男も育児休職/5.取材を受ける

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反響に戸惑う

伯母に電話をかけると、いきなり新聞記事の話をされてしまった。実家の近所のおばさんにも気づいた人が何人かいるようだ。私の母に「おたくの息子さん載ってましたわね」と声をかけてきたと言う。一足先に川崎の自宅に帰った妻にも電話で様子を聞いてみた。まず留守番電話に友人たちからの「見たぞ」という伝言が何件か入っていた。また、妻の親戚関係では叔母の一人が記事に気づき、福島にある本家へ通報した。通報を受けた本家ではその新聞をとっておらず、隣家から新聞を貰い受けてきて回し読みしたという。九十歳を超した妻の祖母は、十七番目のひ孫の写真を眺めてはニコニコとしてなかなか次に回さなかったそうだ。どうも記事の内容よりも「新聞にひ孫の元気な写真が載った」ということに関心が集中しているらしい。

問題は、だが、その次であった。記事を読んでテレビ局から二件取材申し込みが来ていると言う。さらに雑誌社からも何件か問い合わせが来ているそうだ。新聞の記事でマスコミ不信に陥っていた私とは対照的に、実務家の妻の声にはテキパキとした張りがあった。

二日後、私は赤ん坊と新幹線に乗り川崎の家に帰宅した。翌日の朝は取材の件でテレビ局やら雑誌社から集中的に電話が入る。みんなえらく熱心だ。私は日本で初めての男性育児休職取得者だといっては持ち上げ(厳密には違うことが後に判明するのだが)、番組や記事の趣旨を説明してくれる。仕方がない、取材はみんな受けることにしよう。しかしインタビューには慎重に回答しよう。

翌日も電話攻勢が続く。育児休職取得にあたって世話になった労働組合からも電話が来る。取材申し込みが組合のほうへも来ているという。全部受けていたら休職じゃなくなりますね、と同情してくれた。しかし、労働組合関係でも一件取材を引き受けさせられる。だんだん数が増えてきて頭が混乱し始めたのでノートを作って整理する。記者が家に来るという条件で、一日一件に限って引き受けていたのだが、二週間ぐらい休みなしにカレンダーが埋まってしまった。いちいち駅まで記者を迎えに行くのがめんどうになったので、地図を書いて片端からファックスで送っていく。ファックスを買っておいて本当によかった。


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