ダブルエックス[part4]


僕と真砂子は再び受付に戻りカウンセリングと身体検査を終えたことを告げた。

「はい、先程のIDカードはすでにご利用になれますのであちらのショッピン
  グセンターで身の回りの物を揃えて下さい」
「はい」

入国規程で説明をされたが私物は全て没収されてしまったのである。ここでの
生活品を全て揃えなくてはならない。手渡された必需品ガイドリストを片手に
僕と真砂子はセンターに向かった。

「まずは、衣服を調達しないとこの検査衣ではこの棟から出れないよ」
「あら、似合ってるわよ。笑」

ショッピングセンターはすぐに見つかった。日常生活の必需品は衣類から食料
品まですべてこのショッピングセンターで揃えられる。もっとも食料品に関し
ては食堂がある為に嗜好品程度が並べられているだけである。

「衣料品はあっちみたいよ」
「ほんとうだ」

「思ったより種類はあるじゃないか、ブリーフもあるぞ」
「やっぱり女性物はないみたいね」
真砂子は少しがっかりしたようである。
「失礼ですがIDカードを見せていただけますか?」

怪訝な顔で店員の女性が僕にIDカードの提示を求めて来た。その女店員はダ
ークグリーンのミニスカートにピッタリとしたTシャツを腕まくりして着てい
た。胸の膨らみがそのままシャツのラインとなっており、ノーブラであること
はすぐにわかってしまう。職種によっていくつかの制服があるようである。

僕は腰の所にあるポケットからIDカードを取り出し店員さんに示した。

「新規入国の方ですね」
「はい」
「女性の方の衣類はあちらになります」
「ここのは買えないんですか?」
「はい、殿方専用になっております」
「・・・・・・・・・」

僕と真砂子は女性物の衣料売り場に案内された。男性物売り場の半分位の広さ
であろうか。

「こちらが一般衣服で全ての女性がご購入になれます。そしてあちらが職業別
  衣服になっております。すでに仕事はお決まりですか?」
「いえ、まだ・・・・」
「では、こちらの中からお選び下さい」
「ここだけですか?」
「はい、これでも最近種類が増えた方なんですよ」

そこにはミニスカートとブラウスとTシャツが吊るされているだけであった。
それぞれ細かい所で少しづつデザインが違うようだが僕の目には同じ物のよう
に見えた。色も殆ど同系色である。真砂子は吊るされたブラウスを見ながら僕
に向かって言った。

「サイズは大きいものもあるみたいね」

身長が168cmしか無い僕は身長に関してコンプレックスを持っていた。しか
し、女性としては背の高い部類に入るのだ。もっとも、最近の女性も背が高く
なっており、隣にいる真砂子も165cmはあるであろうかハイヒールを履いて
る今は僕より高い。

「先日も身長が180cmの女性の方が入国いたしました」
「もと男性の人ですか?」
真砂子は僕を示して言った。
「はい」

男性であれば優越感にひたれただろう身長も、女性としては180cmもあった
ら劣等感に変わってしまうだろうに。僕は身長が低かったことを喜ばしく思っ
た。

「ねえ、森川君。このデザインセクシーよ。試着してみれば?」
僕にはとってはどうでも良いことであったが、真砂子が言うにはスカートのス
リットとポケットのカットが良いと言うのだ。

「そうですね。初めにサイズを確認いたしましょうか」
店員さんはメジャーを取り出し僕のサイズを計り出したのである。しばらくの
間、僕は人形のように言われるまま横を向いたり手を上げたりしていた。

「バストとヒップを除けば殆ど少し背の高い女性の体型ですね。標準品で問題
  ないと思います。こちらを試着して頂けますか?」
店員さんはサイズを確め、僕にフリルの付いたブラウスとスカートを手渡した。

「今、ここで・・・ですか?」
「あちらで試着できます」
デパートによくある試着室を彼女は示した。
「えぇ、それはわかっていますが・・・・」
「その恰好じゃ、目立ってふらふら出来ないわよ。取りあえず着替えましょう」

