2004年ノーベル生理学医学賞は嗅覚研究に対して授与されました!!
★ ノーベル財団のアナウンス例:
Olfactory Receptor DataBaseビジュアル生理学の嗅覚・味覚参照
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※「においの受容(AROMA SCIENCE Series21 -1-)」p.117〜 にBuckとAxelの研究の紹介
※講談社ブルーバックス「パソコンで見る動く分子事典」pp.147-149参照
※嗅覚受容体を英語検索する場合は,“odorant receptor”か“olfactory receptor”で.

 ◆ 香りの分子事典・解説編 ◆

 におい分子の分子構造と感知されるにおいとの間には極めて興味深い関係があり、様々な理論や仮説が提唱されています.ここでは、におい分子と嗅神経細胞タンパク質との相互作用を類推する有名な一説を紹介し、本事典閲覧の参考にしてもらいたいと思います.

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◆立体構造説《文献[1]-[12]参照》


図1 Amoore説による7種のにおい分子受容部

 においは、におい分子のその外形と分子構造によって決まるという説で、Moncrieffの考え(1951)をAmooreが発展させたもの(1962)である.
 「鍵と鍵孔」説とも呼ばれ、上の模式図(文献[1,5]を参照)のように、においの分子は、外形と電荷によって7種の基本臭(原香)に分けられるとした.それらは、ショウノウ臭、エーテル臭、ハッカ臭、じゃ香臭、花香、刺激臭、腐敗臭であり、最初の5種類のにおいは、嗅細胞の受容器にある特殊なくぼみに、それぞれはまりこむことによって嗅細胞が刺激され、においが知覚されると考えた.残りの刺激臭と腐敗臭に関しては構造的な共通性は見出せなかったが、刺激臭はプラス、腐敗臭はマイナスの電荷を持つことから、受容器はその反対の電荷を持つと想定した.以下の図2・図3にハッカ香と花香の例を示す.
 なお、におい感覚には個人差があるほか、同じにおいでも空気中の濃度で異なった感覚を与えたり、複数のにおい分子が混合された場合の知覚など、多くの問題があって極めて複雑であることに注意する必要がある.この説は現在でも改良がなされているほか、嗅細胞膜の分子構造とその興奮の問題など、最新の研究による解明が加えられつつあると言っていいだろう.
【注】文献[6]では、甘い芳香,ナフタレン様のにおい,じゃこう様のにおい,ショウノウ様のにおい,ジャスミン様の香りおよびカビ臭,アニスの実のような香り,脂肪性のにおい,花と樹木の香り,木材の香り,の9種のレセプターの形が示されている.

【トピック】「日経サイエンス」2001年8月号のコラム『宇宙船は悪臭ふんぷん』は,NASAでは3ヶ月に1回の実験参加者の嗅覚チェック用に,イーセラル,カンフォレーシャス,マスキー,フローラル,ミンティ,パンジェント,ピュートリッドの7種類のにおいを用いているという内容.まさに古典的な図1の7種である.換気ができない宇宙船内で,機器や持ち込まれる材料から出る臭気が宇宙飛行士に有害だったり不快だったりしないように,臭気専門委員会のスタッフによってチェックされているとのこと.電子嗅覚や犬の嗅覚では人間が受ける生理的な感覚には迫れないようである.
 またこれとは無関係であるが,“悪臭”に関して,「室内空気中化学物質についての相談マニュアル作成の手引き(案)に対する意見の募集について」(厚生労働省,2001/05/11)には,工場・事業所から発生する悪臭を規制する「悪臭防止法」に上げられている22化合物名とそのにおいが記載されている.これらの中には化学物質過敏症・シックハウス問題で室内空気汚染物質として取り上げられているものもある(本サイト内の化学物質過敏症情報シックハウスで取り上げられる化合物の有機概念図も参照).


