●本稿は科学技術社会論学会第1回年次研究大会における講演(2002/11/17発表)の要旨を,学会事務局のご了解を得て転載したものです.
●2006/07/21,本稿に加筆した『インターネットを利用した環境問題情報流通の実践とその分析(2003年時点の分析)』を公開しましたので,そちらも是非ご参照ください. [NEW!]


インターネットを利用した環境問題情報流通の試み

本間善夫(県立新潟女子短期大学生活科学科生活科学専攻)


1. はじめに
 1996年7月に開設したWebページ「生活環境化学の部屋」では,環境ホルモン(内分泌撹乱化学物質),化学物質過敏症など近年注目されるようになった問題を取り上げ,解説や関連資料へのリンクを掲載してきた。さらに,21世紀の幕開けの年から,対米同時多発テロ事件とその後の炭疽菌事件をきっかけとして生物・化学兵器に対する脅威が広がり,われわれの食生活を脅かした牛海綿状脳症(狂牛病)のニュースなどもあって,どこか閉塞感を覚える世紀となっている中,より一層個々人による情報入手が不可欠となり,サイト運営者としてそれらの問題に関する対応も迫られている。
 環境問題に関する情報の流通を目途としたWebページの6年を超す運営実践経験を踏まえ,“安全な生活”を考える上でのインターネット情報の位置付けについて分析する。

2. 環境問題情報流通を目的とするWebページ運営の実践から
2.1. 環境ホルモン問題への取り組み
 筆者が主催するサイト「生活環境化学の部屋」1)は,化学教育と環境問題に関するコンテンツを中心に掲載しており,2002年10月20日時点のサイト内データファイル数は7,082(htmlが約1,400で他に,mol,pdb,gif,jpg,xls,lzh,zip,pdfを含めた総計),データ総容量は57,055kilobytesに達している。
 日本では1997年5月17日と6月21日に放映されたNHK総合テレビ「サイエンスアイ」がきっかけとなって大きくクローズアップされた環境ホルモン問題については,当時すでにインターネット上にかなりの情報が蓄積されていたことを受けて同年6月30日に「環境ホルモン情報」2)の掲載を開始し,随時更新を続けて現在に至っている。環境ホルモンへの関心の高まりに伴い,様々な立場の多くの利用者からメールが寄せられて情報交換がなされ,Web上で環境問題に関する情報を公開することの有効性を認識する第一歩となった3)
 環境ホルモン問題自体,世界中の野生生物に及んでいる化学物質の影響を網羅的に集めた結果あぶり出されたものであり,インターネット時代ならではの事象と見ることも可能であり,これを取り上げたサイトは個人・市民団体・企業・研究機関・地方公共団体など極めて多数に達し(それらはお互いに相補的な役割を果たしている面がある),今後も各国から新しい調査・研究結果がWeb上に発信され続けることは間違いないところである4)
 Downsによる「エコロジーに一喜一憂:課題注目のサイクル」説5)によれば,社会問題に対する注目のサイクルには,問題の前段階,危機的な問題の発覚と解決への熱狂的ムードの高まり,本質的な問題解決への費用が高いことの自覚,一般大衆の問題に対する関心の低下,問題の事後段階,の5つのステージがあるとされ,環境ホルモン問題の場合はの何れの段階にあるかは,立場によって見解が異なるであろう。そのような変遷を追跡する意味でも,Webページで継続的に問題をトレースすることは重要な作業と考える。
 この点については,例えば過去の問題とされてしまう危険性もある水俣病について,メチル水銀の生成反応機構が解明されたのが2001年のことであり6),2002年になってようやく環境省が胎児への影響(もちろんこれは環境ホルモン問題とも関連する)の調査に着手する7)という事実からも,示唆されるところである。
 化学物質の環境や社会に対する影響への配慮については,日本化学会で「環境憲章'99」8)を策定し,Webサイトにも情報コーナー9)を設けるなど,地球生態系保全に対する取り組みを明確にしているほか,2001年から刊行された「岩波講座 現代化学への入門 全18巻」では第18巻として「化学と社会」10)を出してその重要性に言及している。

2.2. 化学物質過敏症とその他の問題への取り組み
 環境ホルモン問題に関する情報発信の経験を踏まえ,同様の手法で1999年12月からは化学物質過敏症を取り上げ11),さらに環境問題に関する入門書12)執筆の機会に恵まれたのを機に,それら2件に,地球温暖化,酸性雨,オゾン層破壊を加え,Web上でも関連リンク集や新規情報を紹介するという,書籍とWebの融合を目指す試みも実践している。
 環境問題や化学関連のトピックスをWebに掲載する際は,以下のような方針を採用している。


図1 2001年12月16日〜22日の「生活環境化学の部屋」トップページと各コンテンツへのアクセス状況(Pはprovider版,SはミラーのSINET版).


図2 2002年4月1日から6ヶ月間の「生活環境化学の部屋」provider版のトップページと各コンテンツへのアクセス状況.アクセス最大値はBSE4頭目の確定診断発表に対応.