真砂子は僕が躊躇しているのを察して急かすのであるが、僕にとっては今着て
いる服も与えられた服も同じように恥ずかしいことに変わりは無かった。しか
し、今の恰好ではこの棟から出れないのは確かである。僕は覚悟を決めて着替
えることにした。

カーテンの中で着ていた検査衣を脱ぐと黒のTバックだけを身に付けた僕の姿
が鏡に映った。パンティーからニョッキリ飛び出たペニスがとてもグロテスク
である。アヌスに詰められている栓は小さいものであったのだろう、違和感は
少しあるものの大して気にならなくなっていた。

急いで僕は受け取ったブラウスとミニスカートを身に着けたのである。

「どう?開けるわよ」

僕の返事を待たずにカーテンが引かれた。

「へぇ・・ピッタリじゃないの。似合うわよ」
僕は恥ずかしくて額から脂汗が出てきた。密かに女装したことはあったが人に
見られるのは初めてなのだ。
「そうかな・・・・」
「森川君はスレンダーで色白だから女装しても似合うのね」
「ホルモン治療で身体に丸みが出てくればもっとチャーミングになりますね」
店員さんも誉めてくれるのである。誉められることに少し心地よい気分を味わ
った。

「もしかして、からかってない?」
「そんなこと無いって、でも・・・・」
「でも?」
「スネ毛をなんとかしないと」

僕は男性として体毛が薄い方である。しかし、それでもミニスカートから伸び
る脚にスネ毛があるのはグロテスクさを感じた。

「やっぱり、早く処理をした方がよいですね。ちょっと待って下さい」
店員さんはそう言うと小走りにどこかに行ってしまった。

「確かにスカートにスネ毛は合わないかな、脱毛でもしようか」
「もしかして、森川君は女装を楽しんでいるんじゃない?願望だったりして笑」
「からかうなよ」
「図星なんでしょ。汗が出て来たわよ。これで拭きなさい」
真砂子はハンカチをスカートのポケットから取り出し僕に渡してくれた。

「お待たせしました。これを穿いてみてください」
持って来たのは黒いストッキングとガータベルトであった。怪訝な顔でそれを
僕が受け取ると、真砂子が店員さんの補足をした。
「あぁ、ストッキングでスネ毛を隠すのね」
「ここではショーツやパンティーストッキングは禁止されているんです」
「パンストも禁止なんですか・・・」
真砂子は少しがっかりしているようである。

「付け方はわかりますか?」

説明を受けた僕は再びカーテンの中に隠れた。穿き慣れないストッキングを身
に着けるのは予想以上の苦労である。転びそうになりながらもなんとか穿き終
えるとスカートを一度下ろしガータベルトを付けた。鏡に写る自分の姿を見る
と少しストッキングが短いようだった。スカートの中までストッキングがとど
いていないのである。ガータベルトの止め部分がミニスカートから出てしまっ
ている。僕はカーテンを開いた。

「少しストッキングが短いかな」
「ちょっといいですか?」

店員さんは僕の脚を取り、爪先からストッキングをだどり出したのである。思
わず転倒しそうになった僕はしゃがみ込んだ店員さんの肩に手を置いてしまっ
た。

「あっ、すみません」
「いいですよ。転ばないで下さいね」

片方を膝のあたりまでたぐり寄せると反対側のストッキングも同じようにした。
「たぶん身長からすると大丈夫だと思いますが・・・」

今度は途中までたぐり寄せたストッキングを太股に向かって上げはじめたので
ある。その手はミニスカートの中に入ったところで止まった。丁度ストッキン
グの撓みが終わったのである。もう少し撓みがあったらもっと奥まで手を入れ
たのであろか。

僕は慌てて残った片方を自分でやると言ったのだが、店員さんは聞こえなかっ
たようで片方のストッキングも同じように託し上げるとスカートの中に手を入
れガーターベルトの調整を始めたのである。僕が思わず腰を引くと、動かない
ように言われてしまった。店員さんの手が動く度にスカートも動き、それが僕
のペニスに触れるのである。大きくなるのが自分でも分った。

