鏡と首輪(2)(作:夕涼さん)


第二章 逡巡

畑山優一の人生は順調というわけではなかった。
父親は一般的なサラリーマンでそこそこの大学を出てそこそこの企業で働いて
いた。もともと地方のスーパーマーケットの長男だったが、自分に経営者は向
かないと、さっさと弟に店を譲って都市部の会社に就職してしまった。この郊
外のベッドタウンに引っ越して来たのは母親と結婚してからだった。母親は明
るくて元気がいい人で、父よりレベルの高い大学を出ながらも、結婚後は父に
相談もせずに仕事をやめてしまい専業主婦になってしまった。『自分の趣味は
主人』と公言して憚らない人だった。
優一は幼いころからしっかりした性格で何事もそつなくこなす子供だった。母
親は優一を余り叱ったことがないことを自慢にしていた。
逆に優一の2つ下の妹、恵美はおてんばで母親は手を焼いた。子供の頃は、近
所の男の子を泣かして帰ってきては、母親に連れられて謝りに行っていた。し
かし母親は決して恵美を叱らなかった。母親は、恵美が悪ガキから自分の友達
を守っているのを、人のいないところでこっそりと誉めていた。そんな恵美で
も小学校高学年になると女の子の友達を家に連れてくるようになり、少しは女
らしくなっていった。
この一家の試練は、3年前に恵美が突然、小児白血病で入院し、そのまま他界
したときから始まった。
あれほど元気だった母は焦点の合わない目を宙に見据えることが多くなり、人
生を楽しむことを止めてしまったかのように見えた。父親はそんな母に気を使
い、転勤を断ってしまったため職場での評価は芳しくなかった。
当然、年の近い妹が死んだことは優一にも暗い影を落としたが、家族を支える
のは自分しかいないと考えていた。将来、医者になるため医大に行くと宣言し、
それまで余りしてこなかった勉強を毎日の日課にするようになったのはそれゆ
えだった。もちろん、妹が若くして病死したことへのやり場のない憤りも医者
を志望する理由の一つになった。
最近になってやっと優一の努力は実を結び始めた。先週、模試の成績で高得点
を上げたのをお祝いしようと、母のほうからいってくれたときは素直に嬉しか
った。母がテーブルの隅にあったほうれん草のおひたしを取り分ける時、『恵
美は子供の頃からこういう渋い食べ物が好物だったのよね』と微笑みながら言
うのをみて、優一はすこし肩の荷が下りたような気がした。何も言わなかった
が父親も同じことを感じていたようだ。

そんな家族の団欒がふと遠い昔の出来事のように思い出された。


正面にある大きな鏡には淫らな光景が映し出されている。
優一は、鏡の中で横を向かされ背後から口の周りを舐め回されている少女の横
顔が、死んだ妹によく似ていると思った。

ぬるり。
唇が割られ舌が入ってくる感覚に優一は考えを中断させられた。
唇から流れこんでくるすえた匂いの吐息に嫌悪感を覚え、なんとか歯を閉じて
唇を外そうとするものの、押さえつけられた顎はびくともしない。優一がもが
く間にもマフユは唇の裏から歯茎までをなめ回した。
しばらくそのままの状態で舐めまわされていると、だんだん最初の嫌悪感が薄
れてきた。相手の吐く息にも慣らされてくる。しかし、流れ込んで来る唾が口
の中に溜まってきて、吐き出したくてどうしようもない。
不意にマフユが股間に当てていた方の手を、上へと撫で上げた。同時に秘芯を
なぞるように中指を這わせ、クリトリスを引っ掻く。
「んんっ…」
優一がビクリと体を震わせ、くぐもった声を上げると、その隙にマフユの舌が
歯を割って入ってきた。
マフユの舌が歯の裏を舐めまわし、舌を絡めとると、それまで溜まっていた唾
が一気に口に流れ込んできた。
クチュ、クチュ、クチュ。
口の中を舐めまわされる感触と息苦しさに頭の中が真っ白になり、優一はされ
るがままになった。流し込まれる唾も抵抗することなく飲み込んでしまう。マ
フユはそのまま数分間、貪欲に優一の口の中を味わい、そうしてやっと口を放
した。チュポッ、と音がして二人の唇の間が糸をひいた。乳首がズキズキと疼
いている。
ハァ、ハァ、ハァ
荒い息をつく優一にマフユは話しかけた。
「どう?女の子になって初めてのキスは?ファーストキスだったかしら?」

