前回連載へ 次回連載へ 朝日新聞朝刊 1998年6月25日付 家庭面 (毎週木曜連載)
「育休父さんの成長日誌」太田睦担当分第21回

仕事中毒妻

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ある週末、家族で同僚の家に呼ばれた。その前夜、職場の彼女から電話があっ たのだが、徹夜になりそうだという。そして翌朝、再び電話があって、昼過ぎ に直接行くから呼ばれている場所を教えてくれという。徹夜明けで、まだ仕事 をしているのだ。そして、昼過ぎに友人宅に現れた彼女は皆と一緒に酒を飲み 始め、酔い潰れることもなく談笑していた。化け物並みの体力である。

 妻は仕事中毒だ。仕事が面白くて仕方ないのだそうだが、なぜ、そんなに打 ち込めるのか、不思議である。やりたい仕事が溜ってくると、彼女は一室にこ もり、パソコンの前で仮眠しながら書類を作って朝を迎える。子供の相手も手 を抜かずにこれを毎日続けるのだから恐れ入る。

 私は私で深夜の台所にパソコ ンを出してきて、会社の仕事や父母会の仕事をやっているが、人間並みの体力 しか持ち合わせていない私は彼女のペースに合わせると体を壊すだけだ。眠た くなったら、とっとと寝ている。 仕事中毒の夫を持つ主婦の気持ちがうっすら分かる昨今だ。

娘が深夜、トイレにたつとき別々の部屋でパソコン仕事をしている両親を覗 きにくる。こんな両親を見てどう思っているのか聞いてみた。「お母さんは、 お仕事大好きだよね」というからお父さんは?と水を向けると「お父さんは寝 ぼすけだね」と返事をされたのであるが。

 さらに六歳の娘はこんなことを聞いて、親をギクリとさせた。「お父さんが ひとり立ちした歳は?」これは『魔女の宅急便』というビデオを見せたと きの妻の発言がきっかけらしい。このアニメーション映画では魔女の掟に従っ て十三歳の女の子がひとり立ちする。「ひとり立ちっていうのは仕事をして自 分でお金を稼いで、一人で生活するっていうこと。あなたも二十歳くらいでひ とり立ちすることになるのよ」と母は娘に教えたのだ。

 あまりに早い自立教育に 呆れながらも、妻の気持ちはよく判った。職業人としてひとり立ちしている彼 女のキャリアを尊重したからこそ、私は育児休職を分担したのだから。そして、 それは母から娘に伝えることのひとつなのだろう。「寝ぼすけ父さん」が何を 娘に教えるのかは思案中である。

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