図2 ハッカ香受容部におさまった-メントン分子

 上図(文献[1],p.64を参考に作成)はハッカ香を持つ-メントン分子が、仮定された受容部位におさまっているところを示している.ハッカ香分子の受容サイトは、ほぼくさび形の複雑な輪郭をしている.ハッカ香分子はすべてこの輪郭に適合した特有の形をしていなければならない上に、くさびの「尖頭」近くに、水素結合を形成する際に電子供与体として作用する原子・原子団をもっている必要があると考えられた.このことは、受容サイト自体の受け入れ部位にも、そのような水素結合を形成し得る電子供与性の水素原子が存在していることを示唆している.この条件を満たす分子であれば、化学的に異なった分類がなされる分子であっても、同じにおい感覚を引き起こすとするのが、立体構造説の基本的な考え方である.


図3 花香受容部におさまったゲラニオール分子

 図3(文献[1],p.63を参考に作成)は、花香の受容サイトにはまったゲラニオールである.左図は上から見たところ、右図は側面から見たところを表している.Amooreは、花香発現のためには、少なくとも円盤の床半分と溝の基部4分の1を満たす必要があるとした.


◆有機概念図から見た香り分子《文献[13]-[17]参照》

 『有機概念図は有機化合物の性状を、主として炭素数に基づく有機性(共有結合性)と、置換基の性質、傾向に基づく無機性(イオン結合性)に分け、有機化合物を有機軸と無機軸と名づけた直交座標上に位置させて、その性質の概要を理解させようとしたもの』(文献[13])であり、藤田穆らによって考案され(文献[14])、甲田善生らによって改良が加えられつつある.広範な分野において、多数の化合物を対象にしてその構造と諸物性の関係の解析に利用されている(例えば文献[15-17]).
 有機化合物の炭素と置換基に与えられている有機性・無機性という数値を用いて、当該分子の構造から有機性値と無機性値の総和を求め、その様々な性質(沸点,溶解性,生理活性,有害性,log P値[P は水-オクタノール分配係数]など)を推定するものである.
 有機概念図の詳細については、今後新しく解説ページを作成する予定であるが、以下ではその基本的な説明図(1-2)と、本事典で示される数値を用いて作成した図(3-6)を閲覧できるようにしたので、ご参照頂きたい.
 3,4では、何れの分子もにおい限界線の範囲内に入っていることがわかる.5,6では、融点・沸点(文献値があるもののみ図示;沸点はほぼ1気圧での測定値のみ抜粋)とも有機性・無機性の増大に伴って上昇しており、SSCAIの重回帰分析で求めた偏相関係数は、特に沸点で高いことがわかる.有機概念図と沸点の関係については成書[13]でも詳しく論じられている.

1.有機概念図
2.有機性・無機性値の代表例
3.香り分子の有機概念図(データ集の最初の100分子)
4.香り分子の有機概念図(種類別データ)
5.香り分子の有機性・無機性と融点
6.香り分子の有機性・無機性と沸点

『Excel97用有機概念図計算シート』の使用方法(xlsシートをダウンロード可)


