甲田善生・佐藤四郎・本間善夫,「新版 有機概念図 基礎と応用」,三共出版(2008) [2008/11発刊予定]
※有機概念図簡易計算機も是非ご覧ください。
→ Excel用有機概念図計算シートのダウンロードと説明 ←
《2002/05/17公開》
※Chimeによる分子表示は別ページに移動しました(以下の*印も含めてIE以外のブラウザ推奨)
[TOPIC] 熊薬ミュージアム-熊本大学薬学部宮本記念館に藤田穆先生の有機概念図図版が展示されました(有機概念図パネルには本間作成の図掲載)。
オクタノール-水系に溶解したメチルレッド(右分子)の分層
→ 有機分子の構成元素と色立体 | Log Pをポケットに!
※参考:アルコールとフェノール
“水と油”のデモンストレーション(水-サラダ油層,簡単に手に入る色素)
※PDBデータのLigand結合部位 * およびPDB部分データリスト * 参照!
図は1ea1の例で,アミノ酸は酸性・中性・塩基性区別,Dot Surfaceはlog P値順表示した場合
1.定量的構造活性相関(QSAR)
※本間・川端,「パソコンで見る 動く分子事典」,講談社ブルーバックス(1999) ,p.309 より〔一部改変〕
文字通り分子の構造と様々な生物活性との関係を扱うのが,定量的構造活性相関(quantitative structure-activity relationship;QSARと略される)という手法である。着目した生物活性(特定の薬効や毒性,においや味などの化学感覚活性など)と,その活性に関与すると思われる複数の分子構造因子や物理的パラメータとの関係を統計学的に比較検討し,定量的な相関式を導き出すものである。
利用分野毎に手法が改良され続けているが,1964年に提示されたハンシュ(Hansch)-藤田法が代表例としてよく紹介される。着目している生物活性を引き起こす薬物濃度C から得られる値 log (1/C ) を生物活性として,これが置換基の疎水性π,電子吸引性σ(ハメット[Hammett]則の置換基定数),立体効果に関するパラメータEs(化学反応性から求めたものでメチル基を基準にした置換基のかさ高さ)を用いて,以下の式で説明されるとしたものである。
log (1/C ) =aπ2+bπ+ρσ+cEs+d …(1)
ここで疎水性因子 π は,薬物の母化合物(着目している置換基が結合していない化合物)のオクタノール/水系の分配係数 PH と,母化合物に置換基Xが結合した化合物のオクタノール(C8H17OH)/水系の分配係数 PX から次式で規定される。
(a,b,ρ,c,d は適用する系によって決まる定数)
π=log PX−log PH=log ( PX / PH ) …(2)
オクタノール/水系の分配係数は,図1のようにオクタノールと水が二層になっているところに調べたい化合物を入れて溶解させ,各層における化合物濃度を測定して求められる(実験的には逆相分配高速液体クロマトグラフィーという機器で求める場合もある)。疎水的な化合物はオクタノールの方によく溶けて P が大きくなり,親水性の化合物は水の方に多く溶解して P が小さくなる。
log P は定量的構造活性相関において必ず用いられる物性値で,分子と分子の相互作用の大小を考える重要な目安となっている。
例えば催眠薬にとっての理想の log P は2とされる(図2で log P0=2)など,薬物が活性部位に結合するか否かの尺度となっている(山川ほか,「メディシナルケミストリー」,p.34,講談社)。また,におい分子や味分子の化学構造と活性を考える上でも重要な指標としてしばしば取り上げられる。
《引用ここまで》
図2 log (1/C ) とlog P の間には放物線様の関係があり,活性が最大となる log P0 が存在する.
写真1 指示薬を用いたオクタノール/水系の分層実験の例(左:メチルレッド,右:メチルオレンジ).
※参考:本写真による課題例
写真2 身近なものによるサラダオイル(またはオクタノール)/水系の分層実験の例
上層:緑色のマーカーでプラシート上に厚く塗り乾いてからオクタノール(写真のラベルではオクチルアルコール)またはサラダオイルで溶かして。
下層:温湯に食紅を溶かして。
※参考(緑と赤にした理由など):Log Pをポケットに!
