「GADGETでHalf-lifeを読み解く」

Half-lifeのシナリオを担当したマーク・レイドローの著作「ザ・サード・フォース(A novel of GADGET)」がまだアマゾンで購入可能だったため、注文してみる事にしました。
前回のTEXTでも書いたように、これはマークがHalf-lifeに関る直前に書いたもので、シナジー幾何学のマルチメディア作品「GADGET」のノベライズ版です。

Novel of GADGET
The Third Force

マーク・レイドロー著
鎌田三平訳

角川書店

GADGETは、どこの、いつの時代なのかも分からない、とある「帝国」での物語です。この国はオロフスキーという皇帝の完全独裁政権化にあり、舞台となる駅や電車の中は全く活気に満ちあふれてはおらず、登場人物は皆まるで死んだように遠くを見つめています。
主人公の男は謎のスーツの男スロースロップから、「ホースラヴァーという博士に接触せよ」と命令され、彼に会うべく列車に乗りこむのですが、次々変わる指令、センソラマという機械、彗星が衝突する危機、度々現れる幽霊のような少年と、不可思議な謎が渦巻き、主人公を混乱させていきます。
物語は、最終的に彗星衝突に備えて地球から脱出するための船「Ark」の建造へと目的がシフトしていくのですが、このArkというのが実際になんの目的で作られたのか、彗星というのは何だったのか、科学者やスロースロップの意図はなんだったのか、曖昧な形で、非常に謎を残したまま終了してしまいます。全て夢だったのか、主人公は利用されただけなのか、そこもあえて結論は出されていません。

以上がGADGETのだいたいのあらすじですが、現在このGADGETのCD-ROM版は最新のOSで動かないせいでマトモに遊ぶ事が出来ない状況です。MAC版はどうか知りませんが、WINではどうにもならないので、今ちゃんと見ることが出来るメディアはプレイステーション版くらいです。アマゾンで検索したら中古で出てきて、1000円以下で売っていました(爆)
(でもなんでメーカーがシナジーじゃなくてシムスになってるのか謎)

マーク著書「サード・フォース」は、あまり本編では語られなかった部分を補足するような形で、その世界観を広げて書かれたストーリーですが、これらは原作者である庄野氏が最初から用意していたものではなく、あくまであらかじめ用意された世界観や、庄野氏との打ち合わせによって決められた設定をもとにマーク自身がストーリーを広げていった結果であるため、これはマーク自身によるGADGETの解釈や、作風が色濃く反映された物語であるといっても良いと思います。

「サード・フォース」では、本編では一切触れられなかった、革命を起こそうとするレジスタンス(サード・フォース)が登場し、その活動に協力している女性が主人公として描かれていきます。
本編での枠組みをきっちりと押さえた上でストーリーは進み、主人公のエレナだけではなく彼女の兄や、サードフォースの創始者の老人、スロースロップなど様々な登場人物による視点で物語が語られていくため、一人の人間の感情に没入して描かれた印象は薄く、非常にGADGETの世界を遠くから冷静に見つめているような感覚があります。
謎の装置センソラマの動力源となる未知の鉱石「キセニウム」がこの物語の主役といってもよく、これが隕石の衝突現場から発掘され、際限なくエネルギーを供給出来るこの物質は帝国の必需品となるのですが、レジスタンスのメンバーはこのキセニウムを使って爆弾を作り、オロフスキーを失墜させようとします。しかしこの鉱石は時間と空間を歪ませるという裏の側面を持っており、それによって時間が歪んでストーリーが前後し、どれが過去で現在、未来なのかさえもはっきりしなくなっていきます。しかもどれが現実で幻なのかもはっきりとした答えが出ません。

科学者達を指揮したホースラヴァー博士はここでも重要な役割を演じていますが、存在しているのか、それとも主人公エレナの空想の産物に過ぎないのか、非常に曖昧な存在として描かれていて、スロースロップよりもはるかに「重要な何かを知っている」キャラとして登場します。(やはりここぞという時にしか登場しない) 彼はエレナにこの先どうすべきかを指示し、彗星の真の目的を教えようとします。
本編作品では全くの謎の存在だった「少年」についてもかなり詳しく描かれています。でもだからといって明確な答えが用意された訳ではなく、キセニウムと深く関る重要な人物であるという事以外は良く分かりません。

