●本稿は『家庭科教育』(家政教育社),2000年4月号掲載原稿を加筆・修正したものです.
●メールマガジンACADEMIC RESOURCE GUIDE 第58号(2000/03/16発行)にも転載していただきました.


インターネット利用から「家庭科教育」と「化学教育」を考える

本間善夫(県立新潟女子短期大学生活科学科生活科学専攻)
《 2000/02/23掲載,2000/03/06更新 》


 『家庭科教育』1995年4月号に『パソコン利用から「家庭科教育」と「化学教育」を考える』という題で拙文(以下,前稿と略記)を掲載していただいた。それからちょうど5年たち,パソコンと言えば多くの人にとっては主にインターネット利用ための道具という認識が急速に広まっているように感じられる。携帯電話でも電子メールを利用できるなど,インターネットを意識しないでインターネットを日常の中で利用している機会が増えている点も見逃せない。世界中が情報のネットワークで結ばれ,あたかも地球全体が一つの脳になりつつあるような印象を受ける。
 教育現場でも,文部省の『バーチャル・エージェンシー「教育の情報化プロジェクト」報告』(1)に“全国の学校のすべての教室にコンピュータを整備し,すべての教室からインターネットにアクセスできるような環境づくりを推進する”などと書かれているように,今後加速度的にインターネットの活用が進むと予測される。教育用コンテンツの整備,教員の情報活用能力の向上,普段の教育に有効に取り入れていく多様な方法の開発と情報交換,情報の発信と保護(プライバシー保護・セキュリティなど)のガイドライン整備と技術習得など,今から準備しておくべきことも少なくない。しかし,多くの問題が山積している学校で,「総合的学習」など新しい教育課程への準備なども急務となってさらに余裕がなくなりつつある中,人的にも資金的にもその準備に投入できるエネルギーには厳しいものがある。
 以前学校にパソコンが導入されたときも,指導教員と使いやすいソフトが少なく,多くの学校でパソコンが埃をかぶっている状態であった。そのような中で,市町村の援助や教員のボランティア活動によってコンピュータ利用の促進が進められたところも少なくなく,インターネット導入でも同じようなことが期待されている面もある。
 前稿では,おもにプログラミングによるソフト作成とパソコン通信の活用(電子メール・電子会議室・ソフトとデータベースの公開・人的交流など)について述べたが,その何れにもボランティア的な要素が少なくなかったと考えている。本稿では以前述べた活動の延長上にインターネット活用の道が開かれていると考え,いくつかの実践例を示したい。
 なお,内容の中には女子短期大学でのインターネット活用例も含まれている。

1.インターネットの世界
 インターネットは小さなネットワークを結びつけるネットワークという意味であり,当を得た命名であろう。例えば教室や学校を一つのネットワークとすれば,それらを閉じた空間にするのではなく,地域や他学校間そして世界中にも開かれたものとしていくことも可能である。また,インターネット上に学校も開設されるようになったことも興味深い。
 活用できる技術はWWW,メール,FTP(ファイル転送)などであり,特にWWWの普及は目覚ましい。それらを複合的に利用して様々な応用が可能であるが,最近よく利用されるのが情報検索,掲示板,チャット,メールマガジン,メーリングリスト,ショッピングなどであろうか。Webページの開設(掲示板なども含む)やメールアドレスの取得,メーリングリストの運営なども無料でできるようになり,個人レベルでも多数の人間と情報交換できるようになったという点だけとっても,過去には無い世界といえる。ただ技術の進歩が急激過ぎ,内容の吟味や重複情報発信の回避など,情報の洪水の中でその交通整理が遅れているところが懸念される。
 筆者が商用プロバイダを利用し,化学教育と環境情報の流通を目的として(その中には家庭科教育に関係するコンテンツも少なくない),Webページ『生活環境化学の部屋』を開設したのは1996年7月のことである(2)。それ以来,インターネットや様々なソフトウェアの進歩に合わせて新しい手法を取り入れつつコンテンツの充実に努めてきた。その一端を全世界のインターネットホスト数の経年変化と合わせて表1に示す(学会講演資料(3)の転載)。パソコン通信は集中管理型でインターネットは分散型のネットワークとされ,それぞれのメリット・デメリットはあるものの,両者の境界はあいまいになってきており,そのことは表1にも現れていよう。