「こんなものですね」

丁度、スカートに入ったところでストッキングが途切れているので体を曲げた
りするとストッキングの端がスカートから出てしまうのであるが店員さんの言
うにはこれで良いとのことであった。もともとスカートが短すぎるのである。

「私もストッキングをいくつか購入して置かないと」
「はい、こちらでございます」
「あっ、その前に彼女に靴を選ばないと」

彼女とは僕のことである。真砂子は女装した僕を女として扱いだしたようだ。

「そうですね。少々お待ち下さい」
「私も行くわ」

しばらくして二人は2つの靴を持って戻って来た。2つともストッキングの色
に合わせた物だが、一つはハイヒールで10cm近くはあるだろうかシンプル
な作りであった。もう一つはローヒールでリボンのような飾りが付いている。

「その服にはハイヒールの方が合うと思うけど履いてみてくれる?」

僕は目の前に置かれたハイヒールを履こうとしたがヒールが高くてなかなか履
くことができなかったのだ。

「爪先で立つように履くのよ」
僕は彼女の手を取りながらやっとの思いで履くことが出来た。視野が広く身長
が高くなったようだ。

「痛くない?」
「あぁ、でも歩けるかな・・・・・」
「ちょっと、歩いてみて」

店内を少し歩いて見たがとてもギコチナイのが自分でもわかった。
「う〜ん、練習が必要みたいね。こっちは?」

ハイヒールを脱いでローヒールのパンプスに履き替えた。
「うん、こっちは歩き安いよ」
「どっちにする?私はハイヒールの方がセクシーで良いと思うわ」
「悩むな」

以前、女性と靴を買いに行った時のことを思い出してしまった。彼女は二つの
靴を選びかねていたのである。その時、女はなんて決断力が無いんだと思った
ものだが、今の自分はその時の彼女と同じではないか。

「・・・・・・」
「じゃ、両方にしましょうよ」
「そうだね。二つくらいあっても良いか」

僕が悩んでいると真砂子が結論を下してしまったのだった。

「ねぇ、少しお腹が減らない?」
「そうだね」
癖で自分の腕を見たが、そこにあるべき腕時計は私物として没収されていたの
である。
「今、何時ですか?」
僕は店員さんに尋ねたが彼女も時計は持っていないらしく、店内の時計を見た。
「1時を少し回ったところです」
「お腹が減っているわけだ」

買い物は中断して僕と真砂子は食事をすることにした。

「本館の二階が食堂になっております」
「ありがとうございます」

昨晩、食事をした所であった。
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僕と真砂子はカレーライスを食べていた。夕食と違って昼食は男性を待たずに
食べることが出来るのである。しかし、女性はお皿にご飯を盛るところから全
て自分で行うシステムになっている。食べ終えた食器を洗うのも本人が行わな
くてはならない。男性の場合は近くの女性に指示するだけである。女性は食事
中であっても指示されたら自分の食事を中断して男性の給仕をしなくてはなら
ない規則である。結局、混んでいる時には食事どころでは無いらしい。

「ここいいかな?」
「あっ、はい」
男が確認したのは社交辞令であって女性に拒否する権利は無かった。
「僕も同じ物を用意してくれるかな?」
良く見ると僕がカウンセリングを受けたドクターだったのである。

「はい」
食事の手を止めて真砂子が席を立とうとした。
「あぁ!君じゃない。真由子さんだったかな?君にお願いするよ」
「あっ、はい」

真砂子の変わりに僕は席を立ち厨房に向かった。考えてみれば男尊女卑の家庭
に男として育った僕にとって人の為に給仕をするのは初めての経験であるのだ。

僕がカレーライスと冷水を手に戻って来ると真砂子とドクターは何かを話して
いた。

「お待たせしました」
ドクターの横から持ってきた食事をテーブルの上に静かに並べた。
「おぅ、ありがとう。その服・・似合っているよ」
「ありがとうございます。さっきショッピングセンターで買ったばかりですが」
「うん、とてもセクシーだ」