    参考文献・ホームページ

  1. E.Amoore著,原俊昭訳,「匂い−その分子構造」,恒星社厚生閣(1988)
  2. 長谷川香料編,「においの化学」,裳華房(1988)
  3. 中島基貴編著,「香料と調香の基礎知識」,産業図書(1995)
  4. 白木善三郎,「光琳全書2 食品のにおい」,光琳書院 (1965)
  5. 日本化学会編,「化学総説14 味とにおいの化学」,学会出版センター(1976)
  6. P.W.Atkins著,千原秀昭・稲葉章訳,「SAライブラリー1 分子と人間」,  東京化学同人(1990)
  7. 赤木満洲雄,「香粧品化学」,南山堂(1960)
  8. 樋口武夫,「香粧品の製造化学」, 廣川書店 (1952)
  9. 大木道則・大沢利昭・田中元治・千原秀昭編,「化学大辞典」,東京化学同人 (1989)
  10. 社団法人 有機合成化学協会編,「有機化合物辞典」,講談社(1985)
  11. 益子洋一郎・畑一夫・竹西忠男,「有機化合物構造式インデックス」,丸善 (1973)
  12. 化学大辞典編集委員会編,「化学大辞典 1〜8」,共立出版(1960-1962)
  13. 甲田善生,「有機概念図 ―基礎と応用―」,三共出版(1984)【絶版】
  14. 藤田穆・赤塚政美,「系統的有機定性分析(混合物編)」,風間書房(1974)
  15. 黒木宣彦,「染色理論化学」,槙書店(1966)
  16. 飛田満彦・内田安三,「ファインケミカルズ」,丸善(1982)
  17. 井上博夫・上原赫・南後守,「有機化合物分離法」,裳華房(1990)
  18. 栗原堅三,「味覚・嗅覚」,化学同人(1990)
  19. 栗原堅三,「味と香りの話」,岩波新書(1998)
  20. 渡辺洋三,「香りの小百科」,工業調査会(1996)
  21. 元木澤文昭,「においの科学」,理工学社(1998)
  22. 荘司菊雄,「においのはなし −アロマテラピー・精油・健康を科学する」,技報堂出版(2001)
  23. 日本化学会編,「化学総説40 味とにおいの分子認識」,学会出版センター(1999)
  24. 渋谷達明・外池光雄 編著,「においの受容(AROMA SCIENCE Series21 -1-)」,フレグランスジャーナル社(2002) [2004ノーベル賞関連情報;p.117〜]
  25. 東原和成,「化学受容の科学 匂い・味・フェロモン 分子から行動まで」,化学同人(2012) [NEW!]
  26. 川崎通昭・中島基貴・外池光雄 編著,「におい物質の特性と分析・評価(AROMA SCIENCE Series21 -6-)」,フレグランスジャーナル社(2002)
  27. 谷田貝光克 編,「香りの百科事典」,丸善(2005)
  28. チャンドラー・バール 著,金子浩 訳,「匂いの帝王 天才科学者ルカ・トゥリンが挑む嗅覚の謎」,早川書房(2004)
  29. 倉橋隆,『嗅細胞における情報変換機構とモジュレーション』,生物物理,40(1),38(2000) ※PDFデータ
  30. 東原和成,『2004年ノーベル生理学医学賞 “匂いの帝王”はアクセルとバック:嗅覚復権』,細胞工学,23(12),1404(2004)
  31. 東原和成,『ノーベル賞2004【医学・生理学賞】匂い分子を感知する遺伝子の発見』,化学,2005年1月号,pp.10-11,化学同人
  32. 加藤茂明・植田和光 編,「シグナル受容機構の解明が導く創薬・治療への躍進」,羊土社(2006)
  33. 渡辺修治,『バラの香りの不思議に迫る(上)』,現代化学,2006年2月号,pp.51-57,東京化学同人
  34. 市瀬浩志,『天然香料成分のキラリティーとその成り立ち』,化学と教育54(11),604-607(2006) [NEW!]
  35. 嗅覚受容ラボ(電総研) [PDF,2004ノーベル賞関連情報]
  36. においを感じるメカニズムを探る(理研ニュースNo. 224 February 2000) [2004ノーベル賞関連情報]
  37. 匂いとフェロモンの受容機構を探る嗅覚グループ(東京大学・東原和成研究室)
  38. 日本味と匂学会 [2004ノーベル賞関連情報掲載]
  39. 嗅覚(ビジュアル生理学)味覚
  40. 柏柳誠(北海道大学大学院薬学研究科),「匂いの受容から認識まで」 [2004ノーベル賞関連情報]
  41. 香りの情報発信基地
  42. 日本アロマコーディネーター協会
  43. アロマテラピーの注意点
  44. ハーブのページ
  45. アロマテラピー
  46. アロマコロジー(資生堂)
  47. Flavour Matrix
  48. Flavornet
  49. Olfactory Receptor DataBase
  50. PDBにおい分子が結合したタンパク質の例(ウシ由来,1pbo)
  51. 今週の分子/カシュメラン
  52. 本間善夫・川端潤,「パソコンで見る動く分子事典」,pp.127-131,講談社ブルーバックス(2007) [2004ノーベル賞関連情報;pp.147-149]



※香りの分子事典と本ホームページ作成に当たっては,県立新潟女子短期大学・生活科学専攻の1995年度卒業生である,青野美和子さん・大野明美さんの協力を得ました.ここに深く感謝致します.


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