Webサイト「生活環境化学の部屋」主宰:本間善夫
※ マークのページは無料の分子モデル表示用プラグインChimeが必要です(ダウンロード方法,マニュアル参照)。
※記事と連動させるために,本ページ内の一部で機種依存文字の丸数字を用いていますがご容赦ください。
※各回の「記事を読むための参考Webページ・文献例」は他の回と一部重複する場合もあります。
●第1回:考え方(2003/09/15掲載)
●第2回:合成物質(2003/10/27掲載)
●第3回:緑の化学(2003/11/24掲載)
●第4回:偽ホルモン(2003/12/22掲載)
●第5回:シックハウス(2004/01/19掲載) → 別解説
●第6回:食の危機(2004/02/23掲載)
文部科学省が先月公表した高校3年生を対象とした教育課程実施状況調査(学力テスト)の結果から,理数科目での学力不足が話題になりました。図の@はそこで出た原子の構造についての問題と同様のものですが,電子・陽子・中性子の数の関係で電子数=陽子数(すべての原子で)という正解を書いたのが45.6%と半数に達しませんでした。
表1 1970年代以降に出現した主な新興感染症
●第7回:発がん(2004/03/22掲載)
新潟アルビレックスが昇格したJ1開幕や五輪予選突破など,サッカーの話題が盛り上がりを見せています。
★三大栄養素:タンパク質,脂質,糖質(炭水化物)
表1 米,牛肉,甘エビの栄養成分
●第8回:水俣病(2004/04/26掲載) → 加筆原稿
●第9回:温暖化(2004/05/17掲載)
表2 図25の数値データ(■は各都市での最大排出源)
●第10回:複合危機(2004/06/21掲載)
★ 夏至の日にデンキを消して、静かな夜を。「CO2削減・百万人の環」キャンペーン(環境省「環の暮らし」) ★
●第11回:危険と利益(2004/07/19掲載)
原子力資料情報室を創設するなど原子力問題に取り組まれた故・高木仁三郎さんの「市民科学者として生きる」(岩波新書)の中に,地球の放射能汚染の実態に触れた部分があります。
*1 高木仁三郎,「市民科学者として生きる」,pp.94-100,岩波新書(1999)
●第12回:誠実さ(2004/08/16掲載)
私が環境問題に関心を持ったのは,学生時代の講義で,アセスメント(評価)という語を聞いたのも一因です。もの作りが基本の工学部で,環境への配慮の必要性を教えられたのは新鮮な印象でした。最近は前回取り上げたリスク(危険)と組み合わせたリスクアセスメントという語が多用され環境省にもページがありますが,テクノロジーアセスメント(技術評価)という語が初めて公式に用いられたのは,1966年のアメリカ上院の科学・技術・開発庁委員会においてでした(岩波書店「現代科学技術と地球環境学」*1)。
*1 高橋裕・加藤三郎 編,「岩波講座・地球環境学1 現代科学技術と地球環境学」,p.199,岩波書店(1998)
*9 ナノチューブと五角形 にナノテクノロジーに関するリンク集掲載;なお,ナノテクノロジーで作られる物質が環境に悪影響を与える可能性も懸念されている → WIRED NEWS例1(2004/01/15)・2(2004/07/26)・3(2004/08/03)
■ 筆者サイトの環境問題等に関するコンテンツ例
■ 検索コーナー(サーチエンジンのGoogleによる)
第5回「シックハウス」(別解説 #) | 第6回「食の危機」 # | 第7回「発がん」 # | 第8回「水俣病」(別解説 #)
第9回「温暖化」 | 第10回「複合危機」 | 第11回「危険と利益」 | 第12回(最終回)「誠実さ」
# 紙面に載ったものと別原稿・カットを掲載
第12回で取り上げたサッカーボール分子フラーレン(C60)
生物の遺伝の仕組みを解き明かす出発点となったワトソンとクリックによるDNA(デオキシリボ核酸)の二重らせん構造発見から五十周年にあたる今年、ヒトゲノム(人間の遺伝子情報)の完全解読がなされました。その99%がチンパンジーと共通していると報告されましたが(解析・計算方法で値はかなり異なります)*1、残りの1%がいろいろな文化を発達させた人間を特徴付けるものなのかもしれません。
今世紀、私たち人間ばかりでなく、多くの生物をも苦しめている多様な環境問題を生み出してきたのも、その1%である可能性が大きいですし、その解決の責任を担っているのもその1%なのだといえます。
多くの生物は自分に必要なものを入手して危険なものを避ける仕組みを持っており、特に脳・神経系を高度に発達させた生物では「情報」を活用することでその仕組みを洗練させており、例えばサルが薬草を利用していることなども知られています。どのような時にどう(How)行動すべきかという側面は「知恵」という見方ができるでしょう。
