環境ホルモンとして疑われている化合物の分子情報 (2) → (1)(3)(4)
= 分子の化学的ハードネス(ランキング) =

 多数の化合物の中から環境ホルモンとして作用しそうな化合物を選び出していくために様々な試験法が考案されているが,近年進展著しい計算化学の手法を援用しようとする試みも多数あり,例えば小林茂樹らにより化合物の生物活性と化学的ハードネスとの関係の解析が報告されるなどしている。小林らの「構造-毒性活性相関」によるダイオキシン類などの解析結果によれば,分子の毒性やエストロゲン様作用は絶対ハードネスに強く依存するとされる。なお,柔らかい(ソフトな)化合物とは電子が移動しやすいと解釈されるものである。

絶対ハードネス  η = (εLUMO - εHOMO )/2
絶対電気陰性度  χ = - (εLUMO + εHOMO )/2

  εLUMO:LUMO(lowest unoccupied molecular orbital,最低空分子軌道)の電子エネルギー
  εHOMO:HOMO(highest occupied molecular orbital,最高被占分子軌道)の電子エネルギー

   ※LUMO,HOMOは福井謙一らが提唱したフロンティア軌道であり,このフロンティア軌道理論の業績に対してノーベル化学賞が与えられている(1981年)。
     《参考》 Chem3Dによる環境ホルモン関連分子のLUMO,HOMO表示画像例


図1 下表の化合物順に並べた環境ホルモン関連分子のεLUMO,εHOMO,χ,η.
 εLUMO,εHOMOは分子計算ソフトウェアChem3DのPM3構造最適化した分子についての計算結果である.ソフトウェアの種類や計算理論・条件,さらには分子モデルデータの初期構造によって計算結果が異なることに注意する必要がある(補足1参照).

