男も育児休職/3.父親をする、育児に参加する

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ミルクを足す

生後一カ月半から二カ月のころ、母乳不足疑惑が持ち上がり、私たち夫婦の間に緊張関係が発生した。父親の感触では夜の授乳が不十分のようなのである。何回乳首を吸わせても寝つかずぐずついているのを、父親が引き取って台所に連れていき、糖水やら冷凍母乳を飲ませて寝つかせているのだが、だんだん糖水では満足しなくなり、冷凍母乳を150cc一気に飲み干してしまうのだから、母乳が足りないと感じても不思議はあるまい。そろそろ粉ミルクを足すべきではあるまいか。緊急提案が父親からなされた。

ところが母親はこれを認めたがらない。朝の搾乳でもこんなに出ている、夜に何回も乳首を吸いたがるのは飢餓感からではなくて安心したいからだけだ、粉ミルクを与える必要はない、今の母乳だけで十分である。そう反論して粉ミルク提案を退け、粉ミルク問題は夫婦喧嘩に発展した。

母乳で育てようと意気込む母親は、母乳不足を指摘されると母親失格を言い渡されるような屈辱感を感じるようだ。会社で隣の部のT課長も同様の経験をしたそうである。いわば母乳は母親のプライドなのである。

この議論は、まず体重測定で一日の体重増加が20グラム程度(今までの半分)に減ってしまっている事実が父親から提出され、母親側は不利に立たされた。父親はここで一気に粉ミルクの導入を図ろうとしたのだが、母親側からもう一週間の猶予期間をおくことが提案される。この猶予期間中母親は朝せっせと搾乳を行い(多分200cc以上)、夜の寝る前の授乳にそれを用いることにした。また果汁も下痢を促進するので量を減らすことにする。はたして翌週の体重測定で45グラム/日の体重増加が確認され、母親の面目を保ちながら母乳vs粉ミルク論争はとりあえず終結したのだった。要は、全体量は足りているのだが、夜になるほど母乳の出が悪くなっているということなのだ。妻は最近睡眠不足のようで、それも夜になるほど母乳不足になる原因かもしれない。

結局妻は三カ月間、母乳でとおした。三カ月がちょうど終わる1992年の正月、ついに妻の冷凍母乳のストックが底をつき、奇しくも元旦に初めて粉ミルクが使われた。一週間ほど前から朝絞ったものを夜解凍して使うという自転車操業が続いたのだが、正月の朝はあわただしく、供給が追いつかなくなったのである。粉ミルクでも飲んでくれるだろうかという心配などそちのけで、170ccを一気に赤ん坊は飲み干した。その後、妻が会社に出るまでの一カ月間に徐々に粉ミルクが導入された。ようやく父親が本格的に授乳する出番が回ってきたのである。

産後四カ月して妻は会社へ復帰したが、早朝と夜は母乳で授乳を続けようとした。だが、数週間して妻の身体は会社に適応し始めたらしい。母乳の量は減り続け、産後五カ月、妻が会社へ復帰して一カ月後には完全に出なくなった。母乳で育てられれば、それにこしたことはないのだが、私としては悪い話ではなかった。母乳が出ないというのが私の子育てにおける最大のハンディだったからだ。私は妻と同等の立場に立てるようになったのだ。


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