男も育児休職/6.主夫をする

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離乳食を学ぶ

まだ妻が育児休職中だったとき、三カ月検診なるものがあり、妻は赤ん坊を連れて保健所まで行ってきた。そして、そこで妻は「母と子の栄養教室」なるものに予約を入れた。

離乳食の指導をするらしい。日時を見ると私の育児休職期間中だ。妻は私に行ってこいと言う。確かに好奇心がうずく。離乳の第一段階は私の担当なのだ。ただ、私は「母」ではなく「父」なのだがかまわないだろうか。考えても何の不都合もなさそうなので出かけることにする。

かくて赤ん坊を連れて保健所に行った。今回は第一回で「ゴックン期」の離乳食について。会場に行くとほとんど満席で、四〜五カ月の乳児の「アッグー、アッグー」のバックグラウンド・サウンドに若き母親たちのおしゃべり声が充満する。私のほかにもう一人男性参加者がいた。奥さんといっしょに来ており、伸ばしたひげ、長髪、ジーンズという具合で七十年代ふうの風貌をしている。私はどういうふうに見られただろう。私の隣に座った別の奥さんから「お一人で来られたのですか」と聞かれて「そうです」と答えると「お偉いですね」と言われた。何か無意味な会話に思える。まるで、小学生が一人でやってきたときのほめ言葉ではないか。

離乳食というのは、乳ばかり飲ませる赤ん坊の食事を徐々に大人が食べるような食事に変えていく移行期の食事のことである。普通五カ月ごろから開始して一歳の誕生日までに完了する。最初の二カ月を「ゴックン期」と呼び、ドロドロにした離乳食を口から流しこみ、ゴックンと飲みこませる段階とする。この段階では赤ん坊に食べ物の味をいろいろ体験させるのが目的である。次が「モグモグ期」で離乳食はやや硬めになる。口をモグモグさせて舌と上あごで食べ物をつぶしてから飲みこめるようになる。さらに「カミカミ期」のころ、歯ぐきで食べ物をかんで食べられるようになり、これが終わると大人と同じものが食べられるようになる。ここまでは育児書ですでに学んでいたこと。この後に具体的な注意点、どうやって献立を作るかなどの話が進む。

何かむやみに細かい。ベビーフードは使うな、インスタントだしは使うな、いろいろな素材は混ぜるな、赤ん坊用に一品一種の素材で作れ、などなど。だが、育児書によっては違うことを書いていたなぁ。離乳食にこるよりはベビーフードを使って散歩の時間にあてるほうが賢明だというのは松田道雄さんの『育児の百科』。赤ん坊用にいちいち別の食べ物を作る必要はなく大人の食事を分けて軟らかくしたものを与えればいい、というのも松田道雄さん。また毛利子来さんの『赤ちゃんのいる暮し』にも書いてあった。松田道雄さんの『育児の百科』にはいろいろな離乳の例が書かれていて、離乳のやり方なんていくらでもある、一つの方法に固執するな、と力説していた。松田道雄さんに従って、保健婦さんの話は一例だと考えることにする。

しかし、インスタントだしを赤ん坊のときから使うのは確かに気持ちは進まない。保健婦さんによれば、一度にたくさんのだしをとって製氷皿で冷凍させればいいと言う。なるほど、料理のたびに使いたい分だけ出してくればいいわけだ。これはさっそくやってみよう。

講義の途中で赤ん坊がぐずりだし、席を立って部屋の外に出る。赤ん坊用のベットが置いてあるので、そこに寝かして部屋の外で講演を聞いてノートをとる。そうか、やはり米粥だけではいけないのだ。そのほかに野菜と魚も加えなくては。

終わってから七十年代夫婦と言葉を交わす。「ご主人が育児担当ですか?」と私が聞いて、「ええ、お宅も?」「ええ、今育児担当なんです」「育児休職ですか?」「ええ」

けっこうあっさりと会話が終わる。育児に取り組む男性同士の話が進むと思ったのだが。まあいいや。育児をしている男同士というだけで簡単に連帯してても、かえって気持ち悪い。私は帰って、さっそく離乳食を作ることにした。


〔参照文献〕

松田道雄『育児の百科』岩波書店

毛利子来『赤ちゃんのいる暮し』筑摩書房


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