データ

No. 化合物名 分子式 εLUMO / eV εHOMO / eV  χ / eV   η / eV 
1 2,4-D C8H6Cl2O3 -0.113301 -9.632584 4.8729 4.7596
2 2,4,5-T C8H5Cl3O3 -0.315472 -8.594338 4.4549 4.1394
3 o,p'-DDD C14H10Cl4 -0.933611 -10.237040 5.5853 4.6517
4 p,p'-DDD C14H10Cl4 -0.955292 -10.215312 5.5853 4.6300
5 o,p'-DDE C14H8Cl4 -0.933611 -10.237040 5.5853 4.6517
6 p,p'-DDE C14H8Cl4 -0.972560 -9.133780 5.0532 4.0806
7 o,p'-DDT C14H9Cl5 -0.949214 -9.812846 5.3810 4.4318
8 p,p'-DDT C14H9Cl5 -1.073111 -10.090856 5.5820 4.5089
9 TBTC C12H27ClSn 29.619670 -11.924856 -8.8474 20.7723
10 TBTO C24H54OSn2 21.864069 -12.428490 -4.7178 17.1463
11 TPTC C18H15ClSn -1.229483 -11.337283 6.2834 5.0539
12 2,3,7,8-TCDD C12H4Cl4O2 0.221598 -8.223039 4.0007 4.2223
13 2,3,7,8-TCDF C12H4Cl4O -1.499411 -9.215459 5.3574 3.8580
14 アジピン酸ジエチルヘキシル C22H42O4 -0.088587 -12.493566 6.2911 6.2025
15 アトラジン C8H14ClN5 2.191958 -9.860110 3.8341 6.0260
16 アミトロール C2H4N4 4.710518 -10.069575 2.6795 7.3900
17 アラクロール C14H20ClNO2 -0.351377 -10.732659 5.5420 5.1906
18 アルディカーブ C7H14N2O2S 1.682753 -8.763767 3.5405 5.2233
19 アルドリン C12H8Cl6 0.386536 -6.960782 3.2871 3.6737
20 エスフェンバレレート C25H22ClNO3 -1.081736 -10.976359 6.0290 4.9473
21 エンドスルファン C9H6Cl6O3S 5.156563 -6.999853 0.9216 6.0782
22 エンドリン C12H8Cl6O 4.545756 -6.991058 1.2227 5.7684
23 オキシクロルデン[クロルデン代謝物の例] C10H4Cl8O 4.959984 -7.083523 1.0618 6.0218
24 オクタクロロスチレン C8Cl8 2.241182 -7.253378 2.5061 4.7473
25 カルバリル C12H11NO2 -3.468406 -11.959787 7.7141 4.2457
26 クロルデン[cis-体] C10H6Cl8 4.939997 -7.099319 1.0797 6.0197
27 クロルデン[trans-体] C10H6Cl8 4.947597 -7.082630 1.0675 6.0151
28 ケポン(クロルデコン,キーポン) C10Cl10O -0.638757 -6.960615 3.7997 3.1609
29 ケルセン(ジコホル) C14H9Cl5O -0.950932 -9.876399 5.4137 4.4627
30 ジエチルスチルベストロール(DES) C18H20O2 -0.969603 -11.987018 6.4783 5.5087
31 2,4-ジクロロフェノール C6H4Cl2O -0.001675 -9.848430 4.9251 4.9234
32 1,2-ジブロモ-3-クロロプロパン(DBCP) C3H5Br2Cl 23.790142 -10.389223 -6.7005 17.0897
33 シペルメトリン C22H19Cl2NO3 -1.078926 -9.829520 5.4542 4.3753
34 シマジン(CAT) C7H12ClN5 2.268547 -10.173955 3.9527 6.2213
35 スチレンダイマー(1) C16H16 -3.587450 -13.981806 8.7846 5.1972
36 スチレンダイマー(2) C16H16 -0.986547 -13.786997 7.3868 6.4002
37 スチレントリマー(1) C24H24 -3.207032 -13.883227 8.5451 5.3381
38 スチレントリマー(2) C24H24 -0.982859 -13.538755 7.2608 6.2779
39 ディルドリン C12H8Cl6O 4.844423 -6.942070 1.0488 5.8932
40 トキサフェン[混合物の一例] C10H8Cl8 5.125061 -6.882418 0.8787 6.0037
41 トリフルラリン C13H16F3N3O4 -1.122222 -8.533397 4.8278 3.7056
42 p-ニトロトルエン C7H7NO2 -3.317159 -12.141501 7.7293 4.4122
43 ニトロフェン(NIP) C12H7Cl2NO3 -2.874594 -10.207615 6.5411 3.6665
44 ノナクロル[trans-体] C10H5Cl9 5.108548 -6.897455 0.8945 6.0030
45 p-ノニルフェノール C15H24O -0.955558 -12.269008 6.6123 5.6567
46 ビスフェノールA C15H16O2 -1.142538 -11.912727 6.5276 5.3851
47 ビンクロゾリン C12H9Cl2NO3 -0.773250 -11.128078 5.9507 5.1774
48 フェンバレレート[光学異性体混合物の一例] C25H22ClNO3 -1.064730 -10.962019 6.0134 4.9486
49 フタル酸ジエチル C12H14O4 -4.973877 -10.110638 7.5423 2.5684
50 フタル酸ジエチルヘキシル C24H38O4 -2.208456 -12.017451 7.1130 4.9045
51 フタル酸ジシクロヘキシル C20H26O4 -1.231525 -11.884064 6.5578 5.3263
52 フタル酸ジブチル C16H22O4 -4.973800 -10.093364 7.5336 2.5598
53 フタル酸ジプロピル C14H18O4 -4.973159 -10.096859 7.5350 2.5619
54 フタル酸ジヘキシル C20H30O4 -4.974148 -10.092127 7.5331 2.5590
55 フタル酸ジペンチル C18H26O4 -4.973283 -10.088817 7.5311 2.5578
56 フタル酸ブチルベンジル C19H20O4 -2.462791 -12.055058 7.2589 4.7961
57 ブチルベンゼン C10H14 -0.971553 -15.058264 8.0149 7.0434
58 ヘキサクロロベンゼン C6Cl6 3.422564 -8.343784 2.4606 5.8832
59 ベノミル C14H18N4O3 -1.331789 -11.217517 6.2747 4.9429
60 ヘプタクロル C10H5Cl7 0.922963 -6.937220 3.0071 3.9301
61 ヘプタクロルエポキサイド[ヘプタクロルの代謝物] C10H5Cl7O 5.047607 -6.735990 0.8442 5.8918
62 ペルメトリン C21H20Cl2O3 -1.074227 -9.809082 5.4417 4.3674
63 ベンゾ[a]ピレン C20H12 -5.796633 -12.340734 9.0687 3.2721
64 ベンゾフェノン C13H10O -4.347168 -11.244863 7.7960 3.4488
65 ペンタクロロフェノール(PCP) C6HCl5O 3.057780 -8.403147 2.6727 5.7305
66 ポリ臭化ビフェニル[4Brの一例] C12H6Br4 -2.111357 -4.970194 3.5408 1.4294
67 ポリ塩化ビフェニル[4Clの一例] C12H6Cl4 -1.733510 -9.404026 5.5688 3.8353
68 マイレックス C10Cl12 20.747903 -7.127070 -6.8104 13.9375
69 マラチオン(マラソン) C10H19O6PS2 -0.047756 -9.351999 4.6999 4.6521
70 メソミル C5H10N2O2S 2.608965 -8.901904 3.1465 5.7554
71 メトキシクロル(メトキシクロール) C16H15Cl3O2 -0.910343 -10.059320 5.4848 4.5745
72 メトリブジン C8H14N4OS -0.107116 -6.038726 3.0729 2.9658
73 リンダン(リンデン,γ-BHC) C6H6Cl6 27.854347 -8.308129 -9.7731 18.0812
74 17β-エストラジオール[女性ホルモン] C18H24O2 -0.691187 -12.163062 6.4271 5.7359
75 テストステロン[男性ホルモン] C19H28O2 -3.873268 -11.487181 7.6802 3.8070
(以下追加)
76
トルクロホスメチル C9H11Cl2O3PS 1.083902 -10.126539 4.5213 5.6052
77 チウラム C6H12N2S4 4.441623 1.638234 -3.0399 1.4017
78 リニュロン C9H10Cl2N2O2 0.016567 -8.960674 4.4721 4.4886
79 レゾルシン(レソルシノール) C6H6O2 -0.356111 -12.330155 6.3431 5.9870
80 3,4-ジクロロアニリン C6H5Cl2N 0.153944 -8.926895 4.3865 4.5404
81 1,2,3,7,8-ペンタブロモベンゾフラン C12H3Br5O -1.269670 -4.759038 3.0144 1.7447

