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父から息子へ
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小学生の私に料理を教えてくれたのは父だった。といっても、卵焼きと焼き飯程度
のものなのだけど。母には役に立つ技術的なことをいろいろ教えてもらったのだが、
どうしたことか父の印象の方が強い。
「食べたいものは自分で作る」という根本精神 を教えてくれたからだろう。腹が減ったとき、だれかが作るのを座って待つのではな くて自分で作るのだ、と父から学んだ。それは、生来食い意地の張っている私にピッ タリの教えだったのである。 子供に料理を作らせたのは、健康面ですぐれなかった母のことを考えたようだが、 その意図を超えて、私は昼食作りが気に入った。そんな私に家族の一人が、さらに入 れ知恵をした。料理の本の通りに作れば、好物はおろか、まだ食べたことの無 いごちそうまでが食べられるのだ、と。 食事に人一倍執着の強い子供には刺激的な話だ。かくて小学六年生のときには料理 本を片手にアップルパイを焼き、中学生ではベーコン巻きハンバーグだの、ピーマン と肉の細切りいためだのを作って腕をあげ、休日の家族の夕食を、ときおり請け負う ようになったのである。うまく出来れば褒めてもらえるのはもちろんだが、失敗して も我慢して食べてくれるような人の良い家族だったために、私は大いに増長して料理 に挑んだ。 そして現在も私は台所仕事に熱中している。そんな私を妻はやけに褒めてくれる 。自分で凝らなくても、おだてれば美味しいものを作ってもらえると思っているの だろう。それを見ていると、おだてる側に回るのも悪くないと思い始める。 私が夕食を作っていると、三歳の息子がエプロンを片手に台所に飛び込んでくる。 お手伝いをしたいのだそうだ。正直言って彼が「手伝う」とかえって時間がかか る。六歳の姉などは「おままごとがしたいだけ」と評する。私の料理は混ぜたり こねたりが多いので、息子好みなのだ。 そんな彼の好奇心を、多少面倒でもできる限り満たしてやろうと思うのは、 父から息子へよき伝統を引き継ごうというのが建前であり、本音では今のうちに 仕込んでおいて、将来彼に食事を任せたいのである。何も私と妻だけで料理を 背負い込むことはない。大いに息子をおだてて卵を溶き混ぜさせ、空豆の鞘を 剥かせている。 |
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