優一は中学時代に付き合っていた女の子と何度か軽くキスをしたことがあった
が、それは二人が付き合っていることの確認の儀式のようなものだった。こん
な淫靡なものと同じものでは決してない。
口を放された後も、マフユの舌の感覚が口の中に長い間残るのが気持ち悪い。

優一がなにも答えないのを見てマフユは少しがっかりしたような表情をした。
「まぁいいわ。口の訊き方は後でみっちり教えてあげるから。それにちゃんと
感じてたみたいだし」
そういうと両方の大きな乳房の先で硬く尖っている乳首を同時につまんだ。
「うぅん」
思わず優一の鼻から息が漏れる。それは痛みだけではない何かを含んだ鋭い感
覚をもたらした。
「乳首もビンビンね。感度も良好だし。ユキちゃんは可愛い顔して、乳輪が大
きいのよねぇ。おっぱいも大きいし」
そんなことをいいながら、マフユはそのまま、巧みに直接の乳首への刺激をか
わしつつ、ゆっくりと乳房をも揉みしだいた。同時に背中から柔らかい乳房を
押し付けてくる。
優一は今まで感じたことのない気分に動揺した。
(なんだ…この感じ…)
それは確実に胸から沸き起こってくるのに、なんだか取り留めがなく、苦しい
のに、やめて欲しくない変な気分だった。
ただ心臓だけが早鐘のように鳴り響いている。
ずっと乳房全体を揉みしだかれていると、さらに息苦しくなって来る。
(うぅ…、なんだ……これ……なんとかして…くれ)
しかし具体的にどうして欲しいのかわからなかった。

優一の体から力が抜け、それまで逃れようと身をよじっていた体が、むしろマ
フユの手に乳首があたるように身をよじり始めたのを見て、マフユが囁いた。
「うふふ、たまらないんでしょう?まだまだこんなんじゃないんだから」
そういうと今度は腋の下に頭をいれた。
「あぁ、これがユキちゃんの匂いね」
そういいながら舌を出してぺろぺろとなめ始めた。
背筋にゾクゾクと悪寒がはしり、ますます息苦しくなってくる。
孤独感や不安感が溢れ出し、自分がとても頼りない存在であるような感じがし
てくる。体の動きは分厚いコートを着ているかのように鈍いのに、皮膚の感覚
だけはやけに鮮やかで、それがますます背筋に走る悪寒をあおる。
もっと触って欲しい。もっと包み込んで欲しい。もっと揉みくちゃにしてほし
い。そんな気持ちがこみあげてくるのを止められない。
(これ…女の……気持ち…?)
なんとなくそんな気がした。

マフユが腋のしたからわき腹にかけて唇を這わせていくのにあわせて、背中に
押し付けられた両の乳房が動くのもはっきり感じられた。ますます息苦しさが
増していく。マフユの両方の手は既に乳房だけでなく体中を撫でまわしている。
それに合わせて優一の体も意思とは関係なくぎこちなく動き出した。
(うう……なんで……勝手に…体が……?)
「鏡をみてみなさいよ。エッチに体が動いてるわよ」
耳元でマフユが囁いた。耳にかかる吐息にもピクリと体が動く。
そのままマフユに耳たぶを舐められると、優一は鏡どころではなくなったいた。

「……もう……やめろ……」
荒い息をつきながら優一がかろうじで言った。
「あら、すこし焦らしすぎたかしら?もうちょっとだから我慢してね」
そういうと後ろから優一を抱くように両腕をまわし、両手をそっとヴィーナス
の丘にそえた。
「ほら、ちゃんと鏡を見るのよ」
そういわれて素直に優一は鏡に眼を向けた。
優一が鏡に目を向けるのを確認して、ほっそりと閉じて陰毛に隠れていた秘部
を両手で開くと、濡れ光る内臓そのもののような性器の内部が見えた。いつの
まにか回りの蝋燭の数が増え周りが少し明るくなっている。涼しい風が秘部に
あたりゾクッとする。
(これが……女の…。結構、グロテスクだな……)
そう思いながらも、初めて見た女性器に思わず見入っていた。
「やっぱり、女の子になりたての処女のオマンコは綺麗な色ねぇ。ほらみて、
ピンク色よ。あら?もう、ちょっと濡れてるじゃないの。体撫でられただけで
濡れるなんて淫乱女の素質十分ね」
優一はなんだか自分が悪いことをしてしまったような、罪悪感を感じた。

