前回連載へ 次回連載へ 朝日新聞朝刊 1998年7月30日付 家庭面 (毎週木曜連載)
「育休父さんの成長日誌」太田睦担当分第26回

学童保育(3)

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 「子育てに取り組む若い夫婦は、こんなものに頼らず、子育ての原点に立ち戻 って欲しい」とその市議会議員は言った。「こんなもの」とは学童保育のこと だ。我々の陳情を審議する市議会民生委員会の席上、傍聴する父母たちの前での 発言である。

 子供のための環境を整えようと、夏休みをつぶして奔走し、この日は会社を半 日休んでまで傍聴に来ている私は、この無神経な発言に本気で腹を立てた。この 議員の顔と名前と発言は、一生忘れないぞと心に誓ったのである。

 市会議員や関係者に片端から面会するという方法は、しんどかったが収穫はあ った。選挙公報だけではよく見えない、各議員の立場や得意分野、考え方、政治 手法の違い、行政への影響力が実によく分かってくる。会社と家庭の仕事に追わ れて、考えてこなかった地方行政と政治の一端が、がぜん面白く見えるのだ。

 面会が一巡したところで、議会に陳情する方向にねらいを定めて、署名活動を 始め、夏の終わりにそれを提出した。「数は重要でない。他府県の友人の名前ま で借りて水増ししても何の意味もない」という議員さんの助言に従い、地域の身 の回りで集めた。そして、市議会の民生委員会での審議までこぎつけたのだ。

 結局、そこでは実質的に何も決まらず、議員さんの協力を得ながら行政担当者 との話し合いを続け、翌年度の予算がついた。しかし、四月に開所できそうにな い。私の娘はその時点で年中組だったが、父母仲間には新入生を抱えた人も大勢 いた。彼女たちで相談し、その年は徒歩で四十分離れた学童保育に入室させ、集 団帰宅の面倒を父母が交代でみることにした。

 肝心の建築の方は、用地が確保できずに足踏み状態が続いたのだが、秋の市議 会一般質問で取り上げられ、行政担当者から「建てます」との回答が出された。 そして翌年度にめでたく学校内に開所したのである。

 さらに一年後、今年四月に小学生になった私の娘が通い始め、新しい友達と放 課後の生活を共にしている。この夏は、父母会でキャンプを企画し、先日無事終 了したところだ。

 親が走り回ったかいはあったのである。いま、この原稿を書くために当時のこ とを思い出しているのだが、冒頭の「一生忘れないぞ」と誓った暴言議員の名前 も顔もすっかり忘れてしまっていることに気がつくのであった。

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