ところが人間は、なぜ(Why)そのようなことが起こるかを解明した上で対処する「知識」とそれに必要な「技術」を蓄えてきました。薬に関して言えば、薬草から薬効成分を見つけ出してその働きを解明し、今では人工合成やコンピューターによる薬剤設計も実現しています。
例えば今年大きな問題となっている新型肺炎(重症急性呼吸器症候群=SARS)に対しても、コロナウイルスが原因であることやその遺伝子情報解読と公開、診断・治療方法に関する世界規模での情報共有や協力態勢など、数年前には考えられないスピードで対応が進められました。
また、そこにおいてインターネットやコンピューターによる計算科学なども大きな役割を果たしました。コンピューターもウィルスの存在を実証した顕微鏡も、人間だけが作り出すことのできた高度な道具で、脳・神経系を人工的に進歩させたものにあたり、それがなければ被害はもっと大きなものになっていた可能性があります。
現代において「知識」の中で大きな比重を占める「科学」の発達については、例えば地球が球体で太陽の周りを回っていることは今では小学生でも知っていますし、水がH2Oで二酸化炭素がCO2という分子というものでできていることは中学校で習うなど、本当に身近なものになっています。
冒頭のDNAは高校の実験でも取り上げられたりします。理科離れが話題になっていますが、以上のようなことを見出してきた科学の歴史を振り返ってみるととても興味深いものがあると思います。
それらのミクロからマクロまでの知識に基づいて、現在の複雑な環境問題の原因を体系的に整理してみることが、解決への前提として必要になるでしょう。図にその一例を示しました。これからこのシリーズで取り上げるいくつかの問題の全体像をまず概観してもらいたいからです。
なお階層図は大まかなもので、分子を構成する原子(放射能とも関連)以下、あるいは分子と細胞の中間に位置するウイルス(SARSや温暖化とも関連する西ナイルウイルスなど)は省いてあります。例えば、SARSは人体の呼吸器系に作用して場合によっては死に至り、細菌を攻撃対象とする抗生物質は本質的には役立たないことなどがこの図を用いて説明できます。
この連載で取り上げる個々の環境問題についても、前述のWhyの部分を明らかにした上で解決へのヒントを探っていきたいと考えています。
*1 2004/05/27の毎日新聞には,『遺伝子:チンパンジーとヒト、違い8割以上』とする理化学研究所などによる研究結果(理研プレスリリース)が紹介されました。
図1 環境問題の概観図(紙面掲載のものと若干異なります)
※参考:より詳しい概観図(旧版),“食の危機”についての概観図(講演で使用)
※放射線についてはDNA修復参照
【注】本稿の著作権は本間にありますが,記事と連携させる本ページの目的を明確にするために,掲載紙と協議した上で第1回原稿をWebに転載します。ただし,縦書きのものを横書きにするなど体裁等は一部異なりますのでご了承ください。
◆記事を読むための補足メモ
図2 物質世界の大きさくらべ
※参考:『分子は目には見えないけれど』
★ちょっと科学史(#印クリックでGoogleの日本語情報検索結果へ)
1665年 フックによる細胞の発見(フックの顕微鏡) #
1674年 レーウェンフックの単レンズ式顕微鏡 #
1803年 ドルトンの原子説 #
1811年 アボガドロの分子説 #
1827年 ブラウンがブラウン運動発見 #
1931年 ルスカによる電子顕微鏡の発明 #
1935年 スタンリーがタバコモザイクウイルスを結晶化 #
1970年 複数の研究者が電子顕微鏡で原子像撮影
◆参考Webページ
※参考:ニュース / 北里生命科学研究所 ゲノム情報学(ヒトとチンパンジーとの遺伝情報の違いはタンパク質レベルで約15%とする研究の紹介例)
※環境,ライフサイエンスなど
図3 カットと文中に登場した分子(大きさの比は正確です)
@水,A二酸化炭素,Bメタン,CDDT,Dディルドリン
※参考:上記画像を作成したChime版分子データ
【注】新潟日報掲載のタイトルが『合成化学物質』となっていたのは『合成物質』の間違いです。またカットの説明書きが欠落していましたのでお知らせいたします(2003/10/28の新潟日報に訂正記事が掲載されました)。
新潟日報掲載のカットの説明:身の回りの物質も生物も分子でできている。@水、A二酸化炭素、Bメタン、CDDT、Dディルドリン
なお,有機化合物とは炭素を骨格とした化合物の総称ですが(Bが代表例でC,Dも含まれる),炭素の酸化物(Aの二酸化炭素など)や金属の炭酸塩(炭酸カルシウムCaCO3など)等は除きます.