さらにマフユがほっそりとした人差し指でクリトリスの包皮をむき上げると硬
く硬直した肉芽が中から現れた。
「こっちもビンビンよ。たっぷり感じてね」
そういいながら中指の腹ですり潰すように撫でる。
ピクッ、ピクッ。
優一は大きく2度、白い太ももを痙攣させた。
「ああぁ!!」
(……ああ…これ……)
足元からせり上がってくる痺れるような感覚。それまでの愛撫で胸の奥にわだ
かまっていたあやふやな感覚と違いそれは確かにそこにあった。しばらくそう
されていると腰骨がジンジンしてきた。
「気持ちいいのねぇ。すごい愛液よ」
マフユに言われて鏡をみると確かに花弁が飛び出し濡れそぼっている。その光
景はさらに優一の興奮を誘った。体を弄ばれて股間を濡らすという、男の時に
は有り得なかった自分の反応に、自分が女になってしまったことを再認識する
と、ますます膣の中に熱い物が溢れる。自分の体なのにそれを止めることがで
きないのが、もどかしかった。
マフユはクリトリスを弄るスピードを上げながら、もう一方の手の中指をそっ
と粘膜の中に挿入する。
「んっ……んっ……あんっ……」
優一の口から断続的な喘ぎ声が漏れはじめた。
(声…が…止まらない……)
自分の口から出る女の声がひどく恥ずかしかった。

「ユキちゃんいやらしい声で啼くのね。ホントの女の子なんかよりずっと色っ
ぽいわよ」
ゆっくりと中指を秘芯の中で浅く出し入れしながら、クリトリスをすりつぶす
ように回すと、クチャクチャと音がする。
耳を塞ぎたくなるようなその音を聞きながら優一はふと恐怖を感じた。
(怖い……)
未知の快感に対する本能的な恐怖。見知らぬ場所で得体の知れない者に嬲られ
ている恐怖。そして今までの人生が消えてなくなってしまうような頼りなさ。
それらが合わさった深い恐怖に胸の奥がキリキリと締め付けられた。

「ハァ…ハァ…ハァ…んんっ…」
しばらく愛撫を続けていると、優一の呼吸が荒くなってきた。
既にクリトリスは燃えているように熱くなっている。
意識しないまま自然に腰を浮かせて、マフユの指をより深く食い締めよとし始
めた。
「いい締りよ。絶対、淫乱女になれるわ」
マフユはそういいながら中指を締め付ける粘膜の感触を味わう。
なぜか解らないが指を入れられると、それを締め付けずにはいられない。モノ
を締め付けると奇妙な満足感が沸き上がってくるのを押さえられない。いつの
間にか腰はマフユの動かす指を追いかけうねうねと動いていた。体が自分の意
志に関係なく動くのが心細かった。
「やめてっ…怖いっ…怖いっ…」
切れ切れの声で優一の本音が溢れ出た。自分が弱音を吐いてしまったことに気
づくと、さらに恐怖が大きくなった。心細くてどうしようもない。
「私が抱きしめてあげてるから、ユキちゃんはなにもこわがらなくていいのよ。
ほら安心してイって」
マフユはやさしく囁くと、ぎゅうっと優一の体を抱きしめ、耳たぶを軽く噛み
ながら、肉芽を捻り上げた。
不覚にも抱きしめられた一瞬、深い安堵感を感じてしまった。
それと同時に体の奥底で堪えていた何かが大きく開き、そこから激しい感覚が
大量に溢れ出た。
「くぅっ……うぅっ……うぅっ」
優一は大きく唸り声を漏らすとビクンビクンと全身を痙攣させながら、生まれ
て初めて女性の絶頂感を味わう。頭が真っ白になり、得体の知れない恐怖は完
全に消えていた。この時に、絶頂が心の恐怖を消してくれることを体が覚えて
しまった。
優一は自分の心に一つ焼き印を押されてしまったことに気づかなかった。

ジャラン。
優一は荒い息をついて、鎖にぶら下がった格好で絶頂の余韻に浸っている。
その秘苑から指が抜かれる感覚に「あんっ」っと甘いと息が漏れた。マフユは
その濡れた指を擦り付けるように、優一の乱れた前髪を額の上で分け、半開き
の口にキスをした。
舌を差し込むと、今度は優一の方から舌を絡めてきた。
クチュクチュとしばらく熱いディープキスを交わした後、マフユが口を放すと、
優一は目をつぶったまま、口を半開きにしていた。優一の口から名残を惜しむ
ように唾の糸が引いた。

「ユキちゃん、ステキよ。どうだった。気持ちよかったでしょう?」

絶頂の余韻が収まるにつれ、それまで、あまりに圧倒的で理解できなかった感
覚が何であったかが解ってきた。
それは初めて味わう女性の快感だった。