男も育児休職/
4.いよいよ休職する もくじ/まえ/つぎ酒を飲む
育児休職に入ると生活がストイックになってしまうことが予想された。会社の帰りに友人と飲みに行く、などということはできない。ちょいと都内に遊びに行くこともできない。ただでさえ子供が生まれて以来、友人との付き合いが減っているのだ。それで休みに入る前にT君や友人数名と飲みに行くことにしていた。みんなの予定がうまく合わず、あれやこれやしているうちに、休職前日のこの日になってしまった。徹夜明けで飲みに行くことになったのである。
店は井の頭線ぞいにある小さな台湾料理屋で、かつてT君と私が常連だった場所である。入社してしばらくしたころ、私とT君はこの近くに共同でアパートを借りて住んでいたことがある。引っ越してきた当日、たまたま転居祝に飲みに入ったのがこの店で、私たちは出された豚の足とかめに入った紹興酒がすっかり気に入ってしまった。そして二年間私たちはこの店に入り浸って豚の足をしゃぶりながら紹興酒を飲み続けたのだった。そして夜中の二時、三時まで飲み、酔っ払った身体で何歩レールの上を歩けるかの競争をしながら井の頭線の線路の上を歩いてアパートに帰った。 住まいをよそへ移してからも私たちはときどきこの店に友人を連れて飲みに来た。十数人も入れば満員の小さな店だが、奇妙に居心地がよかったからだ。前もって予約を入れておくと特別メニューが用意された。この日は鍋料理だった。マスターは今日はどういう趣旨の集まりかと聞いたので、私たちの一人が私の育児休職について説明したが、腕一本で家族を支えているマスターは理解してくれなかったらしい。二回聞き返して首を横に振りながら厨房に引っこんでしまった。V君はもうすぐ留学なので、その送別会もかねて私たち五人は快適に飲みかつ食らい紹興酒を二升飲んだ。徹夜明けの痛飲だったが実に気持ちよく飲めた。座敷で飲みながら、ほかの客が何人も出入りするのを見続けた。昔から、この店には何時間でも居座り続けることができた。 店の外は雪で、翌日のニュースでは一七センチ積もったほどの大雪だった。雪を踏みしめながら十二時ごろ帰宅した。私の育児休職が開始された。 |