※分子表示をJmolに変更!!(説明画像はChimeによる) → Chimeによる分子データ表示
※NHKスペシャル「未解決事件 File.02 オウム真理教 17年目の真実」(2012/05/27放映) - Togetter
1995/03/20に起きた地下鉄サリン事件から10年以上経ちます。多くの死者を出したほか,いまだ心身の後遺症で苦しんでいる方も数多くいらっしゃいます。原因がわからなかった事件発生直後,医療機関の決断による適切な治療が無ければ,死者は数千人に達していただろうという話も聞いたことがあります。
その前段となる1994/06/27の松本サリン事件と合わせ,一民間団体が起こした化学テロということで,世界的にも衝撃を与えました。また一つ,人間があけてはならないパンドラの匣をあけてしまったように感じています。
分子と分子の相互作用にずっと関心を持ってきた筆者は,生体分子といろいろな化学物質の間の好ましくない相互作用の例として,神経ガスや麻薬,有害化学物質などもWebコンテンツの対象として取り上げていて(治療に使われた薬の方は望ましい相互作用を発揮したことになります),サリンなどについてもバーチャルの世界で調べたりしていましたが,まさか実際に合成して使う人間がいるなどどは考えもしていませんでした。
岩波書店「科学」2004年8月号(特集=感染症と現代社会)掲載の倉田毅さんによる巻頭言『流行語「危機管理」』には以下のような記述があります。
数年前,第1回のInternational Conference on Emerging and Re-emerging Infectious Diseasesがアトランタで開かれた.Henderson博士(Johns Hopkins大学)が約1時間バイオテロリズムについて話をされた.博士は1967年から10年間WHOで天然痘根絶計画の指揮をとられた.博士の主旨は「『バイオテロ』という語は一般研究者や厚生省で対応する分野ではなかった」.冒頭から「日本において,オウムというオカルトグループが数多くの生物化学テロをおこし,多数の犠牲者が出る迄,行政当局・・警察,自治体・・は全く何もしえなかった.全く考えられないことである.即ち日本政府には,危機管理能力がはたしてあるのか?……後から検証された証拠をみれば,随分前から分かっていたことであるようだ.民間人があれだけのことをやってのけたことを,どのステップでも止めえなかったことはunbelievableである……」と.民間人がサリン(松本,霞ヶ関),ボツリヌス毒素散布,炭疽菌培養液散布等,数々の犯罪をいとも簡単にやってのけたことを批判したものである.アメリカで起きた炭疽菌事件もいまだ犯人が不明であるなど,私たちは避けられない自然災害のほかにも,悪意による人為的な災害に対する備えをしなければなったと言えるでしょう。
博士は「今こそバイオテロ,化学テロについて,全国民は身近な問題としてとらえ,対応していく必要がある」とされた.
●きっかけ
バーチャルの世界でのサリンとのつき合いは,以下の書籍などがきっかけになっている。有機化合物の性質の概略を簡便に予測できる「有機概念図」に関心を持ち,1989年から学生に概念図作成プログラム作成に取り組んでもらい,翌年公開した(現在のOS環境では動作しないので,Excelシートとして公開中)。
●危機情報コンテンツの発信とSTS
地元でインターネットプロバイダを利用できるようになり,1996年7月にWebページを開設した。それ以来,インタラクティブ性や速報性などネットの利点を活かしていろいろなコンテンツ作成に取り組んできているが,例えば2001年9月11日にアメリカで起きた同時多発テロ事件とそれに続く炭疽菌事件により,NBCテロに対する恐怖が世界中に広まったことを受けて,炭疽菌/NBCテロの作成も開始した。この“NBC”のうち,“C”は国家が用いる場合もあり得るが(度重なる中東地域の戦争で市民が防毒マスクを携行していたニュースも記憶に新しい),日本の連続サリン事件ももちろん脅威の発端の一つとなっている。
●情報は発信するところに集まる