◆記事を読むための参考Webページ・文献例
※ソーダは炭酸ナトリウムあるいはナトリウム化合物の俗称です.
※坂本明雄,『産業ならびに暮らしを支えるソーダ工業』,化学と教育,2003年11号,pp.658-661
図4 埋設農薬の実態調査結果(農林水産省,2001/12/06)より作成した各都道府県の埋設量
※「国庫補助」・「その他」の総計;処分済・掘出保管分を除く
◎参考文献例:雑誌緊急特集『「無登録農薬」問題─現場からの視点』,現代農業,2002年12月号,農文協
図5 カットに掲載したグラフと記事中で取り上げた分子のトリクロロエチレン@とマイレックスA
※図3の分子モデルと異なった形式で表示
・ベンゾフェナップは2-[4-(2,4-ジクロロ-m-トルオイル)-1,3-ジメチル-5-ピラゾリルオキシ]-4-メチルアセトフェノンの別名
・DMAEMA:メタクリル酸2-(ジメチルアミノ)エチル,DMF:N,N-ジメチルホルムアミド
※●印の分子はPRTR/新潟県のデータから(平成14年度のデータ追加)でChime版モデル参照可能
※参考:上記画像を作成したChime版分子データ(図3のDディルドリンも含む)
図6 図5で2位のトリクロロエチレンの大気中濃度マップ
※製品評価技術基盤機構/PRTR大気中濃度マップの表示画面例
(他に,トルエン,キシレン,ジクロロメタン,テトラクロロエチレン,ホルムアルデヒド,エチレングリコール,DMF,p-ジクロロベンゼンのデータ掲載)
2 原料はなるべく無駄にしない形の合成をする。
3 人体と環境に害の少ない反応物・生成物にする。
4 機能が同じなら、毒性のなるべく小さい物質をつくる。
5 補助物質はなるべく減らし、使うにしても無害なものを。
6 環境と経費への負荷を考え、省エネを心がける。
7 原料は、枯渇性資源ではなく再生可能な資源から得る。
8 途中の修飾反応はできるだけ避ける。
9 できるかぎり触媒反応を目指す。
10 使用後に環境中で分解するような製品を目指す。
11 プロセス計測を導入する。
12 化学事故につながりにくい物質を使う。
◆記事を読むための参考Webページ・文献例
※ケミストリーカードゲームはPRTRの学習向け
※トルエン,トリクロロエチレン,ジクロロメタン,N,N-ジメチルホルムアミドなど(筆者ページからもリンク)
※現在知られている化合物数の最新値(化学情報協会のCAS登録番号の調べ方参照)
【PRTRについて補足】本連載も第3回になりました.ここで今回の内容に関係する筆者のサイトのコンテンツを少し紹介させていただきます.筆者の研究室では従来から学生の協力を得ながら環境問題に関係する多くの情報を発信しており,例えばPRTRについても本年度の情報関係の演習科目で,受講者に図5に登場する分子モデルを組み立ててもらったり,PRTR啓蒙のためのポスターを製作してもらったりしています.以下をご参照くだされば幸いです.