2.プログラミングからHTMLへ
 Webページを作る言語をHTMLといい,プログラム言語ではないが,初心者でもカラー画像や動画,次々に登場する新しい技術を取り入れてインタラクティブ(前稿の“双方向性”とも関連)な教材を簡便につくれる利点がある。最近はページ作成用のソフトウェアも多数販売されているが,自分の思い通りのものをつくるにはHTMLの基本的なソースを読む能力も必要で,これは前稿の簡易言語習得の必要性と関連することであろう。よくできているページのソースを参考にして,自分なりに応用できる利点もある。なお,HTML文内に記述できるJavaScriptもプログラム概念取得には有効な言語である。
 プログラミングについては,化学関連ソフトウェアを例に取り上げれば,筆者自身以前BASICを愛用して分子表示プログラム等を作成して公開していたが,分子関連ツールだけでも過去に世界中で多数開発されたという歴史があり,現在では企業による開発競争も進んで個人レベルでの開発は難度が高まっている。インターネットの時代になり,ブラウザ上で分子モデルを表示する試みがいくつかなされたが,現在の主流となっている一つがMDL社Chemscape Chime(以下Chime)であり,マウスで自由に分子モデルを動かしたり様々な分子情報を表示したりすることができる。国内外の多くのデータベースや教育用サイトで利用されているが,表1のように筆者のページでも国内では早期に取り入れ,多くの分子データを掲載している。図1にはその表示例を示す(3)


図1 分子表示ソフトのChemscape Chimeで表示可能な様々な分子モデル例

 この経験から,Linuxや多くの優秀なツールで例示されるように今後も新しい個人レベルでのプログラミングの重要性は変わらないものの,大きな組織が開発したソフトウェアを用いて有用なコンテンツやデータベースを作成していく努力も不可欠と考えている。

3.公開ページの利用状況
 『生活環境化学の部屋』を公開した当初はページのアクセス状況を分析する手段をとらなかったが,1997年10月に県立新潟女子短期大学のサーバにミラーを開設してからは,各コンテンツのアクセスログを公開時から確認することが可能となった。図2に主要ページについての利用状況を示した。1万件を超えるページがいくつかあり,これらはそれ以前に開設したプロバイダ版と合わせるとさらに多数のアクセスがあることになり,インターネットの情報伝達能力がいかに大きいかがわかる。また,近年浮上してきた環境ホルモン(内分泌攪乱化学物質)問題を取り上げたページへのアクセスが多く,この点については,Web利用者はサーチエンジンの利用により必要情報に直接アクセスできることから,データ提供者は逆にその利用状況を知ることでよりニーズの高いコンテンツの内容を充実していくことが可能となっている側面を示すものである。また,環境ホルモン問題については世界規模で確認のための研究が進められている段階でもあり,国内の公的機関からの資料公開も急増している状況からも最新資料リンク集の意義も大きいものがある(4)


図2 Webページ『生活環境化学の部屋』の主要コンテンツのアクセス状況(SINET版,集計期間:1998/05/09〜1999/12/25)

 なお,前稿で紹介した公開データベースは,その後一部をWebページにも掲載してより簡便にダウンロードできるようにしているが,表計算データを教材化するプログラムの添付教材データについては,上記Chimeを利用して立体的な分子モデルを表示できるようにHTML化してWeb上で公開している。既存電子情報の有効活用例でもあり,図3にはその中の分子事典へのアクセス状況の一例を示した(3)


図3 Web版分子事典の利用状況の一部と分子モデルの表示例。Chimeによる分子モデルは,前稿の自作プログラムによるものより情報伝達力が格段に向上しており,パソコンのハード(演算速度など)とプログラムの急激な進歩の一端を知る一例ともなっている。

4.インターネットと書籍の融合
 以上のように,インターネットは“知の共有”の上で今後一層重要な役割を果たしていくであろうが,日本ではまだまだ通信費が高く多くの利用者は長時間の利用は困難な状況にある。また,出版社による電子出版の試みも始まっているが,インターネットの普及により活字離れが進む懸念なども挙げられている。
 ここではパソコン通信やインターネットを利用した出版の実践例を示し,その利点を述べたい。
 最初の例は,パソコン通信NIFTY SERVE(@nifty)の教育実践フォーラム【理科の部屋】のメンバー50名が電子会議室で賑やかに議論しながら合作したパソコン通信とインターネットへの誘いの本であり(5),続いては前稿でも紹介した同じく@niftyのフォーラム「化学の広場」で環境問題の議論が高まった中で臨時会議室を立ち上げて討論しながら17名で作り上げた一般向けのダイオキシン問題解説書である(6)。通信・環境問題とも,幅広い視点や知識が必要なことから,各分野に詳しいメンバーが会議室に原稿や質問を書き込みながら作業を進められたことは極めて有意義な試みであり,その会議録は参加者以外にとっても有用な資料となっている。
 さらにWebページで公開しているChimeによる分子データ集について,家庭や学校でオフライン状態でも使えるようにCD-ROM化を検討していたところ,出版社からCD-ROM付きの書籍出版の企画が舞い込み,筆者と同様に化学関連のWebページを公開している研究者の協力を得て上梓することができた(7)。その編集過程では,著者二名と編集者の間で打ち合わせやデータ交換(テキスト,画像,分子データなど)で600通を超えるメール交換があり,画期的な試みの貴重な記録資料となっている,まさにインターネット時代の作業と自負している。CD-ROMを流通させる場合,広報や郵送などの手間を考えれば,出版社の協力を得ることは極めて重要な手段である。また出版後もメールで情報交換しているほかWeb上で最新情報も掲載しており,これも新しい試みとなっている。