2.3. 牛海綿状脳症(狂牛病)など最近のコンテンツから
 2001年9月11日の米国同時多発テロ事件とそれに続いて起きた炭疽菌事件によるNBCテロへの脅威,そしてやはり2001年9月に国内で始めて牛海綿状脳症の牛が確認されたことに端を発する一連の事件による食品の安全性に対する信頼の喪失。専門家の間ではある程度予測されていたそれらの事態が続けざまに起こったことにより,自己責任で情報を入手してリスク14,15)を回避する必要性が一気に浮上し,ここでも様々な局面においてインターネットの役割がクローズアップされてきている。
 筆者のサイトでも,牛海綿状脳症16),炭疽菌17),耐性菌・院内感染18)など,必要に応じて新しいコンテンツを作成して公開してきている。
 環境情報の流通を目的とした自作ページ群のWebにおける位置付けを確認する意味で,牛海綿状脳症情報ページ19)を中心にアクセス状況の一部を図表で示した。表1からは,検索サイトのYahooニュース20)やBSEの関連機関である動物衛生研究所のページ21)に掲載され,Google22,23)の関連語検索でも上位にランクされたこと(2002年10月20日,“狂牛病”検索では約246,000件中17位)が利用者数の増加に繋がっていることがわかり,Web情報を有効に流すにはサイト間の有機的な連携が必要なことが明らかになった。

図3 Webページ「BSE(狂牛病)とプリオン/牛海綿状脳症(BSE)」16)

表1 牛海綿状脳症情報ページに対するアクセスのリンク元集計(2002年1月).
:外部リンク,:サイト内リンク,他は検索エンジンから.

順位 リンク元 アクセス数 割合 / %
1 Yahoo! ニュース/BSE(牛海綿状脳症) 1654 39.3
2 動物衛生研究所/牛海綿状脳症(BSE)のページ 353 8.4
3 HP/トップ 168 4.0
4 検索/goo/「狂牛病」 143 3.4
5 検索/yahoo/「狂牛病」 77 1.8
5 検索/yahoo/「プリオン」 77 1.8
7 検索/google/「狂牛病」 71 1.7
8 検索/google/「プリオン」 66 1.6
9 Useful INOUE Home page 50 1.2
9 検索/goo/「プリオン」 50 1.2
11 検索/google/「狂牛病について」 45 1.1
12 検索/biglobe/「狂牛病」 24 0.6
13 検索/biglobe/(検索語不明) 21 0.5
13 検索/nifty/「狂牛病」 21 0.5
15 有機農業・環境問題のホームページ/狂牛病LINK集 15 0.4
16 HP/タンパク質の高次構造(α-ヘリックスとβ鎖) 14 0.3
16 検索/yahoo/「プリオン病」 14 0.3
18 検索/yahoo/「狂牛病 画像」 12 0.3
19 Jedline和英辞書(医歯薬篇) 11 0.3
20 検索/nifty/「プリオン」 10 0.2
その他   1310 31.1
  4206 100

参照文献とWebページ
 1) 本間善夫,Webサイト「生活環境化学の部屋」,http://www2d.biglobe.ne.jp/~chem_env/home.html
 2) 本間善夫,「環境ホルモン情報」,http://www2d.biglobe.ne.jp/~chem_env/env/eh_home.html
 3) 本間善夫,『インターネットにおける環境情報の流通 −“環境ホルモン”問題を例に−』,ネットサイエンス,第5号,数研出版(1999)
 4) 最近の公表資料例としては,WHO,“GLOBAL ASSESSMENT OF THE STATE-OF-THE-SCIENCE OF ENDOCRINE DISRUPTORS”,http://www.who.int/pcs/emerg_site/edc/global_edc_TOC.htm
 5) 石弘之 編,「環境学の技法」,p.66,東京大学出版会(2002)
 6) 西村肇・岡本達明,「水俣病の科学」,日本評論社(2001)
 7) 朝日新聞記事,『魚などの微量水銀、胎児への影響を初調査へ 環境省』,2002年8月20日,http://www.asahi.com/science/news/K2002082001354.html
 8) 日本化学会,「環境憲章'99」,http://www.csj.jp/es/envcode99.html
 9) 日本化学会,「環境・安全インフォメーション」,http://www.csj.jp/es/
10) 茅幸二ほか,「化学と社会」,岩波書店(2001)
11) 本間善夫,「化学物質過敏症情報」,http://www2d.biglobe.ne.jp/~chem_env/env2/mcs.html
12) 本間善夫,「2時間即決 環境問題」,数研出版(2000);連動Webページは,http://www2d.biglobe.ne.jp/~chem_env/envbook/
13) MDL,Chime Plug-in,http://www.mdlchime.com/chime/
14) 日本リスク研究学会 編,「リスク学事典」,TBSブリタニカ(2000)
15) 吉川肇子,「リスク・コミュニケーション 相互理解とよりよい意思決定をめざして」,福村出版(1999)
16) 本間善夫,「BSE(狂牛病)とプリオン/牛海綿状脳症(BSE)」,http://www2d.biglobe.ne.jp/~chem_env/chem8/prion.html
17) 本間善夫,「炭そ(炭疽)菌/NBCテロ」,http://www2d.biglobe.ne.jp/~chem_env/chem8/anthrax.html
18) 本間善夫,「抗生物質・抗菌剤/耐性菌/院内感染」,http://www2d.biglobe.ne.jp/~chem_env/chem8/antibiotic.html
19) 2002年3月時点の詳細は,本間善夫,「『安全な生活』のための情報発信実践から」,http://www2d.biglobe.ne.jp/~chem_env/web/access200101.html
20) Yahoo Japan,ニュース「BSE(牛海綿状脳症)」,http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/world/bovine_spongiform_encephalopathy/
21) 動物衛生研究所,「牛海綿状脳症(BSE)のページ」,http://niah.naro.affrc.go.jp/disease/bse/bse-s.html
22) Google,Google日本語版,http://www.google.com/intl/ja/
23) Googleに関連する解説例としては,山本篤,「PageRankをあげるために」,http://aglaia.c.u-tokyo.ac.jp/~yamamoto/PageRank/


【口頭発表で示した資料例および発表後の追記事項】


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