前回連載へ 元に戻る 朝日新聞朝刊 1998年8月6日付 家庭面 (毎週木曜連載)
「育休父さんの成長日誌」太田睦担当分第27回

女性のためでなく

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 六年前に私が育児休職したとき、私は珍獣奇獣の類としてパンダ並みの扱いを され、希少生物に関するワシントン条約によって保護指定を受けかねなかった。 そして、奇特な人間として少なからぬ女性たちから褒めていただいたが、どうも 落ち着かなかった。常に違和感があった。

 例えば、「女がすれば当たり前の育児が、男がやるとどうして褒められるの か。女が育児を理由に会社を休むと舌打ちされるだけなのに、男が同じ理由で休 むと鐘太鼓付きで騒がれるのか。どうして新聞連載にまでなるのか」ぐらいの意 見は共働き主婦から出てもおかしくないと思っていた。実は、そのように喝破し た女性が数名いて、私は実に正しいと思ったのだが、それは少数派だった。

 現在、事態は多少改善され、育休男性は、まだ珍しいものの希少価値は下がり つつある。「これからは育児する男がゴキブリ並みに世にはびこって欲しい」と 激励されたことがあるが、それは私の目指すところでもある。うとまれ、忌み嫌 われてもゴキブリが彼らの事情ではい回るように、私にも私の都合があって、食 事を作り、洗濯機を回し、職場の付き合いを減らしてでも保育園の送り迎えをす るのである 。それは女性のためではない。自分の生き方の問題だ。女性にうとまれても、嫌 がられても、やるべきだとすら思っているのである。

 そして何より、憎たらしくも可愛くて仕方の無い子供たちがいる。いっぱしの 口をきくようになった彼らが、あるときはすねて机の下に立てこもり、あるとき は保育園の廊下で転げまわりながら泣き叫び、あるときは真剣に大人に喧嘩を売 り、あるときは叱られて涙をこらえて立ちつくし、あるときは親の耳元で彼らの 他愛も無い秘密を打ち明け、あるときは無心に親に抱きついてくるとき、私は彼 らのために何ができるのかを考える。そして、それを夫婦で楽しむようにしてき た。

 子供たちが私たちの生活の中にやってきて、ずいぶん色々なことが起こった。 育休も学童保育の新設運動も、その中の一コマだ。しかし、こんな子供に対する 親の思い入れも、必ずどこかで終わるのである。子供は親離れし、親も子離れす るのだから。友達と一緒に、外で遊ぶために家を飛び出す小一の娘の姿を見なが ら、その兆候を感じる昨今だ。

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