[注] 追加したトルクロホスメチル(No.76)はトピック1,チウラム,リニュロン,レゾルシン,3,4-ジクロロアニリン,1,2,3,7,8-ペンタブロモベンゾフラン(No.77-81)はトピック2を参照.これらは図2〜4には含まれていない.

図2 環境ホルモン関連分子のη-χダイアグラム(右は部分拡大).小林らは,毒性はχよりもηに強く依存し,ηが小さいほど(ソフトであるほど)毒性が強いとしている.なお,上図のη,χ値はあくまで市販ソフトウェアで求めたものであり,小林らの報告と異なることに注意する必要がある(補足1参照).

図3 3次元グラフで見たχ,ηとDipole Moment(双極子モーメント;数値はこちらの表).

図4 χ-η平面上に示したLog P値.Log PはSciQSARによる計算によるもので,別データと詳細も掲載している.


【補足1】

図5 本ページのデータと小林らのオリジナル報告のη-χ値との比較.
  ◎小林茂樹・田中彰・鮫島圭一郎,『環境ホルモンの電子構造はその毒性や生物活性の発現にどのような相関性を持つのであろうか? −ハードネス概念の生物学への応用−』,化学と工業,52(1),42(1999)


【補足2】

 環境ホルモン分子の中でも構造の簡単なオクタクロロスチレンを例にとって,その立体構造の違いが分子計算結果に及ぼす影響について詳述したのが“環境ホルモンとして疑われている化合物の分子情報 (3)”である.
 また,ChemscapeChimeによって表示可能な分子情報についても,例えば以下の2,3,7,8-TCDDの構造の違いで分子の特性が異なってしまう例により,ある程度理解することができる.
  TCDDとOCDD(本ページ内の資料)

 なお,分子の立体構造と生物活性について分子化学計算によって厳密に研究した例としては,以下の論文がある.
  中馬寛 ほか,「ピレスロイド系殺虫化合物の大規模並列配座解析と構造類似性の評価」,Journal of Chemical Software,4(4),1998

 さらに,各分子が生体内でレセプター分子との相互作用によって分子のエネルギー状態が変化することにも留意する必要があり,その点は上記小林らの一連の論文等でも詳述されている.
 以下は参考図で,17β-エストラジオール受容体の一例である.

図6 17β-エストラジオール受容体の例;Estrogen Receptor Alpha Ligand-Binding Domain Complexed To Estradiol(PDBの元データ1a52).
  旧図はこちら(Human Estrogen Receptor Ligand-Binding Domain In Complex With 17beta-Estradiol;元データ1ere).


【補足3】

 計算化学については,以下の資料や掲載リンクを参照されたい.
  
計算化学演習(本ページ内の資料)


環境ホルモンとして疑われている化合物リスト | 環境ホルモン情報 | 「生活環境化学の部屋」ホームページ