[TOPIC]
・「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律」における「化学物質の分配係数(1-オクタノール/水)の測定方法及びその結果の取扱い」改正案に対する意見の募集について〔環境省,2002/08/19〕 → EICニュース(2002/08/19)
・化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律の改正に伴う新規化学物質の名称の公示、有害性情報の報告及び第三種監視化学物質に係る有害性調査のための試験方法に対する意見の募集について〔環境省ほか,2004/02/02〕 | 化学物質審査規制法第31条の2第1項の規定に基づく有害性情報の報告について(案)[PDF] ※生物の体内に蓄積されやすいものであることを示す知見として『魚介類の体内における化学物質の濃縮度試験において、生物濃縮係数が以1,000上であるもの』と,『1-オクタノールと水との間の分配係数測定試験において、分配係数の対数(log Pow)が3以上であるもの』との記載
QSARはその後様々な改良が加えられており,3次元定量的活性相関(3D-QSAR)も活用されるようになってきているいるが,分子の親水性・疎水性は分子と分子の相互作用を考える上で欠かせないものであり,log P が重要な因子であることには変わりはない。
分子化学計算の進展により,最近は例えば,LUMO・HOMOエネルギーやそれから得られる絶対ハードネス・絶対電気陰性度などを用いた解析なども行われるようになっているが,それらの新規な因子と従来のQSARで用いられている因子を合わせた研究なども発表されている。
さらに,多くの因子と着目している分子の性質・機能との関係を調べるにあたっては,重回帰分析・クラスター分析・主成分分析などの多変量解析による方法のほかに,近年はニューラルネットワークコンピュータを用いる手法も盛んになってきている。
◆小説の中の気になる文章:村上龍,「半島を出よ(上・下)」,幻冬舎(2005) 窮屈な姿勢で大きなバックパックを抱え込み、肘をついてからだを引き上げていくのは楽ではなかった。シノハラは毒もちょうど今の自分と同じようにして人体に入り込んでいくんだろうなと思った。ホテルやドームが巨大な生きもので、白分が毒素になったような気がしてきたのだ。毒は、まず人体に侵入しなければならない。単に地面を這ったり空中に漂うのではなく、食べられたり飲まれたり、空気とともに吸われたり、注射針に付着して皮膚下に入ったりしないと作用できない。また口から侵入しても、そのあと水に溶けて内臓から吸収されるか、安住できる受容体のある細胞まで移動しなければならない。毒にとってもっともやっかいなのは脳だ。脳には脳関門というバリアがあって、変な化合物を通さない仕組みになっている。脳関門を楽々と通るのは覚醒剤や麻薬だ。ほとんどの覚醒剤や麻薬は窒素を含んだアルカロイドという有機化合物で、脳内物質であるアドレナリンやセロトニンやアセチルコリンもアルカロイドで、つながった分子の姿形が似ているので脳関門を楽に突破できる。毒にとってもっとも楽なのは皮膚が剥がれた傷口から侵入することだろう。おれたちは、コリョの剥がれた皮膚から血管に入り込んだ毒なんだシノハラはそういうことを考えて、肘や足の痛みから意識をそらし、階段を上がっていった。 → 抗うつ剤と神経伝達物質 | 「亀-C-C-N」構造をもつ脳内物質のSITE例 → 2022年ロシアのウクライナ侵攻と村上 龍さんの「半島を出よ」 - Togetter |
2.分子モデルで見るQSAR
log P は分子全体の性質を示すものであるため,QSARでは分子の局所的な構造の影響も反映させるために,他の様々な因子を導入しているという見方も可能であろう。
ここでは,QSARの解説書に出ている代表的な分子-受容体の模式図を示し,分子表示プラグインChimeの分子情報表示機能を利用してその一面を視覚的に理解するにとどめる。
2.1. 局所麻酔薬の基本構造例
分子モデル1 コカインとプロカイン ※IE以外のブラウザ推奨
分子モデル2 コカインを含むPDBデータ例 ※IE以外のブラウザ推奨
2.2. 光学異性体の活性の違い
2.3. 分子と分子の相互作用の模式図
3.有機概念図
本サイトでは,有機化合物の構造式から簡便にその性質を推定できる有機概念図を利用したコンテンツをいくつか公開してきている。同手法では,log P もかなりの精度で推算できることから,ここではそれに関したデータ例を以下に列挙する。
※『Excel97用有機概念図計算シート』で採用しているlog P の推算式
図7 環境ホルモンとして疑われている化合物のlog P の分布(上)と有機概念図からの推算(下)
※参考:環境ホルモンとして疑われている化合物の化学的ハードネス *
【log P の引用元】東京都立衛生研究所,Interactive LOGKOW Demo
図8 環境ホルモンとして疑われている化合物のlog P 推算
図9 有機塩素化合物の発がん性について
回帰式:log P = 0.0087255Σo + 0.0016071Σi + 0.78794 [r2=0.765928,r=0.875173]
【log P の引用元】田辺・松本,JCCJ,1(1),23(2002)
図11 ペリラルチン類の甘味・苦味 *
回帰式:log P = 0.014058Σo − 0.016200Σi + 2.6310 [r2=0.61848,r=0.78644]
【log P の引用元】青山・吉村・山田,化学とソフトウエア, 20(2), 59(1998)/田島・松本・長嶋 ・細矢・青山,JCS, 6(3)
図12 悪臭防止法規制22化合物の有機概念図
◆:窒素化合物,■:硫黄化合物,●:アルデヒド,▲:酸・エステル・ケトン,●:アルコール,◆:芳香族炭化水素
図13 アミノ酸およびDNA・RNAの塩基の有機概念図
※傾き(下表I/O値)が大きいほど親水性が高いと推定される.