Webページ → 作例1 | 作例2 | 作例3 | 作例4 | 作例5
図7 女性ホルモン受容体(タンパク質)の例と「鍵と鍵穴」のイメージ
図8 想定されている環境ホルモン作用の例
図9 コンピュータによる環境ホルモン研究例(経済産業省資料で検討)で標的として用いられた女性ホルモン受容体構造例の画像
※下段青字がPDB ID,紫文字が当初のリガンド(「鍵」に相当) → 詳細 (PDBデータのリガンド結合部位 の参考教材3・4も参照)
※PDB(Protein Data Bank)には,世界中の研究者が解明したタンパク質など生体高分子の立体構造が蓄積されており,人類の共有財産となっている
→ 大阪大学蛋白質研究所・蛋白質立体構造データベース(国内サイト),PDB部分データによるコンテンツ集 参照
図10 女性ホルモンの例である17β-エストラジオールと合成ホルモンのジエチルスチルベストロール(DES)の立体構造の類似性
→ エストラジオールとDES
※DESは流産防止薬としてアメリカなどで利用され,生まれた子どもの生殖器官等に異常が多発して1971年に使用禁止
◆記事を読むための参考Webページ・文献例
図11 シックハウスが起こるイメージ図
《 新潟日報掲載のカットのデータを提供していただいて転載しました 》
図12 左からホルムアルデヒド,トルエン,クロルピリホス(有機リン系防蟻剤の例)
→ 化学物質過敏症情報
◆記事を読むための参考Webページ・文献例
(有機化合物・有機化学を学んだ人へ → 別解説)
図13 有機概念図で見るシックハウス・化学物質過敏症の原因物質
物質は分子でできていて(連載第1回),その分子は原子が集まってできています。そしてそれぞれは+(陽子)と−(電子)は引き合い,+と+,−と−は反発するという関係で,結びついたりそうでなかったりします(これは,磁石ではNとSが引き合い,同符号同士が反発するのと同様です。また原子核の中で+の陽子が反発せずに集まっていることについては今後原子力のところで取り上げます)。つまり物質の成り立ちとその相互作用を考えるには,電気力(正確には電磁気力)だけでいいのです。
以前偽ホルモン(第4回)の説明で用いた「鍵と鍵穴」の関係で,鍵・鍵穴の凹凸に相当するのは,分子の部分部分で,+または−に偏っていたり(これは異なった原子が結びついた時に外側を回っている電子の動き方にむらがあるため),あるいは偏りがなかったりすることなのです。生物の世界はこの共通ルールで成立しています。遺伝のしくみが同じだったり(後述のようにウイルスなどが他の生物に寄生して増えることが可能なのも),あるいは生物間の食い食われる関係でお互いの構成分子を融通し合えたりできるのも(例えば三大栄養素のタンパク質・糖質・脂質),このルールのためと言えるでしょう。
以上のことをもとにして,今私たちの食生活を脅かしている鳥インフルエンザやBSEのことを考えてみましょう。
SARS(第1回)と鳥インフルエンザの原因はウイルスです。動物のウイルスが人に,そしてさらに人から人に感染するかどうかが問題になります。通常は同じ種あるいは限られた種の間では感染してそれ以外の種には感染しないのに,時にはその種の壁を越えることがあります。
自力では増殖できないウイルスは,他の生物の細胞に取りついてその増殖期能を利用して増え,その細胞を壊して飛び出して次の細胞に襲いかかることで害をもたらします。カットAのインフルエンザウイルスの場合で説明すると,攻撃する生物の細胞を見極めるセンサーなどの役目をするのがヘマグルチニン(HA)とノイラミニダーゼ(NA)というタンパク質で,それぞれにはいくつかのタイプがあって番号で区別され,それが今回の鳥インフルエンザのH5N1というサブタイプ名の由来になります。サブタイプが異なるとワクチンや薬が効かないので,感染力の強い新種の登場が恐れられています。
ある生物(鳥など)にしか感染しないウイルスが,増えていく間に突然変異を起こして他の生物間(人→人)での感染力を持つようになることが心配されているのが今の状況です。
