男も育児休職/5.取材を受ける

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新聞記者が来る

かくてA新聞の経済記者がまずやってきた。各社のちょっと変わった人事関係の事例を紹介するコラムに取り上げると言う。私は、伸ばしかけていたひげを剃って、記者を駅まで迎えに行った。記者は育児休職中の私の家に十一時十分にやってきて十一時四十分に帰っていった。育児休職のいきさつ、妻の仕事、毎日の生活、夕食も作っているのか?上司の反応は? などの質問に娘を抱いたまま答え、写真を撮られる。

三日後、私たちは大阪の私の実家に帰省していた。おじいちゃん、おばあちゃんが孫をあやしている間、私は夕刊が気になって仕方ない。こっそりのぞくと案の定載っており、あわててふせると、妻がすばやく察知して私から新聞を奪い、記事を家中に公開してしまった。私は赤面しながらその日を過ごさなければならなかった。

さて、その記事だが、大きく「育児パパ頑張る」と見出しがつき、写真も思っていた以上に大きい。記事は、このように始まる――

「フギャーフギャー」
「いまミルク作るから待って」
○△×☆に勤める太田睦さん(三十三)は……

――なんだこれは。あの記者は三十分いただけで私がミルクを作るところなど見てはいない。臨場感を出すために、私がミルクをやる場面をあの記者は勝手に捏造したのである。十二文字×三十七行の記事の中には、私の言ったことと言わなかったことが切り刻まれて要領よく押しこめられていた。私は要領よくまとめられた記事に感心したが、細かいニュアンスがすべて書き換えられてしまった「私の記事」に複雑な心境になってしまった。子供を抱いて写った写真はいわゆるニコパチ写真で、幸福いっぱいの父親がうれしそうに子供を抱いてこちらを見ている。こっちを見てとか、笑ってとか、いろいろ注文されたからだ。記事によれば、私が仕事を離れたことを後悔しておらず、その理由として「なにより子育てってあきません」という「私の言葉」を引用している。これと写真と合わせて育児がうれしくてたまらない子煩悩親父の姿が提示されている。

私はうなってしまった。あの記者は取材の途中に自分の体験を語りだし、自分にも子供がいるが二時間もあやしていると疲れてしまう、太田さんは一日中赤ん坊に付き合っていて疲れませんか? 飽きませんか? と聞いてきた。それで「いや、別に疲れませんし飽きもしませんよ」と私は答えたのだ。決して「育児がおもしろくて飽きないから仕事を離れても、どうでもありません」という趣旨の発言をしたわけではない。このころ、私は未練がましく仕事をしていたし、そういうことも記者には告げたのだが、今回の取材の趣旨からははずれますねと言って記者は取り上げなかったのだ。

多分、あの記者は「ビジネス戦記」などという、いかついこわもてのする紙面の中にアットホームな記事を挿入すべく、私の事例を取材対象としたに違いない。仕事中毒症のサラリーマンたちの中にあって家庭を選択した男性がいる、というストーリーをあらかじめ組み立てたうえでやってきたのだ。そして三十分の取材で材料を集め、それを切り張りした結果があの記事なのである。


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