僕はテーブルを回って自分の席についた。ドクターはジロジロと僕を眺めてい
るのだ。

「なにか付いていますか?」
「いや、今、真砂子さんと君の話しをしていたんだよ」
「えっ?どんな話しですか?」
「君の会社での生活ぶりについて、真砂子さんは君の上司だったんだろ?」
「えぇ、そうですが」
「笑」
「どんな事を話していたんですかぁ?気になるぅ」

女装した僕は話し方が少しオカマのようになっていた。

「真砂子、何を話したの?どうせ悪口でしょ」
「そんなこと無いわよ、良く働くって言ってたのよ」
「それって皮肉に聞こえるんですが・・・・」
「仕事が出来るなんて言ってないわよ。笑」
「そうそう」

ドクターが横から相づちを打った。

「ほら、やっぱり悪口だ」
「仕事は出来なくて駄目な部下だったけど、人の世話など良く働いていたって
  話しをしていたんだよ」
ドクターが話し始めた。
「それって誉められているんでしょうか?」
「真由子君は女の子に混じって男性では唯一人お茶当番のローテーションに入
  っていて、朝、みんなにお茶を入れたり机の上を拭いたりしていたんだろ?」
「えっ?・・・・えぇ」
「お客様が見えたら、率先して応対したり、コーヒーを出したり」
「はぁ」

まったくの作り事であった。真砂子が僕を女性願望のマゾ男に仕立てる為に嘘
をついていたのである。

「人の嫌がる雑用を一手に引き受けて、コピーなどはみんなが君に頼むように
  なってしまって自分の仕事どころじゃなくなってたって聞いたよ」
「私は、もともと、そう言うお手伝いが好きなんです」

僕は仕方なく話しを合わせることにした。

「真由子はみんなに使われることで快感を感じていたのよね」

僕が話しを合せたと知ると真砂子は調子に乗って作り話の上塗りを始めたのだ。
「やはり女になりたいと言う願望だな」
「どういうことですか?」
真砂子が質問した。

「真由子さんは女がする雑務を与えられることで、自分が女と同等に見られて
  いると感じていたんだよ。普通の男なら、なんで俺が女の仕事なんて、と思
  うことでも女性願望の強い真由子さんは喜びになっていたんだな」
「そうなの?真由子」
「言われて見ればそうかも知れません」
「絶対にそうだよ。もっと自分に正直になりなさい」
「・・・・はい」

僕は話しをしている内に自分が本当にそうだったような気分になりかけていた。

「この国では君は女だ。もっと素直に自分を出して良いんだよ」
「はい、ありがとうございます」
「僕が責任を持って女に調教してあげるよ。容姿的にも精神的にも」
「・・・・・・・・・・・・・」
「うん?僕じゃ、嫌かな?」
「そんなこと・・・・とても嬉しいです。是非、お願いします」
「おぅ、任せておきなさい。こう見えてもホルモン治療や性別再判定手術は得
  意なんだよ」
「よかったね。真由子」
「うん」

ドクターは食事を終えると僕に後片付けを命じて仕事に戻っていった。僕と真
砂子も食事を終え、食べた食器を洗っていると真砂子が話し掛けて来た。

「あのドクター、名前なんて言った?」
「島田祐二だったかな」
「そうそう、その島田さんは真由子に惚れてるみたいね」
「おいおい、僕は男だよ」
「でも、彼には関係ないみたいよ。今は男でも真由子を女にするって」
「・・・・・・・・・・」
「彼には真由子を女にする情熱も技術もあるみたいじゃない」
「真砂子こそ僕を女にしたいんじゃないか?さっきから真由子、真由子って」
「だって、貴女の名前は真由子だもの。環境の変化に早く慣れなさいね。笑」
「女は順応するのが早いよな」
「貴女だって真由子と呼ばれるのが嬉しそうだったわよ。立派に順応してる」