● 2003/06/10,新潟FMPORTスタイリッシュ・ライフで話した内容(一部加筆編集)と関連Webページ
- まずホルモンと呼ばれる物質は,成長ホルモンや性ホルモンという言葉が知られているが,生物の体内でいろいろな内分泌腺から分泌されて特定の器官に作用し,からだの成長などを引き起こす作用を持っている。生物の身体を工場に例えると,体内のたくさんの生産工程を動かし始めるスイッチ入れる鍵の役目をしていると言える。
- 環境ホルモン(正しくは,日本内分泌撹乱化学物質)は,環境中に放出される人工化学物質あるいは天然物質の中で,人間や野生生物に取り込まれて,その体内にもともとあるホルモンと同じ作用を示したりそのはたらきを邪魔したりして,思わぬ影響を及ぼすものである。分子の形が本物のホルモンと似通った形をしているので,合鍵のように工場の生産工程を動かす偽スイッチのはたらきをしたり,鍵穴に入り込んで本物の鍵を入れなくしてスイッチが入らないようにしたりする(上の写真問題参照)。またそのような好ましくない作用が,今までに考えられていたいろいろな毒性作用よりも極めて少ない量で引き起こされることが心配されていて(“逆U字効果”とよぶことがある),多くの化学物質について世界中で調査・研究が進められている段階にある。
- 具体例としては世界各地における野生生物の生殖器などの発達異常や,人間では薬として妊婦に投与された合成ホルモンが生まれた赤ちゃんに悪影響を及ぼした例などがあるが,これらの中にはかなり高濃度に汚染された地域や薬として比較的多くの量を取り込んだ場合もあるので,上述の極めて少ない量における影響については確認が進められている段階にある。ただし,特に身体ができる段階にある胎児・幼児についてはその影響が大きいと推定されており,予防的な意味で特定の食品に偏った食事や有害な喫煙,不要不急な薬などの服用は避ける方がよいと言える。
- 環境ホルモンとして疑われている化学物質には,農薬や洗剤あるいはプラスチックの添加剤の一部,農薬の不純物やごみ焼却で発生するダイオキシン類,人間や動物が発生源の天然ホルモンなどがあり,多岐にわたっている。
- 科学技術の発達によって新しい薬やプラスチックなどいろいろな化学物質が生産されてきたことで,私たちの生活が安全になったり便利になってきた背景がある訳だが,その陰で引き起こされた残念な事がらといえる。また,それらの物質を利用しているのは私たち自身なので,これからはいろいろな化学物質とどうつきあっていくか(不必要な化学物質をどう減らしていくか)をみんなで考えていく必要がある。
- PRTR(環境汚染物質排出移動登録)制度が制定され,そこで定められた化学物質については,工場や私たちと生活からどれだけ環境中に排出されているかを把握していくシステムが設けられ,この3月に2001年度の集計結果が初めて公表された。
- 今年の5月に,身近な紙製品(再生紙利用)から環境ホルモン溶出の恐れがあるという大阪市環境研の報告を取り上げたニュースがあった。環境ホルモンの疑いのあるビスフェノールAと発がん性の4,4'-ビス(ジメチルアミノ)ベンゾフェノン〔別名:4,4'-テトラメチルジアミノベンゾフェノン〕が検出されたとするものであるが,インターネット上のニュースは随時更新されるため,現在ではほとんど読めなくなっている。ビスフェノールAについてはインターネット上で多数の情報を参照できるが,もう一方の発がん物質に関する日本語情報は限られており(本間のページ★では紹介),化学物質に関する情報を得るには不十分な場合も少なくない。
- 今回のようなニュースは人間が産出している化学物質の多様さを反映して繰り返し出され,多くの場合その根本的な意味が議論されずにすぐに忘れ去られてしまう。
- 新潟には水俣病という悲惨な歴史があるが,その原因物質の有機水銀が工場内でできる反応過程は最近になってようやく解明されたばかりである。過去に世界中で排出された水銀は海洋を汚染し続けており,魚などに蓄積されていることは専門家には知られていたが,つい数日前に厚生労働省から,妊娠されている人あるいははその可能性のある人に対してメカジキなど数種の魚について,念のため1週間のうち一定回数以上食べないようにという注意が出されたばかりである。
- 水俣病とも関連するが,外国では妊娠中の母親が特定の化学物質で汚染された水域の魚を食べ続けたために,国内では旧日本軍の毒ガス関連成分で汚染された井戸水を飲み続けたために,生まれた子どもの知能の発達が遅れたと考えられる事例が報告されている。これらは極端な例なので,それぞれの食品の栄養摂取のメリットのほうを優先し,誤った対応をしない知恵と知識が必要である。
- 参考(BSEの場合で見る食のリスクの考え方の例):阿川佐和子/檀ふみ/福田和也(対談),「それでも我ら、焼肉を愛す」,文藝春秋2002年3月号(緊急「食」特集『何を食べろというのか』) …例えば,p.298阿川さんの「私も、狂牛病にかかる確率の低さを聞いて、そっかあ、それなら心配してもしょうがないし、……」という発言はとても参考になる。BSEの時の畜産業者や焼き肉屋さん,上記メカジキ・キンメダイ情報アナウンス後の水産業者や魚屋さんなど,極端な行動が広がると立場に弱い人たちが困窮するのが一番の問題である。
- サカナを食べると―死亡リスク減 滋賀医大など長期調査(朝日新聞,2004/01/19) #
- 残念ながらその種類と量の多い少ないは別にして,化学物質に汚染されていない食品はこの地球上には皆無と言えるのかも知れない(天然化合物にも毒や摂取しすぎれば有害なものもある)。例えば私たちの運転する車の出す排気ガスが周囲の田畑の農作物を汚染している可能性があるなど,その原因は私たちのくらし方そのものにあると言える。どうすれば安全な食べ物を野生生物も人間も摂取できるようになるのか,みんなで考えていきたい。地産地消という言葉にあるように,まず自分たちの住む地域をきれいにしていくことが安全な食べ物を増やす近道になる。
- インターネット上には,化学物質に関する専門的な情報以外にもわかりやすい解説ページもたくさんあるので,それらを参考にしていたずらに不安になるのではなく(恐怖心を煽る悪質な情報には要注意)自分なりに正しい判断していく必要がある。
- 通勤途中で元気な登校中の子どもたちを見ると頼もしくて,環境ホルモンなんて信じたくなくなってしまう。生物の身体には化学物質などいろいろなリスクに対して闘っていく強靭なシステムがある。そのシステムをきちんと機能させるバランスの取れた食生活と正しい知識に基づいた心の安定を保ち続けることを望みたい。
【参考】本間による社会人への公開科目
- 生活環境化学(前期月曜3限)/被服整理学(後期水曜2限) → 募集要項,講義概要
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