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公園デビュー
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私は赤ん坊を抱き、平日の昼間に公園のベンチにポツンと座っていた。
なぜ平日なのかといえば、当時育児休職していたからであり、
なぜ「ポツン」なのかといえば公園にいたお母さん方と会話できなかった
からである。
当時の私の生活は、一日五回の授乳のうち昼間の三回を担当し、 離乳食の調理と朝昼晩の料理と買い物と掃除と洗濯と干し物の取り 込みとふとんの上げおろしと雨戸の開け閉めと赤ちゃん体操と日光浴 と散歩と買い物とふろ沸かしとおしめの取り換えと子供の遊び相手などを していた。それは冬のころで、たまに暖かく晴れた日があると私は乳母車 を押して公園へ出かけるのだが、行く度に不幸をかみ締めることになった のである。 公園では子供を連れた母親たちが三大派閥に分かれていた、 ように見えた。だれとも話をしなかったので確かなことは分からない のだが、滑り台前と砂場前に集団が形成され、ブランコ前に小集団が 形成されていたことは確かである。彼女らは各集団内でいつも楽しげに 会話を弾ませていたが、私と赤ん坊はどのグループとも交流するきっかけを 失ったままだった。 あるとき、転がったボール追いかけて小さな女の子が私のほうに やってきた。私はチャンス到来とばかりに、そのボールを拾い、 女の子に手渡して「こんにちは」とあいさつした。しかしすぐ後ろから やってきたその子の母親は「どうも」と私に短く礼を言うと、その子を そそくさと連れ戻してしまった。平日の昼間、乳母車を押してふらりと 公園にやってきた育休男性はこうやって遇され、砂場友達との接近遭遇 失敗の記録は毎回更新され、私は次の目的地であるスーパーマーケットに 向かうのだった。 ずっと後になって「公園デビュー」という言葉を知り、なぜ私が それに失敗したのかもなんとなく分かった。無精ひげぐらいきちんと そって、身だしなみを整えて公園へ行くべきだったのだ。それさえ 押さえれば公園デビューが保証されるというわけでもないが、専業主夫 として心得るべきことだったには違いない。 単なる休日気分で過ごそうなんて考えが甘いのだ。そんな甘い考えで 休職していた、ちょうど六年前の休職のころのお話である。 |
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