「幻視の建築家達」

私が昨年リリースしたHalf-life2用シングルMOD"Mistake Of Pythagoras"には、ある有名な建築家が設計した建物を忠実に再現した場面が登場します。
その有名な人物とは、17、18世紀に活躍したフランスの建築家Claude Nicolas Ledoux(ルドゥー)の事です。

といっても、一般的にはあまり有名とは言えません。建築界では誰もが知るところのコルビジェでさえ、普通の人にはピンと来ないような状況ですから、ルドゥーなんて知っている方が逆におかしいと言うもの。(勿論私だってつい最近までコルビジェにはピンともキリとも来なかったですよ(爆))
このルドゥーという人は、新古典主義と言われる様式の第一人者の一人として高く評価されており、200年以上経った現在でも根強い人気を誇っている建築家の一人です。新古典主義という美術形式については、私はあまりうまく説明出来る自信がありません。当時の流行であった過剰な装飾による建築様式の反動として生まれた、という言葉通り、あくまでシンプルに、それでいて崇高で力強く、という理念があるようです。

しかし、ドイツでナチスが大々的にこの新古典主義様式を取り入れてしまったおかげで、この様式は常にファシズムや緊張・圧迫というようなネガティブイメージがつきまとうようになってしまいます。まあそういった訳で、新古典主義の建築家はどうしても過小評価されがちなのですが、やっぱり彼らの建物は純粋に美しいと思うのですよ。私が今回のMODの中でルドゥーの建物を再現したのも、もう少し彼らの建物の美しさを知って欲しいなあという目論見もあった訳でして。

上が私がMODで再現した建物で、下がルドゥーが残した図面です。
本当は中心に滝から落ちた水が流れ落ちるようになっているんですが、
HL2では滝の表現が難しく、そこまでは再現できませんでした。
左の建物に比べると若干まともに見える建物ですが、
内部はルドゥーのシンメトリックに対するこだわりを見る事が出来ます。


ルドゥーは17世紀末に結構な数の建物を設計し、その腕が認められて、宮廷おかかえの建築家にまで上りつめるのですが、フランス革命のゴタゴタの憂き目に合い、監獄されて危うく命を落とす所でした。なんとか釈放されたものの、その後は建築家としての仕事はほとんどしなかったようで、彼は晩年を、自分の設計した図面をまとめて本として出版する事に心力を注いでいきます。これは元々は牢獄されてしまう前から計画していた事だったらしいのですが、いつのまにかコンセプトが変化し、作品集という単純な内容から、自分の夢と理想や哲学を盛り込んだユートピア計画へと発展していました。

その本は「芸術、習俗、法制の関係から考案された建物」と名づけられ、数百枚にも及ぶ彼の設計図面と論文で埋めつくされました。この本の中で、ルドゥーは「ショーの理想都市」というユートピアを提案しています。キチンと工業都市という位置づけで都市を成り立たせた上で、自由な発想で建物の図面が描かれています。ただし非常に繊細な所まで考えられていた訳ではないようで、建物の位置関係などは漠然としか示されていないとの事。
私がMODで再現した二つの建物も、このショーの理想都市に登場する建築物です。

ショーの理想都市は結局、実現する事はありませんでしたが、実際に建てられた建物も多く存在し、その内の幾つかは今でもフランスの各地に残っており、その姿を拝む事が出来ます。その中でもっとも有名なのがアルケ・スナンの製塩工場で、ルドゥーの基本概念が見事に集約された建物です。実はショーの理想都市はこの建物を中心と考えて、その周辺を考案していった都市計画でした。

アルケ・スナンの製塩工場。
上空から見ると、規則的に半円上で並ぶ建物が確認出来、
異彩を放っています。
ショーの理想都市より。
製塩工場が半円から完全な円状に拡張されている事が分かります。

