを歩かされ、またドアの開く音
がして、部屋に入れられたようだった。私はスカートを取られ、サングラスを
はずされた。後ろ手錠もはずされ抱き上げられて椅子に下ろされた。両手を椅
子の背の後ろに回され縛られた。足を持ち上げられて大きく広げられ、高い台
に足首をベルトで固定され、太股も固定され、おなかも太いベルトで固定され
た。

 ドアが開いた。
「来たか。約束どおりの時間だな。この子だね。オペするのは」
「よろしく、先生」
「ああ、何しろたんまりもらっているからな。傷跡もほとんど見えないように
オペするよ。では手伝ってくれたまえ」

 私は黙って聞いていた。裏社会とつるんでいる政治家もいる。弁護士もいる
。医者も当然いるのだ。私が自分の意思で性転換を望んでいるのではないこと
は、目隠しと手を縛られていることを見れば一目瞭然のはず。何を言っても仕
方がない。またも追い詰められ、今度は性転換をされて、もっと売春させやす
い女にされるのだ。 上半身に布がかぶされ、口と鼻に柔らかいものが押しつ
けられ何か気体が出てきた。麻酔だ。思わずいやいやというように首を振った
。ぐっと吸入器を押しつけられた。体が次第に浮き上がる。話し声が次第に遠
ざかっていく。下半身がしびれはじめてきて、下半身の全体に広がった。痛さ
は全然感じない。今、何をされているのか。わからない。もう、僕のものは切
り取られ、かわりに膣とびらびらした外側のひだと内側のひだ、尿道口を加工
されているのだ。あの施設の男たちの顔が表情が次々頭に浮かんできた。中年
のマスター、ひげ男、ギラギラ男、六十男、ひょろひょろ、細面、村井、それ
から初回のはげ男、中国人、オッパイに突きたてられた八本の針、私をだまし
た老人、フェラチオ訓練、ヤクザのおどろおどろしい入れ墨、吊るし部屋で一
緒に吊るされた女たち、結局六人のさらわれた女を見たのだ。今も誰かが吊る
されている。私からきれいなピアスからヒールまで全部はぎ取っていった女三
人、恐ろしい浣腸男、五回も客になった。ボンデージで腰もきつくコルセット
で絞られ鞭打ちばかりされた白人の大男・・・

 意識を回復した時、どこかに寝かされていた。ガーターとヒールは取り去ら
れていた。両手を広げてベッドの端に手錠でつながれていた。足も大きく広げ
られ、手錠でつながれていた。起き上がることはできない。バンドエイドの目
隠しはそのままだった。真っ暗だった。全裸だった。腰の辺りは包帯の感触が
した。オシッコがしたくなった。私はオシッコをさせてと小さな声で頼んだ。
誰もいなかった。いたら蛍光灯がついているはず。いないから真っ暗なのだ。
近くに、部屋の外にいるかもしれない。オシッコさせてくださいと、もっと大
きな声で言った。いない。手術されたらオシッコはどうするのだろう。知らな
い。考えたこともなかった。誰かがいなかったらオシッコは出来ない。その内
に膀胱が破裂して死ぬ。そんな死に方は惨めすぎる。看護婦が来るはずはない
。この手術は組織とあの医者しか知らないのだ。オシッコを我慢した。物音は
何もしない。ここはどこだろう。手術された建物の中なのか。あれからどこか
に移されたのか。尿意がつのってきた。おなかがどんどん痛くなってくる。我
慢しよう我慢しよう、あの浣腸された時のようにと思っているうちにオシッコ
が噴出しはじめた。長い長いオシッコだった。気持ちがよかった。股間が濡れ
た様子はない。オシッコは出来るようにされているのだ。尿道口に管が挿入さ
れていて、その先がベッドの横の容器に突っ込まれているのだろう。でも大便
は出来ない。大の字に手錠につながれていれば。きっと誰かが一日に一回か二
回、食事と排泄、包帯の取り替えに来るのだろう。誰が?

 それから大分時間がたった。おなかも減ってきた。私はうとうとして眠った
ようだ。ドアの開く音で目を覚まして部屋が明るくなった。両手の手錠がはず
され、後ろ手に手錠をし直された。両足の手錠がはずされ、足を床に下ろされ
た。
「おい、口を開けろ」
 六十男だった。スプーンでご飯を入れられた。それからおかず、味噌汁、お
茶を飲ませてくれた。その後、薬を飲まされた。
「目隠しを取って、おじさん」
 六十はここを出るまでは目隠しははずさんと言った。するとここは手術をし
た建物の一角なのだ。包帯を少しほどかれて浣腸され、排泄の後、包帯を巻き
なおされた。それから大の字にベッドに手錠でつながれた。
 それから一日に一回、あそこの誰かが来て食事と排泄をさせ、薬を飲ませた
。フェラチオ調教の時のようにいつも空腹状態になった。時には包帯を全部取
られて薬を塗られ、新しいのに取り替えられた。一週間して医者が来た。股間
部を診察して、ギラギラ男に、
「順調だ。こりゃ完璧だよ。誰にもオペってわからないようになるよ」と言っ
て出て行った。
「よかったな。おまえ、望みどおり女に生まれ変われて、うれしいだろ。今度
はオマ○コにもいっぱいぶちこんでくれるぞ」
「ありがとうございます。マレッタは喜んでおりますと、みなさんにお伝えく
ださい」と言った。私はシーメイルという奇妙な生き物から、普通の女になる
方が確かにありがたいことはありがたいのだと思った。強制的に性転換させら
れたのに、お礼を言えと言われればついお礼を言ってしまう、それが生まれつ
いての私のどうしようもない癖だ。その後、ギラギラはブラジャーとスカート
をはかせ、ブラウスを着せてくれた。後ろ手に手錠をし、皮の足枷をした。首
輪をつけた。首輪と足枷は部屋のどこかにつながれていて、足は十センチしか
広げられなかった。

