前回連載へ 次回連載へ 朝日新聞朝刊 1998年6月18日付 家庭面 (毎週木曜連載)
「育休父さんの成長日誌」太田睦担当分第20回

海外出張

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 育児を理由に定時退社を繰り返している私や妻でも、業務で必要となれば、 ときには海外出張をすることになる。すると、最低でも数日間は片親と子供 だけになり、日ごろの家事育児に関する夫婦間のきわどい均衡が崩壊する。

 留守番する側は、相手が出張中、子供の迎えで毎日定時退社になってしまう ので、仕事があっという間にたまってしまう。出張の後一週間までが埋め合わ せで結構忙しくなる。

 だから、出かける側は出張前後になるべく残業をしない約束だ。これがき つい。ただでさえ、出張準備、留守中の仕事の割り振り、前倒しの締め切りで 忙しいし、帰ってくれば山積みになった仕事の処理がある。だから子供付きの 共働き夫婦にとっては海外出張は行くも修羅道、行かれるも修羅道なのである。 もちろん一人親家庭から見れば、行けるだけでも恵まれているのだろうから、 ありがたく行かせてはもらうのだけれど。

 最悪なのが、両者の日程がぶつかることだ。そんなことは確率的に阪神タイ ガースが二年連続優勝するようなものと思っていたら、私の帰国の翌日に彼女が 出発するという、きわどい事態が一度あった。もし私の帰着が一日遅れたら、 子供を成田空港で手渡すことになったんだろうか。冗談ながらも冷や汗が出る。

 私が留守番役をすると余裕がなくなり何かにつけてピリピリして、子供たち も萎縮してしまうようなところがある。その一方で妻のほうは、お土産をどっ さり買って、妙に子供に優しくなって帰ってくる。少し離れていると、子供相 手のじれったさやイライラが消え、可愛いところばかりの良い子に思えるのだ そうだ。いつもせかして怒ってばかりいることを反省し、もう少し子供の気持 ちを尊重しようと決心して帰ってくるのだが、これが三日も持たないことは本 人も認めるところである。

 あるとき留守中のやり方を変えてみた。妻がいないのなら、それを楽しめば いいのだ。かくて、ビールを片手に食事を作り、「あといくつ寝るとお母さん は帰ってくるの?」と聞く子供たちに、「三つだよ」とバーボンを飲みながら 答え、子供が寝た後も、毎日台所で飲んだくれていた。仕事がその分たまって 自分の首を絞めるという結果に終わったのだが。

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