前回連載へ 次回連載へ 朝日新聞朝刊 1998年6月11日付 家庭面 (毎週木曜連載)
「育休父さんの成長日誌」太田睦担当分第19回

転勤の影

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 梅雨場のナメクジも、遠方転勤の話も来てほしくない。だが、会社員という 職業を選択したら最後、この話が来るときは、だれであろうが容赦なしである。

 例えば、私に転勤の辞令が下るとする。私は子供を連れ、妻を置いて赴任す るだろうか。「子育てしています」と日頃言っているので、そのくらい当然と しても、しんどい。妻もすき好んで子供と離れたくはないだろう。では、単身 赴任するのだろうか。育児休職までしたのに、いまさら子育てをすべて妻に渡 す気は起こらない。ならば、二人の子供を父母が一人ずつ育てるのだろうか。 大人の都合が過ぎると思う。姉弟は一番の遊び相手なのだ。では会社を辞める のだろうか。

 転勤が嫌なら、夫婦の都合がいいように、納得がいく転職をしてしまえばい い。それをためらうのは、きっとサラリーマンの奴隷根性のせいだ。

 そういえ ば以前、転職して地方に来ないかと誘われ、断ったことがある。私の単身赴任 でも妻の単身残留でも嫌だからと自分では理屈つけたが、あとで知人から「本 当にやりたい仕事があれば、家族を理由にそれをあきらめられるだろうか」と 言われてギクリとした。「本当にやりたい仕事」という殺し文句に動揺し、転 職という可能性に立ちすくむ私はもうすぐ不惑の歳である。

 私の知っている育児休職男性たちの決断の仕方は様々だ。ある男性は、育児 休職明けに職場に出ると、グループ全体の転勤話が待ち受けていた。妻のキャ リアを尊重して育児休職した直後の酷な展開だ。悩んだ末に自分のキャリアを 修正することにして転勤を断り、配置転換になった。

 また、ある商社マンは育児休職から復職の半年後、中国への海外赴任を命じ られた。彼の場合は、家族を日本に残して単身赴任することを選択し、現地出 向会社で副社長をしている。

 私の妻も転勤は有り得ない話では無かったらしく、地方や海外勤務での仕事 内容に心引かれていたようだ。「今までは子供が小さくてあきらめ、そうこうするう ちにタイミングを逸してしまったわ」と妻は言うのだが、今後何があっても冷 静でいようと思いつつ戦々恐々としている。

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