 私はベッドから解放された。それだけでも幸せだった。寝る時も服をつけた
まま、後ろ手錠に足枷のままだ。目隠しのバンドエイドが取れないか、ベッド
の布にこすりつけていろいろやってみた。新製品か特別製か、私にははずせな
かった。翌日から私は立ったり座ったり鎖の許す範囲を歩き回ったりした。ベ
ッドに固定されている間、痛くて仕方なかった背中や腰も大分楽になって来た
。でも食事は一日に一回のままだったので、空腹感はいっそうつのった。
 二週目になった。医者が退院していい、包帯はもう少ししたら取ってやる、
あそこを使えるようになるにはもう少しかかると言った。その時は人相の悪い
新人が横にいた。夜中に迎えに来るからなと言って帰った。私はあそこに帰れ
る。帰っても客は取れないから、あの部屋に監禁されて女として客を取れるよ
うになると、あの初回のはげ男の待っている部屋につれて行かれ、後ろ手の縄
とギャグ、首輪に吊るし、浣腸に鞭打ちのマゾ奴隷の生活が始まるのだと思っ
た。苦痛ばかりのはずなのに、客を取らされて次第にマゾの味を覚え、深く快
感を覚えるようになってしまったことなどを思い起こし、懐かしさがこみあげ
、涙が出そうになった。何が懐かしいのだろう。二週間も目隠しをされたまま
で、後ろ手錠に足枷、今はストッキングもヒールもない裸足。股間部からは管
が出ていて、手さぐりで容器の位置を確かめてのオシッコ。大便は浣腸で出し
てもらう毎日。そしてたった一回の食事。私はどこまでもお人好しなんだわ。
いつもそれにつけこまれ、気が弱くて勇気もなく力もなく、弱肉強食の世界で
は簡単にとらえられて食われる獲物。私は結局、あそこで骨までしゃぶりつく
されて死ぬ宿命なんだわ。死んだらたいていコンクリで固められて、海の底に
沈められるんだわ。

 迎えに来たのは村井と細面だった。バンドエイドをはがしてくれた。真っ白
な狭い天井のひどく低い部屋だった。今度は黒い布で目隠しされ、両脇をかか
えられた。ギャグはされない。私はピアスはついていることはわかるが、マニ
キュアやペディキュアははげているんだろうかなどと考えながら車に乗せられ
た。

 ジャズが車内に流れ始めた。もとの施設、あの部屋に私は帰るんだわ。女に
生まれ変わって。懐かしいわ。涙がこみあがる思い。あの大きな化粧台の鏡。
たくさんの化粧品。帰って、まず第一にはげているはずのマニキュアとペディ
キュアを落としておこう。明日になれば久しぶりにきれいに顔を洗って、タオ
ルを濡らし髪の汚れを取って、丁寧にお化粧をしよう。どんな色を使おうか。
マニキュアやペディキュアは今度は何色にしようか。ファウンデーションも変
えよう。チークも変えよう。少しばかりあるヘヤピンを使って少しでもヘヤー
スタイルを変えられないかしら。ヘヤーバンドは無しにしようか。別の色のヘ
ヤーバンド、他のピアス、頼んだら、もしかしたらくれるかもしれないわ。あ
の人たち、本当はそんな悪い人達ではないはずだわ。お客を取った後に必ず抱
いてくれて満足させてくれるもの。満足させてくれない人もいるけど。まず第
一に、誰に抱かれたいかな。ひげ男かな。私、ひげちゃん、好きになったのか
しら。ああ、違うわ。私、女として最初の相手はお客さんなのだ。あそこでの
初回の客、はげ男が最初に私を女にするのだろうか。三回来たあの白人の大男
か。十回は買われたヤクザが私を女にさせるのだろうか。

 車の走っている時間が長すぎるわ。おかしいわ。私は黙っていた。どうせわ
かる。股間は包帯をしている。アヌスで客をとることは出来ない。私はやっぱ
り馬鹿なんだわ。どうしてあの人達がいい人たちなのよ。私の体で金を稼ぎ、
私には一銭も渡さず、奴隷として人間以下の扱いをしているひどい連中なんだ
わ。何て甘い夢を見たのかしら。どうして甘い夢を見たがるのかしら。あの部
屋でただ飯を食わせる気なんて、はなからないのよ。わかったわ。私にフェラ
チオで小銭を稼がせるのだわ。フェラチオ嬢、フェラ嬢にされるのよ。どこに
連れて行くのよ!