男も育児休職/6.主夫をする

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育児ノイローゼを考える

ある日、夢を見た。私がフライパンを振り回して台所で暴れているのである。たぶん、皿やら茶碗も割れ散っていたのではないだろうか。夢からさめると思い当たることだらけであった。たとえば、私はささいなことで妻にあたるようになっており、そのためにケンカが絶えなかった。妻の何気ない一挙一動が何かのはずみで私のカンにさわるのである。妻が仕事の話を始めると、「俺は仕事ができないのにそういう話をするな。無神経な奴め」と腹がたった。妻が皿洗いを始めると、「領域侵犯だ、俺の仕事を奪う気か」といって妻をとがめた。妻が話しかけると、うるさいと言って返事をしなかった。我ながら理不尽な腹の立て方ばかりである。

妻も育児休職中、私から見て理不尽に機嫌が悪く、それが原因でケンカが続いていた。私はそれを育児ノイローゼと片づけたが、それと同じ症状が二カ月後にすっかり私に回ってきたのである。

育児専業主夫生活で何がたいへんかといえば、自由が効かなくなることと人付き合いが極端に制限されることである。これは予想以上にこたえた。赤ん坊を世話することに不満はなく、私はそれを楽しんだと言ってよい。赤ん坊は日々変化し、成長しており、毎日が発見である。問題はその他の社会関係が断ち切られるということにある。話し相手は生まれて半年にもならない赤ん坊だけしかいない。友人たちはみんな、会社で働いている。私は家にこもったまま社会から孤立してしまった。

専業主婦は、ここからテレビ、井戸端会議、カルチャースクールなどという手段を用いて社会との窓口を作るらしい。私の場合はどうか。残念ながら私はテレビをふだん見なくなっている。妻に付き合って相撲を見たりニュースを見たりするほかは、テレビのスイッチがなかなか入らない。野球を見てもタイガースは負けるに決まっているのだ。

私は世間というものが、まるで分からなくなっていた。テレビを見ないかわりに友人との会話で補いをつけていたのだが、それが欠落してしまったからである。かわりに私は本を読んでいたが、妻にはいい迷惑だったようだ。私が『サル学の現在』(立花隆)を読んだ日、夕食の席で妻は私からゴリラのホモの話をえんえん聞かされる羽目に陥った。私としては、ゴリラがホモ行為に走るという話が、その日もっともおもしろかった話題なのだ。そしてほかに話すことなどないのである。せいぜいが、赤ん坊が今日何回大便をしたかだとか、レジのおばさんに愛想笑いしていただとか、庭の花粉症猫の目やにがますますひどくなっただとか、今日は天気だったので布団がよく干せただとか、PKOはけしからんだとか、そういう話題しかないのである。

井戸端会議については前述したように、公園での砂場コミュニティでは敗退していたものの、スーパーマーケットで私はそこそこの成績をあげつつあった。私はおばさん化しつつあった。

核家族において、育児を母親だけに押しつけるのはたいへん残酷なことだと私は考える。核家族には余計な人間が全然いない。母親はたったひとりで子供に向き合わなくてはならない。そしてそれはたいへんにしんどいことだ。だが、一般常識は母性の名のもとに、母親が子供を育てるのは当たり前だと言う。そこには重要なことが見落されていると、私は言うことができる。母性があろうがなかろうが、一人きりで子供を育てるのはしんどいことなのだ。それは自分でやってみれば分かる。

そうであれば、母親たちがテレビや女性週刊誌で情報を仕込み、井戸端会議で交換し、おばさん化して女性たちのネットワークを作り上げるのは無理からぬことである。子供の教育に情熱を燃やし、進学塾やらスポーツ・クラブへ子供のお供をして東奔西走するのも代償行為として当然の帰結なのだ。

妻に言わせると、育児休職で私はだいぶ湿っぽくなってしまったそうだ。女々しくなったんだろうな、と自分でも思うのだ。それはそうだ。こんな生活を続ければだれだって女々しくもなる。「女性」とは社会的に押しつけられたものだということを論証して見せたボーボワールは確かに正しい。

だが「どうってことないわよ」と妻は私に言った。「仕事が始まれば、すぐ

もとに戻るから」。どうもそのようだ。妻は育児休職を終えて、生き生きと会社に復帰していた。


〔参照文献〕

ボーボワールに関しては当然『第二の性』から引いています。しかし多くの人と同様、冒頭の「人は女に生まれない。女になるのだ」という以上の文章を私が読んだわけではありません。


〔Web版注〕

TVは見ないと書いた私ですが、さぞかし嫌味な書き方と思われたことでしょう。最初の原稿では、あの後に「最近のTVがいかに面白くないか」を実例をあげながらぐちゃぐちゃ書かれており「十分見てるじゃないか」と読者から、ツッコミを入れたくなるようにしてありました。それを削ったのは、面白くなかったからです。

なお、最近はちょこちょこと深夜にTVを見ています。


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