引用画像-LANDSCAPE OF ARCHITECTURES


ルドゥーの建物は、とにかく完全なシンメトリーで構築されていて、実際の建物の外観を見てもパッとは解らないですが、図面で見れば一目瞭然。このこだわりたるや、執拗という言葉がよぎります。
ショーの理想都市の中には球体や円を描いた建物も登場し、遊び心に溢れています。例えばオイケマと呼ばれる売春宿なんかは、ぱっと見気付かないですが、設計図面で見ると男根(!)の形をしている事がわかり、どこまでマジなのか解らなくなるほど。
彼の建築物はあまり突飛なデザインではないにしても、シンプルで崇高で、独特の美しさを放っています。下の方で紹介している球体状の建物なんて、実際に草原の中にポツリとあったら、さぞかし目立って、とっても奇麗だったろうと思います。
それにしても、こんな建物が既に200年も前に構想されていたとは全くもって驚きです。

「ショーの理想都市」より。
こんな球体の家があったら楽しそう。一応これ、
農民監督の家なんだそうです。
こちらも「ショーの理想都市」より。
これは学問を教える学校のような建物だそうで。私は当初この建物も
再現する予定でしたが、前の2つの建物を作って力尽きました(笑)。



ルドゥーの建築物は、設計図でみると圧巻です。
完全なシンメトリックと規則正しく並んだ配列。うおぉ、再現してみてぇ
でも超大変そう・・・・。考えただけで知恵熱が(笑)
これまた円状のモニュメントが印象的な建物。
どの方向から見ても同じに見える完全左右対称。
どうも彼は見た方向によって面影が違って見える建物はお嫌いなようで。

引用画像-Architecture De C.N. Ledoux: Premier Volume Visionary Architects:Boulee, Ledoux, Lequeu



もうひとり、こうした新古典主義の建築家で有名な人がおり、どちらかというと彼のほうがメジャーなのですが、それが Etienne-Louis Boulle(ブレ)という、ルドゥーと同じフランスの建築家であり、今では"幻視の建築家"との異名があります。彼はルドゥーと同じく17世紀末に活躍した建築家で、両者ともJ.F.ブロンデルという教師から建築の理念を学んでいるだけあって、その概念のコンセプトは良く似ています。

ブレはルドゥーに比べて実現した建物がほとんどありません。何故なら、彼の書く建築物はあまりにも規模が壮大なために、当時の技術とコストでは到底実現不可能だったからです。今の技術なら可能なのかもしれませんが、どれだけの費用と維持費がかかるのかと思うと、やっぱり無理っぽい。
有名なのが「ニュートン記念堂」というドローイングで、本人も元々実際に建てるつもりで設計した訳ではないとか。
とにかくこの図面のインパクトたるや、すさまじいい物があり、いまだに世界中に彼のファンがいるのもうなずけます。映画監督のグリーナウェイは、「建築家の腹」という映画で、ブレをモチーフにしているくらいです。まだ私は未見ですけど。

ブレのドローイングで最も有名な「ニュートン記念堂」。
球体と円を基礎とした、とてつもなく壮大な建築物です。
周りを取り囲んでいる黒い柵みたいな物は、実は木です。
そのサイズから比較して、いかに巨大な建物かが分かります。
これもブレの図面から。まるでピラミッドのような建物です。
もう人がゴマつぶみたいに小さく描かれていて、
ニュートン記念堂並みの大きさである事が分かります。
よく見ると外周に網目のようにスロープが設けられていますが、
登るのに一体どれくらいかかるんでしょうか・・・・


MOD、すなわちゲームを作ると言うことは、そこにある程度のフィールド(世界)を作らねばならないということ。ということは、必然的にゲームを作る人間は得手不得手に関らず、建築士として建物をクリエイトしなければなりません。しかしあくまでゲームなので、住みやすさやコスト、耐久性といった建築における最低限の規則なんて守る必要はないのです。 そうです、欠陥住宅を建てても訴えられないんですよ(爆)。
とどのつまり、幻視の建築家が夢見た建物は未だに具現化は出来ませんが、ゲームの中だったら、ようやく実現出来るところまで来ているのです。だから私は手始めにルドゥーの建物を作ってみたのですが、ゲームの良いところは、その中に入って自由に中を観閲出来るという事ですね。建てられる事の無かった建物の中を疑似体験出来るのは素晴らしい事だと思います。私としては、「実現しなかった建築物」をもっとたくさんの人が再現していったら面白いと思います。世の中には結局建てられなかった計画や、元から建てる気などないアートとしての設計図など、結構な数があるんです。