最終的にどうなるのかは一応伏せておきますが、かなり難解な物語には違いなく、はっきりとした答えが原作同様出ていないので、結構しこりの残るストーリーです。時間が歪み、幾つかの未来が分岐して描かれ、かと思うとまるで幻を見ていたかのように元の時間に戻される。いや現在の方が幻なのか?後半になってくるともうどれが本筋なのか、私の頭脳では到底理解出来ません。
感じとしては、ホースラヴァーや少年は全く他人と違う時間軸を移動しており、ずっと過去にキセニウムと何らかの関りを持っていたのでは、と思わせます。
彗星の衝突が自然現象的な事ではなく、知的生命体による破壊=救済行為という、どこまでが本当なのかと思うような話も飛び出し、それが時間や空間と密接に関る問題だという事までは何となく分かるのですが・・・・。ここで言う救済というのが一体何を差しているのか、やはり曖昧なままです。


まあ何だか分かんない、分かんないとほざいておりますが、なかなか面白い物語だと思います。もう何度か読み直して詳しく熟考すれば何か答えが見つかりそうな気もします。でも、本編の「GADGET」をプレイした事が無い人が読んでしまうと、全然世界に入り込めないのでは、という危惧もあるにはあります。元々どこの時代とも国とも呼べない架空の場所での物語なので、その辺の予備知識を持ってないと辛いかもしれません。


さて、ここからが本題です。前回も書いたとおり、マーク氏はこの後Half-lifeのシナリオを担当する事になるのですが、このサードフォースでの設定や雰囲気を継承する形でシナリオを作り上げていきました。そのため、謎のスーツの男G-manや、鉱石、独裁政治などといった共通のキーワードがHalf-lifeにも登場するに至ります。

サード・フォースを読んで私は、どうもマーク氏はこの物語の続きを書きたくなったのでは、という思いをひしひし感じました。しかし、これ以上話を広げてしまうと、ハードSFやらスペースオペラやらといった方向までストーリーが飛躍してしまいそうで、それではGADGETのイメージからかけ離れてしまうため制御をかけて寸止めしたものの、やっぱりその先が描きたくてしょうがなくなってしまったのではと・・・。
そこでGADGETのストーリーから離れて重要なキーワードのみを継承し、サード・フォースの「描ききれなかった部分」をこのHalf-lifeで埋め合わせようとした結果、この一見全く無関係とも思える両作品に驚くほど共通点が現れたのかもしれません。

サード・フォースを読んで思ったのは、これは時間と空間の物語であり、Half-lifeもそういった話だという事です。Half-lifeは異次元への扉を開いた事によってXENという別世界と繋がってしまいます。あげくはコンバインというエイリアンがなだれ込み、地球は彼らに支配されてしまいます。
G-manという男はまさしくスロースロップを継承しているキャラクターではありますが、それと同時にホースラヴァーのような存在でもあるな、と感じました。それはG-manがまるで従来の時間軸を無視して登場しているようなフシがあるからです。
Half-life2の冒頭、フリーマンは電車に乗ったシーンから始まります。しかし乗客から「あんたが乗った所を見てないが・・・」と言われます。この言葉から、フリーマンはこの場所に「転送」された事がわかります。しかもイーライ博士に会った時も、「お前は以前と全然変わってないが、何故だ?」とまるで歳を一切とっていないかのような言われ方をします。
このことから、フリーマンは次の仕事が来るまで冷凍睡眠でもされていたのではという見解がありますが(G-manも「目を覚ますのです」と言っている)、ひょっとしたらフリーマンも他の人間とは全く違う別次元に存在し、他の時間軸に生きているのでは・・・なんて憶測も思わずしてしてしまうのです。

それと「サード・フォース」では主人公のエレナだけでは無く、スロースロップやディアギレフ老人など、他の人物での視点でも物語が語られ、非常に多角的にストーリーが展開していきます。この書き方がマーク氏独特の手法なのか、たまたま今回こういう書き方になったのか定かではありませんがこの手法を見ると、half-lifeのアドオンパック「オポージング・フォース」を思い出します。

