図a 有機概念図で見るシックハウス・化学物質過敏症の原因物質
※シックハウスで取り上げられる化合物の有機概念図(化合物名と計算値)
※参考:写真の分層実験を使った中学生・高校生対象のセミナー資料「生体分子のかたちの不思議」
シックハウス
(新潟日報に掲載したものを,有機概念図を中心にした文章に書き直したものです)
昨年十月に絶滅した日本産のトキについて,ベストセラー「バカの壁」(新潮新書)の著者である解剖学者・養老孟司さんは,環境論「いちばん大事なこと」(集英社新書)の中で『トキがいなくてなにが困る?』と,多くの生物がささえ合っている自然のシステムの観点から個々の種の重要性を論じています。
暮れには,タンチョウ二羽が農薬フェンチオンによる急性中毒で死亡したことが国内で始めて確認されました。前回の環境ホルモンによる悪影響なども含めて,野生生物の「くらし」はすでに立ち行かなくなっているとも言え,私たちは警鐘として受けとめるべきでしょう。
フェンチオン(MPP)は以前取り上げた有機塩素系とは異なる有機リン系の殺虫剤で,松枯れ防除にも使われるものもあります。この系統の農薬は神経ガスのサリンなどと少し似た構造をもっていて,視覚障害や神経毒性が出ることがあり,子どもの神経系の発達に与える影響も懸念されることから欧米では規制の方向に向かっています。月刊誌「科学」(岩波書店)の本年一月号(特集『毒─環境中の「毒」と人の健康』)でも最新情報が紹介されています。
有機リン系にあたるクロルピリホス(塩素も含む)とダイアジノンは住宅用のシロアリ防除剤としても使用され,今回取り上げるシックハウスの原因化合物の中に入っています。
シックハウスは新築・改築した家で,使われたいろいろな化学物質によって空気が汚染され,多様な心身影響が出てくるものです。原因物質は防蟻剤のほかに,殺虫剤(衣類用のパラジクロロベンゼンなども含む)・防カビ剤,接着剤(ホルムアルデヒドなど),有機溶剤(トルエン,キシレンなど),可塑剤(環境ホルモンとも重複),芳香剤,タバコの煙など多岐にわたります。工事で使われたものだけでなく住んでいる人が購入したものも含まれ,パソコンなどの機器からも化学物質が発生します。厚生労働省が室内濃度指針値を示しているのは現在十四化合物だけで(うち一化合物と総揮発性有機化合物量は暫定値),昨年七月に改正された建築基準法ではそのうちクロルピリホスとホルムアルデヒドだけが規制対象になりました。
また症状としては,「目に刺激感があり、目がチカチカする/頭痛やめまい、 吐き気がする/鼻水や涙、咳がでる/鼻やのどが乾燥したり、刺激感や痛みがある/何となく疲れを感じたり、眠気がする/皮膚が乾燥したり、赤くなる、かゆくなる」(県福祉保健部の資料より)など,複合的で重症の場合は仕事に出られなくなったり転居せざるを得なくなったりします。
複数の症状が出ることを,カットの有機概念図というもので考えてみましょう。この方法は分子の炭素数と有している原子団の種類と数で描いて性質を大まかに推定するもので,高校で有機化学を習えば利用でき,筆者のサイトで表計算ソフトを用いて計算する方法を紹介しています。前記十四化合物に加えて,いろいろな資料に出てくるものを○で示しましたが,大部分が揮発限界線の中に入っていることがわかります。また離れている場所にあるのは異なった症状に関係することを意味し,例えば有機リン系のクロルピリホスとダイアジノン,冒頭のフェンチオン(◆)は神経ガスVX(図b参照)の近くになり,神経系への影響の可能性が示唆されます。ただし,近いから必ず同じ作用があるのではなく,離れていればその作用の心配は低いというように見る必要があります。
またこの図では,化合物の点と原点を結んだ線の傾きが大きい(縦軸に近い)ほど親水性で,小さいほど水に溶けにくい(疎水性)と推定でき,そのことを太い矢印で示しました。図中の写真は,それを示す実例で,二層にした水と油に中和指示薬のメチルレッドとメチルオレンジをそれぞれ溶かしたものですが,各色素の親水性・疎水性が一目瞭然で,図の■で示したのと対応します。水とサラダ油を使えば家庭でもいろいろな色素で試せるでしょう。
写真で上層にしたのはオクタノールという物質ですが,この実験で各層に溶けた量の比から得られる値は,薬の効果や化学物質の毒性を推定するのによく用いられるもので,インターネット上にデータベース*もあります。環境ホルモンでも,疑われている物質の値は天然のホルモンの値に近くなっています。前回の「鍵と鍵穴」を考える上でも大事な因子になるのです。
シックハウス関連では,昨年十二月の本紙記事「24校でシックハウス基準上回る」や,今年に入って文部科学省がシックハウスの生徒にも使える教科書の研究を開始する(印刷インキや接着剤など)というニュースがあり,シックスクールも全国的に大きな問題になっています。
一旦発症した後は,別の微量化学物質でも症状が出ることがあり,そのような場合は「化学物質過敏症」などと呼ばれます。屋外における空気汚染も当然問題になりますが,こちらはさらに対策は困難です。患者によって原因物質が異なるほか,アトピーやぜん息など免疫系の疾患が同時に現れる場合も少なくいなど,解明に向けての研究は難しい面があります。
筆者のサイトでは,原因とされる化合物の分子モデルや関連情報を掲載しており,患者さんからその症状の重さや検査のつらさを伝えるメール,「分子を見て医師の言うことがよく理解できた」というメールが届きます。シックハウスの出ない家作りを目指しているメーカーの方からのメールもあり,情報提供の重要性を実感しています。
環境ホルモンなどと合わせ,身近な化学物質に対する理解を深め,どう使いこなしていくのかみんなで考え続けたいものです。
●有機概念図で見るその他の環境問題
図c 環境ホルモン関連化合物の有機概念図
※有機概念図で見る環境ホルモン関連分子