男も育児休職/2.育児休職を申請する

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上司に相談する

最初に部内のコンセンサスを得るのが筋というものであろう。まず課長に相談しに行った。
「いいよ」
課長はあっさり承認した。拍子抜けするほど簡単な返事だった。
「おもしろいじゃない。いっそのことさ、奥さんにずっと働いてもらって君が専業主夫になったら」
「いえ、私は……」
「どうせならさ、そのぐらいやってもいいんじゃない」
会話が完全に冗談話のレベルで処理されている。しかし申し出は真面目に受理された。どんな突飛な申し出に対しても笑って対応できる余裕、課長職はだてではない。

次は部長である。部長は私の顔を見つめながら三、四秒沈黙した。こういう反応を内心期待しながら課長のところで肩透かしをくらわされた私はようやく満足した。もちろんここからが重要なのだ。部長が口を開いた。

「はっきり言って君のような働き盛りにある人間が、ふた月もの休暇を取るのは痛い。でも事故か病気で入院したと思えばそれまでだ。そう、まだ書いてない論文があったな。あれを休暇中仕上げてもらおう。それから、アレも論文になるのではなかったかな。うん、少なくとも二件は論文を書いてもらおう。それが条件だ」

転んでもただでは起きない、とでも言うのだろうか。どんな状況下でも諦めず、必ず実の取れる解決策を見出してしまう。部長職は、だてではない。

もちろん、部下のことも考えた。部下といっても三人しかいないのだが。今、自分が職場を離れることは、彼らにとっていいことなのだろうか。私は数年前に上司から「独立」させられたことを思い出した。入社以来めんどうを見てくれた上司が、異動で研究所から事業部に出ていったのである。その上司の仕事のうちいくらかを私は引き継ぎ、後輩のめんどうも私が見なければならなくなった。後任の何人かの上司たちはみんな、私の自主性を尊重するといって細かい指導をしなくなった。「その話は君が一番詳しいだろう」と言って、かなりの判断を私に任せてくれたのである。荷は重かったしストレスもたまったが、結果的にはその後の私の仕事に役立ったと思う。それまで絶対だった上司から離れて自分自身の目で見て分かってくることがずいぶんあったからだ。そうだ、部下たちにとってもこれは、いいチャンスなのだ。彼らも私から離れて仕事をすることが必要な時期なのだ。研究者というのはいざとなれば自分一人で勝負できなければ本物ではない。そういう都合のいい言い訳を考え出して、私は開き直ることにした。


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