この言葉は,理科教育関連のサイト運営者から教わった言葉だが,以上のような様々な情報発信を通して,神経ガスに関する論文を送っていただいたり,関連研究機関と情報交換をする機会に恵まれるなど,思わぬ機会を与えられており,ネットは人と人をつなぐ場なのだと実感する
表2 神経ガスとクロルピクリンの有機性・無機性と物性値
●科学情報以外に
擬剤のところに示したこども用の防毒マスクの写真と冒頭の倉田毅さんのメッセージと合わせ見ると,つくづく不幸な時代だと思わざるを得ない。そのことは,2005/02/25の朝日新聞オピニオン欄の三者三論「地下鉄サリン事件10年」のうち,宮台真司さんの以下の文章を読んでも同様である(他の二論は江川紹子さんの『教訓生かせぬ社会 危惧』と森達也さんの『他者への想像力 回復を』)。
【参考資料】本ページへのアクセス解析
それを用いて多様な化合物群について計算を行ってきたが,雑誌「現代化学」の化学兵器の解説を読み,この図化を試みたが一部置換基の計算方法がわからず,「有機概念図」著者の甲田先生に手紙で教えを請い,丁寧な説明だけでなくいろいろな資料を送っていただくことができた。
これによって,後述のようにサリン・VXなどが類似領域にあることを確認することなどが可能となったのである。
図1 甲田善生・佐藤四郎・本間善夫,「新版 有機概念図 基礎と応用」,三共出版(2008) → 分子と分子の相互作用参照
※p.173,農薬による皮膚炎の原因物質;有機概念図で見る化学物質の作用領域と起炎化合物
(後出の神経ガスはないが,イペリットが入っている)
図2 東京化学同人「現代化学」1991年2月号『身のまわりの毒 化学兵器』(pp.54-59)
※同誌連載を単行本化したもの:Anthony T. Tu,「身のまわりの毒」(1988)・「続 身のまわりの毒」(1993),東京化学同人
※Anthony. T.Tu,『新たに判明したサリン事件の真実 ―中川智正死刑囚と面会して―』,「現代化学」2012年5月号
その後も下の表1のように,様々な危機的な事件等が起き,筆者なりのスタンスでの情報発信を迫られている。
それらのグローバルな問題は,やはり世界中をつなぐインターネットによって情報の共有が図られている側面があると同時に,もう一つ見ておきたい側面は科学・技術と社会の関係である。これは,まず進歩が早まっている科学・技術が社会に及ぼす影響が大きくなっていて,社会のシステムがそれに追いついていけないこと,またサリン事件のように誰にでも高度な技術を利用できてしまうということがあるだろう(最近では小学生が偽札を作ったという例がある)。このような問題を扱う領域に『科学技術と社会(STS)』があり,地下鉄サリン事件についてもその視点で扱っている資料がある。
STS関連では,科学技術社会論学会(略称:STS学会)などいくつかの学会も設けられており,筆者も下表コンテンツのいくつかについてその経緯と反響の分析をSTS学会で報告している。STSの中には,科学・技術の情報は,科学者以外の誰にでも共有されるべきだという科学コミュニケーションの発想もあり,以下のページやこのページ自体もその一環と捉えている。
年度
掲載開始コンテンツ
1997
環境ホルモン情報
1999
化学物質過敏症情報
2001
狂牛病とプリオン/牛海綿状脳症(BSE)
炭疽菌/NBCテロ
2002
抗生物質・抗菌剤/耐性菌/院内感染
テロと特殊ガス …モスクワ劇場占拠事件を受けて
2003
SARSと抗ウイルス薬
2004
鳥インフルエンザ情報
水俣病
HIVとエイズ※インターネット利用とホームページ開設の歩み参照。水俣病,HIVとエイズは,過去の問題を再確認するためと新しい事態が発生していることから作成を開始したもの。各コンテンツにおいてブラウザ上で立体的な分子モデルを動かして見ることのできる分子表示ソフトChime(MDL社による;ダウンロード方法)を利用しており,サリン等についても以下に掲載しているが,これは1996年のWebページ開設当時から利用しているものであることも同ページに記載。
なお,上記のうち炭疽菌/NBCテロは,サーチエンジンの“NBCテロ”検索において,Googleで首相官邸の2件に続いて3位,Yahoo!で2位,msnサーチで3位となっている(何れも2005/03/18時点)。
