男も育児休職/2.育児休職を申請する

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会社に打診する

部長の承認を得たところで、研究所の人事管理部門である勤労部に私はうかがいをたてることにした。どうせやるならごまかされたくない。口頭によるやりとりは経緯があいまいになってしまう。私はせっせと文書を作成した。まず「育児休職取得に関する問い合せ」と題する文書が発行され勤労部に送られた。所長・部長・課長へもコピーを送っておく。

回答はなかなか来ない。気を回して部長が勤労部から何やら聞き出してきてくれた。それによると育児休職を特例として男性に認めるかどうかは本社が決めることで、研究所内では決定できないことだという。それならそうと私に直接言ってきてもよさそうなものだ。しばらく待ったが私には何の音沙汰もない。しびれを切らして私は勤労部の担当者に電話を入れてみた。

担当者は研究所内では判断できないから本社に指示をあおぐと私に説明した。そうか、やはりコトは本社人事の問題なのか。本社の担当者の名前を聞き出したところで私は受話器を置いた。次に本社の電話番号を回した。

電話の向こう側の声は快活であった。快活な声は私の説明に相槌を打ち対応してくれたが、結論部は「そうは言ってもね」、「うまくはいかんのですわ、わははは」の二要素で固められていた。

「あの、四月からは育児休職はだれが申請しても取れますよね」
「そうですね、なんといっても法律が施行されますからね」
「で、うちの会社ではすでに育児休職が制度化されてますよね。就業規則にも明記されているし」
「そうですね、女性に対しては制度化されています」
「私、その部分を読んでみたんですけど『対象』の項に書いてある『女性正社員』から『女性』の二文字を消せばいいだけなんです」
「はあ、はあ」
「四月になれば、この『女性』の二文字は法律に従って消さなければならない。それでですね、私のお願いというのは、この二文字の削除を二カ月早めてくれませんか、ということなんです」
「あー、そうですか」
「制度はすでに整っている、対象を女性だけから男女に拡大することも法律的に決まっている。それを二カ月早めるだけなんです、そんなにたいへんなことでしょうか」
「いや、そうは言ってもですね、なんというか、たったお一人の要望で規則をいじるわけにはいかんのです。我々もみなさんの要望にはすぐ答えなくてはいけないと思います。しかし、こと規則に関する問題はうまくいかんのですわ。困ったことですけど。わははは」

電話の向こう側の声は、ときおり「わははは」という笑い声を挿入して、あくまで快活に対応してくれた。私は文書による正式回答を約束させて電話を切った。交渉は不首尾に終わった。しかし対応は決して悪いものではなかった、笑ってごまかせという姿勢だったにしてもである。たかだか一社員が出してきた就業規則変更の要望が、いきなり検討課題として取り上げられるほど、うちの会社は暇ではないのであろう。問題は私があくまでも真面目に申請し続けるということを示し続けて、担当部門を少しでも動かすということである。時間切れになるかもしれない。そのときは、余っている有給休暇を使って一カ月の自主育児休職を取ってしまおう。規則を変えろと申請した者として、そのぐらいやって見せるのがスジというものであろう。

私は交渉の次の手を考え始めた。順当に考えて、労働組合へ持っていくべきであろう。それで駄目なら、さてどうしようか。ない知恵を絞りながら、私は次の次の手を考えた。しかし、その必要が突然なくなってしまった。まったく唐突に追風が吹き始めたからだ。


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