それだけでなく、ゲーム制作者は幻視の建築士になれる訳ですから、今まで誰も見たことの無いような建物をゲーム上に建てる事だって全然可能であり、その事を考えると、素人でも気軽に参加できるMODコミニュティは、そういったアートを排出出来る可能性を充分に秘めている訳です。何もゲームでなくてはならない理由はなく、そういったアートの表現の場としてMODコミニュティが活性化しないかなあ、なんて妄想もあったりしますが、どーでしょうか。

ところで、実は私は最初、ブレの建物を再現しようとしていたのですが、やっぱりブレの建物は壮大過ぎて、ゲーム上でもイッパイイッパイになってちょっと無理だったんです。で、あきらめてルドゥーに変更したという(笑)。 これは他の人に託しちゃおうかな。人気がある建物だし、誰か必ずやってくれる・・・・・と思う。(他力本願)



ちなみに私が参考にした書物や映像作品を以下に列挙しておきます。興味を持った方はどうぞ。

Architecture De C.N. Ledoux: Premier Volume

ルドゥーの図面本を1847年にD.ラメが再編集して刊行した本がこれ。といってもオリジナルではないらしいですが。
洋書ですが、英文が載っているのは最初の20ページ程度。残りの300ページ近くは全て図面で埋めつくされています。
ルドゥー全ての図面を網羅している訳ではありませんが、彼の作品がここまで詳細に載っている本はそうはありません。
印刷も奇麗で眺めているだけでも楽しい素晴らしい本です。ただ難点は日本円にして7、8千円近くすること。
私は中古で3千円程度で入手しましたけど、今はあんまり安く売ってないかも・・・。
安いのを見かけたら即効でゲットしなきゃ損、損。


建築家ルドゥー ベルナール・ストロフ著 多木浩二+的場昭弘 訳 

数少ない日本語によるルドゥーに関する書籍。図面は少なく、あくまで文体が中心。
アルケ・スナンの製塩工場を入念に調査・分析し、ルドゥーの中で何が起こったかをつぶさに研究した内容です。
日本語で読めるこれらの関連本は、専門書であるが故にどれも値段が異常に高かったりするのですが、
これはとてもお手頃な値段で手軽に買えます。しかし、実に難点なのは、とかくこういった建築関連の本は、
文体がわざととも思えるほどに小難しく、何が言いたいのかサッパリ理解できない事です。
ああ、そうですか、高卒のような低能なヤツは読むなと。勉強してイチから出直してこいと。
もう少し素人でも分かるように窓口を広げてください、お願いします。こんなのを専門家だけにひとりじめさせておくなんて
勿体なさ過ぎる。


Visionary Architects:Boulee, Ledoux, Lequeu Jean-Claude Lemagny著

幻視の建築家であるブレ、ルドゥー、そしてルクーの図面の数々を抜粋して載せたアートブックです。
英文は少なめで、やはり図面が大半を占め、値段も手頃なので入門としてお薦めできる一冊です。
ちょっと印刷面がつぶれ気味で見にくいのが残念。ルドゥーはともかく、ブレの図面が載っている本は少ないので、
そういう意味では貴重な一冊。


LANDSCAPE OF ARCHITECTURES 世界の建築鑑賞 VOL.4 

世界の著名な建物を鑑賞するDVDシリーズの4作目。この中に、ルドゥーのアルケ・スナンの製塩工場が入っています。
ルドゥーの建物を映像として見る事が出来るのは非常に少ないので貴重なDVDです。
解説もさほど小難しくはなく、判りやすい説明で好感が持てる内容。
やっぱり映像で見せてくれた方が文面を読むよりずっと直感的に分かって楽しいです。