図3 サリンのアセチルコリンエステラーゼ攻撃(PDBの1cfj;下図左側のMePがサリン由来のmethylphosphonate基)
※PDBj今月の分子 No.54 - アセチルコリンエステラーゼ(Acetylcholinesterase)を参考に作図 → Acetylcholinesterase関連動画
図4 サリン・VXあるいは有機リン系農薬メタミドホスのアセチルコリンエステラーゼ(マウス)阻害;両図とも右端が阻害分子
〔左〕2jglのサリン(円内)・VX由来分子,〔右〕2jgjのメタミドホス(円内,日本では農薬登録されていない)由来分子
図5 タブンが結合したアセチルコリンエステラーゼ(2jf0,空間充填がタブンで球棒表示は他のリガンド)
図6(参考) 神経ガスの治療薬を含むPDBデータ例
〔左〕2-PAM(中央)が結合したアセチルコリンエステラーゼ2vq6
〔右〕アトロピンを含むホスホリパーゼA22arm ※参考:生物毒とは:いろいろな生物の毒の話(福岡大学・機能生物化学研究室),アトロピン - Wikipedia
その一例として,化学テロ対策として各地で行われるサリンを想定した訓練とも関連するが,サリンの“擬剤”というものが使われる場合があることを知った。
前者のニュースで使われている擬剤は不明だが,後者では緊急避難用マスクの防毒性能の評価のためにクロルピクリンが用いられていることがわかる。
※興研から送っていただいた資料の一部
そこで,神経ガスとクロルピクリンについて,前述の有機概念図で計算して図にすると同時に他の物性値とともに表2に示した。概念図上の位置は神経ガスが第1・第2生理作用圏境界付近でクロルピクリンが第3生理作用圏であるなど大きく異なるが,クロルピクリンの融点・沸点が神経ガスのものと近いこと,log Pの方ははVXと等しく疎水性であることがわかる。
図5 神経ガスその他とクロルピクリンの有機概念図(アセチルコリン,アトロピンもプロット;別図)
※log Pはオクタノール-水分配係数(分子と分子の相互作用参照)で,Interactive LOGKOW Demoで入手した値。
CAS番号
無機性 I
有機性 O
mp / ℃
bp / ℃
log P
サリン
107-44-8
215
115
-57
147
0.30
ソマン
96-64-0
345
140
-42
162
1.78
タブン
77-81-6
215
165
-50
247
0.38
VX
50782-69-9
295
260
-39
298
2.09
クロルピクリン[擬剤の例]
76-06-2
100
210
-64
112.4
2.09
その他,事件以前から読んでいた作家の作品とオウムとの関係も書きたいが,後日にして書名だけ少し挙げておく。また,当時東京大学医学部にいた養老孟司さんもオウムに入っていた学生についてあちこちで書いているが,それも改めて。
※辺見さんは,2005/03/20の新潟日報ほかに『地下鉄サリン事件 10年に寄せて:「鬼畜 対 良民」ではない 生真面目な“服従者たち” 変わらない酷薄な民衆像』を寄稿。
参考文献・Webページ
※分子モデル表示にはChimeが必要です。
※「主な集計結果」より一部引用:“懸念される危機のイメージとしては、「地震や風水害などの自然災害」が最も多く94.9%、次に「原子力発電所や石油化学コンビナートなどにおける事故」が56.8%となった。「武力攻撃」や「大規模なテロ」については、ともに3 割を超え、大規模事故や大規模火災よりも高い割合を示した。また、これらの「危機」に対する不安については、「(大変・ある程度)不安を感じている」が89.7%と高い割合を示した。”
※文末に治療に関わった医師の言葉として,“「事件によって『この国の国民は,国に愛されていない』と実感させられた」”
※アクセス解析開始後のトップ105件の解析より;2005/03/18-20
※Google検索での初来訪は,2005/03/19 07:49:33
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