参考(有機概念図I/O値順表示可):eF-siteとProModeを見るために *,水溶性ビタミンと脂溶性ビタミン *
アミノ酸 | 分子式 | O | I | I/O | |
---|---|---|---|---|---|
Gly | グリシン | H2NCH2COOH | 40 | 220 | 5.500 |
Ser | セリン | HOCH2CH(NH2)COOH | 60 | 320 | 5.333 |
Asn | アスパラギン | H2NCOCH2CH(NH2)COOH | 80 | 420 | 5.250 |
Asp | アスパラギン酸 | HOOCCH2CH(NH2)COOH | 80 | 370 | 4.625 |
Gln | グルタミン | H2NCO-CH2CH2CH(NH2)COOH | 100 | 420 | 4.200 |
Thr | トレオニン | CH3CH(OH)CH(NH2)COOH | 80 | 320 | 4.000 |
Glu | グルタミン酸 | HOOCCH2CH2CH(NH2)COOH | 100 | 370 | 3.700 |
Ala | アラニン | CH3CH(NH2)COOH | 60 | 220 | 3.667 |
Arg | アルギニン | H2N(=NH)NHC3H6CCH(NH2)COOH | 120 | 410 | 3.417 |
His | ヒスチジン | H2NCH[CH2(C3H3N2)]COOH | 120 | 372 | 3.100 |
Val | バリン | (CH3)2CHCH(NH2)COOH | 90 | 220 | 2.444 |
Lys | リシン | H2N(CH2)4CH(NH2)COOH | 120 | 290 | 2.417 |
Cys | システイン | HSCH2CH(NH2)COOH | 100 | 240 | 2.400 |
Pro | プロリン | (C4H8N)-COOH | 100 | 230 | 2.300 |
Leu | ロイシン | (CH3)2CHCH2CH(NH2)COOH | 110 | 220 | 2.000 |
Tyr | チロシン | HO(C6H4)CH2CH(NH2)COOH | 180 | 335 | 1.861 |
Ile | イソロイシン | C2H5CH(CH3)CH(NH2)COOH | 120 | 220 | 1.833 |
Met | メチオニン | CH3SCH2CH2CH(NH2)COOH | 140 | 240 | 1.714 |
Trp | トリプトファン | (C8H6N)-CH2CH(NH2)COOH | 220 | 350 | 1.591 |
Phe | フェニルアラニン | (C6H5)CH2CH(NH2)COOH | 180 | 235 | 1.306 |
図14 PDBデータ1ere(女性ホルモン17β-estradiol含む)のChain AのSITE表示;拡大
(左2つは全体表示,右2つはLigand結合部位;SITE部位は1qkuのSITE情報と同配列を抽出)
参考:PDBデータのLigand結合部位 *,環境ホルモンの3D-QSAR紹介 *
図14のSITEを構成しているアミノ酸および特性基RのI/O値(他のアミノ酸の値)
※この計算ができるExcel計算シートをダウンロード可能(使用方法)
アミノ酸 | n | H2N-C(R)H-COOH | 特性基 R | |||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
O | I | I/O | ΣO | ΣI | ΣI/ΣO | O' | I' | I'/O' | ΣO' | ΣI' | ΣI'/ΣO' | |||
Arg | アルギニン | 1 | 120 | 410 | 3.417 | 120 | 410 | 80 | 190 | 2.375 | 80 | 190 | ||
Glu | グルタミン酸 | 1 | 100 | 370 | 3.700 | 100 | 370 | 60 | 150 | 2.500 | 60 | 150 | ||
His | ヒスチジン | 1 | 120 | 372 | 3.100 | 120 | 372 | 80 | 152 | 1.900 | 80 | 152 | ||
Gly | グリシン | 1 | 40 | 220 | 5.500 | 40 | 220 | 0 | 0 | − | 0 | 0 | ||
Met | メチオニン | 2 | 140 | 240 | 1.714 | 280 | 480 | 100 | 20 | 0.200 | 200 | 40 | ||
Ile | イソロイシン | 1 | 120 | 220 | 1.833 | 120 | 220 | 80 | 0 | 0.000 | 80 | 0 | ||
Leu | ロイシン | 2 | 110 | 220 | 2.000 | 220 | 440 | 70 | 0 | 0.000 | 140 | 0 | ||
Phe | フェニルアラニン | 1 | 180 | 235 | 1.306 | 180 | 235 | 140 | 15 | 0.107 | 140 | 15 | ||
計 | 10 | 1180 | 2747 | 2.328 | 780 | 547 | 0.701 |
※17β-エストラジオールでは,O=360,I=245で,I/O=0.681(環境ホルモンとして疑われている化合物の例参照)
※参考:PDBsumのLigand-SITE情報と有機性・無機性(値は特性基 R のものを利用)
参考図 有機概念図I/O値順表示による画像例 → eF-siteとProModeを見るために *
〈左〉1ereと同様に17β-estradiolを含むPDBデータ1aqu,〈右〉男性ホルモンtestosteroneを含む1afs(赤は水分子)