※追記 本稿執筆後に以下の書籍も出版し,上記同様にWeb上で最新情報を提供している。
   ・本間善夫,「2時間即決 環境問題」,数研出版(2000)

5.掲示板の活用
 前項のCD-ROM付書籍については,読者との意見交換のために無料サービスを使用してWeb掲示板も開設している。無料Webページやフリーメールなど近年のインターネット上の様々な無料サービスの増加は,サーバを持てない学校や管理体制が整わない学校などにとって教育用としても朗報となっている。
 また短期大学で「生活環境化学」とういう講義を進める上での工夫として,レポート提出の代わりに専用掲示板を設けて学生間で討論してもらうという実践を試みてみた。外部に公開することで学生にとっての緊張感が期待できる,通常のレポートであれば読むことのできない他の学生の発言を読んだり自分の発言についたコメントを読んだりすることでより有意義な展開が可能である,外部の方を巻き込んだり卒業後も議論を継続できる,などのメリットを勘案したものである。運営の難しさも痛感しているが,今後も同じような試みを重ねていきたいと考えており,一人でいくつでも容量無制限の掲示板を開設できるという現在の環境に大きな魅力を感じている。
 Web上には多くの掲示板があるが,専門知識を扱った掲示板で活況を呈しているところはあまり多くはないようである。理科関連では,理科教育メーリングリストが過去の発言も検索して読めることから掲示板的な存在でもあり,一つの巨大なデータベースにもなっている(1999年末現在で発言数は16,000を超えている)。
 家庭科関連では,愛媛県の高等学校家庭科教員のグループが開設しているページ『隣の家庭科』内にある掲示板(8)が,いろいろな方の書き込みがあって,貴重な情報交換の場となっている。
 ただ,筆者が以前学会で報告したように(9),家庭科の名を冠したWebページ自体は少なく,教育用の有用なサイトを集めた『こねっとgoo教科のページ(10)にも家庭科の分類はいまだ設けられていない。1999年秋に新潟県内で開かれた小・中学校の情報教育関連の研究会で報告された家庭科の授業でのインターネット活用実践例でも,生徒が参考にしたページは教員以外の企業や一般の方々の手によるものばかりとのことであった。冒頭で述べたインターネット上での“教員のボランティア活動”を考える上でも,この問題は決して小さくなく,今後必須となる「総合的学習」について考えていく上でもお互いの情報交換と広報の努力は今後一層必要となっていくだろう。

※追記 本稿執筆後に家庭科教育関連の情報交換をおこなうメーリングリストが開設され,活動を開始した。
  ・メーリングリスト『家庭科教育関連』:http://www.egroups.co.jp/group/kateika/

参考文献・Webページ
(1) 文部省資料,http://www.monbu.go.jp/news/00000413/index.html
(2) 例えば,本間善夫・田中直子,『環境化学学習のためのWWWホームページ作成(2)』,化学ソフトウェア学会'97研究討論会講演要旨集,p.54(1997)
(3) 本間善夫,『化学教育と環境情報流通のためのホームページの公開と活用』講演資料,日本化学会第78春季年会特別企画・インターネットと化学教育〔1〕,2000/03/30
(4) 本間善夫,『インターネットにおける環境情報の流通−“環境ホルモン”問題を例に−』,ネットサイエンス,第5号,数研出版(1999)
(5) NIFTY SERVE教育実践フォーラム【理科の部屋】・編,「私の【理科の部屋】活用法」,民衆社(1997)
(6) 左巻健男ほか編著,「ダイオキシン100の知識」,東京書籍(1998)
(7) 本間善夫・川端潤,「パソコンで見る動く分子事典 CD-ROM付」,講談社(1999)
(8) http://www.sfc.keio.ac.jp/~t95080si/msb/home/ehime/chat/
(9) 諏訪節子・本間善夫,『家庭科教育におけるインターネット利用の現状と実践例』,日本家政学会東北・北海道支部総会第43回総会講演要旨集(1998)
  ※http://www2d.biglobe.ne.jp/~chem_env/honma98/kasei98.htmlに要旨転載
(10) http://www.goo.wnn.or.jp/ctg09017605120002643/ctg09017605120002645/index.html


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