ナルシスの転落 21・被虐の短大生(作:宮城耕一さん)

     
 細面が夕食と缶ビールを運んできた。部屋はきれいに片づけられていた。あ
たしだったらいったんクソまみれになった部屋で食事をとるなんてできないわ
と思うけど、連中は慣れっこになっているみたいだった。あたしたちは輪にな
って煙草を吸っていた。あたしは持ってきていないのでヤクザにもらった。
「マレッタ、きつかったろう、今日の撮影は」口ひげが言った。
「ええ、とっても。ものすごく痛くって」
「泣きじゃくっていたもんな」カメラが言った。
「しかし、その涙、苦痛にゆがんだ顔、悶えに悶えた顔が俺たちにはモノにな
る顔なんだ」照明が言った。
「ええ、途中で気がつきました。自然体でいこうって。でも自然体で意識して
いくなんてできず、体が勝手にいく方向に引きずり回された感じです」
「まあ、食い出そうや」口ひげが言って、みんなは弁当を開けてカンビールの
蓋を取った。あたしはまずビールを一口飲んでから食べ始めた。
「でも、あたし、最後が一番良かったわ」
「全裸で縛られたことか、オッパイで二回もイッタことか、一瞬アヌスをはめ
られたことか、どれだい」
「ううん、三つともかな」
「マレッタは随分調教されたもんだな、縛られるようになったのはここに来て
からなんだろう」
「まあ、ここに来てからですけど、その前に三日間縛られっぱなしにされたの
が最初ですけど」
「ここの女のほとんどはそうやって連れて来られるんだ。M嬢としての調教を
特に頼んでお店が連れてくる女以外はね」
「やっぱり、そうだったんですか。お店からの人も少しいて、後はさらわれた
人ばかりなんですね」
「そうだよ。マレッタもね」
「はい、あたしもさらわれました」
「しかし、おまえの昨日の話、聞いていたら、体が大人になり始めた途端に中
年のおばんにいたずらされ、中学・高校と痴漢され続け、ひたすらここに来る
道を歩かされ続けてきたと思わないかい」
「ええ、捕まえられた時、というか、ここに連れてこられて売られたと思った
時というか、あたし、何度も最初にあたしを捕まえた人を呪ったり恨んだりし
てましたけど、調教を受けたり、いえ、最初にこんなことになるとは思わずに
その人に縛られた時、あたし、誰かに、もしかして、ずっと縛られたかったん
じゃないかって思ったんです」
「おまえはそうなんだよ。おまえはずっと迫られては体をさわられてきたんだ
ろ。時にはさわられるだけじゃなくて、体をなめられたりしてきたんだろ」
「そうです」
「で、迫られるとマレッタは腰が抜けて金縛りにあったように、いつもいつも
なるんだろ」
「ええ、いつもいつもそうなんです」
「マレッタ、そりゃ縄で縛られているのと同じだって思わなかったのかい」
「ええ、いつか忘れましたけれど、ここで、アヌスとかお口でお客さんを取る
ようになった頃、いろいろセックスでいたぶられてきたことを思い返して、結
局、中学に入ってすぐぐらいから娼婦になるように縛られてしまっていたんだ
わ、後ろ手に縛られたまま首輪をつけられて、まっすぐここへの道を歩かされ
て来たんだわって思うようになりました」
「誰が見ても、マレッタはそういう道をたどってここに来たんだよ。この世界
から抜け出すことなんてないと思うよ」
「そうでしょうね。どうなるのか、あたし、わからないけど、ここというか、
いずれ、あたしはどこかに売られるんでしょうけれど、この世界にしか生きる
ところはないということは、自分でもわかっています」
「だけど向いていない女もいるんだな」眼鏡の照明が口をはさんだ。
「平凡な女は駄目だな、まず。色とか香りとか、センスのないやぼったい女は
体もやぼったくて調教できないんだ」
「マレッタ、支度にかかってくれよ。おまえは女子高を卒業して上の短大に進
学だ。合格おめでとう。そこにあるのに着替えて化粧しろ。下着も靴もな。マ
ニキュアはどぎつくない短大生らしいのにしろよ。派手めか地味めか、自分で
決めろ。こちとらぼちぼち支度にかかるからな」口ひげが言って煙草に火をつ
けた。
 あたしだけ立ち上がって化粧台に行った。袋の中を出すと、紺のブレザーに
紺のボックス型スカート、白の胸の前に縦にフリルのついているブラウス、青
い紐のリボン、ピンクのバンドの細いブラジャーと同じ色の浅いパンティ、黒
のパンストと黒のハイヒール、ちょっと高い、八センチあるかなと思われるピ
ンヒールが入っていた。あたしは急いで女子高を卒業して女子短大に入学しな
ければならない。セーラー服一式は、キティちゃんパンティはなくなってけど
、下着もソックスも靴も鞄も袋にしまった。次の人が使うんだ。
 ピンクのパンティはビキニっぽい。後ろがもう少し細ければティーバックだ
。短大を卒業したらお客さんを取らされて、裏ビデオの女優を平行してさせら
れるのかしら。ブラジャーをしてから真珠の光沢のある桜色のマニキュアを爪
に塗った。ペディキュアは桃色を選んで塗った。乾くのを待つ間、煙草をカメ
ラにもらって吸った。あたしって結構環境になじみやすいんだわ。本当はこの
人たちも悪人なのよ。でもあたしには悪人と思えないのよ。ここの人たちも正
真正銘の悪人だわ。でも、ひげやギラギラ、そしてあの自称村井に、あたし、
心を乱されている。
 左手の小指の先っちょを触ってみたら乾いていた。半分まで吸った煙草をも
み消して、おとなしい感じのお化粧をはじめた。ファウンデーションもチーク
も薄いめにしてアイブロウもアイラインも細く引いて、青のアイシャドウも細
いめに塗って、ビューラーで睫毛を曲げて、マスカラはやめにした。口紅はピ
ンク。あたし、下着の色に染められているんだ。ブラウスを着てパンストはい
てスカートをはいた。膝上五センチってとこか。青の紐のリボンを左右同じ形
になるように蝶結びした。髪をブラッシングして、ヘヤピンで耳にかぶさらな
いようにして、真珠が一つぶら下がっているピアスをはめた。ブレザーを着込
んでおしまい。ふりかえって言った。
「あたし、短大に入学しました」