今はめっきり無くなりつつあるシングルゲームの追加マップ。素人ではなく、きちんとメーカーに委託して作ってもらい、商品としてリリースされるこのアドオンゲームは、前作Half-lifeでもきっちり作られていました。それがこの「オポージング・フォース」。

ブラックメサ事件で証拠隠滅のために派遣された特殊部隊の視点から描かれたゲームで、本編ではフリーマンを苦しめていた敵役。このゲームでは例のブラックメサ事件を敵側の視点からもう一度描く事で、ここで何が起きたのかを明確に伝えようという試みがなされています。主人公はフリーマンではなく、特殊部隊の一員である中尉であるので、ゲーム中フリーマンとあわやニアミスというシーンや、本編にもあった場所が現れたりと心憎い演出が度々あり、ただ単に続編的な内容を作らず、ストーリーをさらに深みを持たせるやり口として当時としてはかなり画期的なアドオンゲームでした。

そんな訳で、このやり口を見るにつけ、どうもマークの描いたシナリオは最初から様々な人物からの視点で多角的に描かれていたのではないのか?と思わず勘繰ってしまいます。だからアドオンゲームを出すに辺り、他の人物を主人公にすえる事は必然的な事だったのでは。ひょっとすると最初からアドオンを出す事も考慮して描かれていたのでしょうか?
まあそれは考えすぎかもしれませんが、今回のHL2でもアレックスを主人公にしたゲームを後々リリース予定、なんて事を考えれば、マーク氏が最初から物語を多角的観点で書いていることは間違いなさそうです。



で、ちょっと話は変わってHalf-life2のメイキング本「Raising the Bar」。アマゾンで売っていたので思わず購入。洋書ですが、言ってみればこれは設定資料集みたいなもので英文は少なく、ほとんどはイメージボードやゲーム画面という、写真だらけのアートブックです。

Half-life2
Raising the Bar

©Valve

この本を見て思ったのは、やっぱりGadgetをかなり意識して作られたんだな、という事。まあ実際本当に意識していたかどうかはともかく、City17の風景や駅のホームのデザインや雰囲気は、まさにGadgetやシナジーを髣髴とさせます。 錆ついた鉄骨やパイプ、アンテナ線。じめっとしたダークトーンの重々しい雰囲気。
こういった機械の雰囲気の趣味は30を過ぎた世代の好みの路線であり、今の若者達にはフィットしないかもしれませんが、同世代の私にはストライクゾーンなワケです。多分Valveのスタッフもそうなのかも。

©Valve

この本にはHL2だけではなく、前作Half-lifeのイメージボードもしっかり載っています。モンスターやキャラクターの設定資料をみると、意外にもすごくアメコミの雰囲気があります。確かに前作はこのHL2に比べるとシナジー節は薄く、どちらかというとアメコミ的なデザインが反映されたんだと思います。前作のデザインはやりたくても出来なかった妥協の産物だったのか、どういう路線でいくのかスタッフにも明確な青写真がなかったのか、それとも最初から念等に置かれた物だったのか。
前作と比べてHL2ではデザイナー陣が増えたので、そういった新しい息吹が入ったことによる変化も少なからずあったのかもしれません。

しかしHL2で同じアメコミ的デザインを継承しなかったとなると、やはり元々大きくあったコンセプトデザインは別の所にあったのかもしれません。アレックスの初期デザインをみると、まさにアメコミにでも出てきそうなパンキッシュガールだったのが、例の地味な出で立ちの女性(笑)に変わっていたりするので。

それにしてもやっぱりたかがゲーム、されどゲームって感じで本当に膨大な数のイメージボードが描かれた上でゲームの世界観が形作られていったんですね。凄いなあ。私なんか今までの人生で一度たりともイメージボードなんか描いた試しがない(爆) 全部ぶっつけ本番で妥協しまくりだし。



マーク氏著書の「サード・フォース」、設定資料集の「Raising the Bar」、どちらもHalf-lifeの世界を読み解く上で重要な書であることは間違いありません。

















iGADGET HD
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