これらの感染も,最初に述べた原子・分子の+と−の関係で引き起こされます。カットBは,あるウイルスのHA分子の部分構造(別方向から見た2例)で,個々の球が原子です。Aの棒のような構造ですが,先端のセンサー部分に入り込んで細胞に取りつけないようにするのが抗ウイルス薬で,これも鍵と鍵穴の関係です。
ウイルスの大きさからそれを通さないマスクを利用したり,熱や手洗いでその構造の一部を壊したりできれば感染を防げることになります。
次に牛のBSEは細菌やウイルスでなく単なるタンパク質(異常プリオン)で,これが人体に入って脳に達した場合,もともとある正常なプリオンが異常型に変化して集合してしまい(分子間の結びつきが強くて壊れにくい),脳の働きを阻害すると推測されています。ただしその詳しい過程は未解明で,個人差もあって発症する確率は低いと考えられています。
家畜*という人為的なシステムで私たちの食生活は豊かになりましたが,せまい場所での過剰飼育や,BSE発生原因とされる肉骨粉の利用など,本来の生命システムが採用していない手法が,食の問題につながっているようにも思えます。日本の食料自給率を高めることも求められており,地産地消やスローフードという語も注目されています。なお,筆者サイトには県内の家庭科の先生方が作られた新潟県の郷土料理データ集(旧版)も置いていますので是非ご参照を。
また「食と農の戦後史」(日本経済新聞社,1996年発行)の帯には,『飢えから飽食への50年』と書かれており,コシヒカリの誕生や外食産業の興盛など幅広く辿ることができ,いろいろ考えさせられます。各人が自分の食生活の変遷を振り返って見るのも大事なのかもしれません。
* 人間自身の“自己家畜化”も,現代社会を考える上での重要なキーワードとなっている。例えば以下の文献等を参照。
図14 原子の構造例とインフルエンザウイルスの構造(図14〜16については鳥インフルエンザ情報 )
@ある原子の構造:生体分子のかたちの不思議参照
※参考:平成14年度高等学校教育課程実施状況調査,科目別分析状況(中間整理)・化学IB
Aインフルエンザウイルスの構造;サブタイプ『H?N?』を決めるのがヘマグルチニン(HA)とノイラミニダーゼ(NA)
※2004年の鳥インフルエンザはH5N1,1918年のスペイン風邪はH1N1
※インフルエンザウイルス Q&A−特徴と性状−(東京都立衛生研究所)などを参考に作図
※参考:Googleイメージ検索による“haemagglutinin OR hemagglutinin”検索結果,同“neuraminidase”
Bヘマグルチニン分子の3本鎖の例(1kenのChain A-F;異なった方向から見た2例)
※「分子レベルで見た薬の働き」(平山令明,講談社ブルーバックス),pp.198-209参照
図15 シアル酸と抗インフルエンザウイルス薬のザナミビル(プラグ薬の例);親油ポテンシャル表示
※「別冊日経サイエンス143 世界を脅かす感染症とどう闘うか」,p.51参照
図16 ザナミビルを含むPDBデータ1a4gのChain A → 新しい風邪薬・インフルエンザ治療薬
※以下の文献から主要部分を抜粋して加筆
◎竹田美文・岡部信彦,「SARSは何を警告しているのか」,岩波ブックレット(2003)
年
病原微生物
種類
疾病
1973
ロタウイルス
ウイルス
小児の下痢
1977
エボラウイルス
ウイルス
エボラ出血熱
1977
Legionella pneumophila
細菌
レジオネラ症(在郷軍人病)
1977
ハンタウイルス
ウイルス
腎症候性出血熱
1980
HTLV-1
ウイルス
成人T細胞白血病
1982
病原性大腸菌O157:H7
細菌
出血性大腸炎,溶血性尿毒症症侯群
1983
HIV
ウイルス
エイズ
1983
Helicobacter pylori
細菌
胃潰瘍
1988
E型肝炎ウイルス
ウイルス
E型肝炎
1989
C型肝炎ウイルス
ウイルス
C型肝炎
1992
Vibrio cholerae O139
細菌
コレラ
1996
牛海綿状脳症プリオン
プリオン(タンパク質)→ 参考ページ
変異型クロイツフェルト・ヤコブ病
1997
トリ型インフルエンザウイルス〔香港〕
ウイルス〔H5N1型〕
インフルエンザ
1998
ニパウイルス
ウイルス
脳炎
2002
SARSコロナウイルス
ウイルス
肺炎
2004
トリ型インフルエンザウイルス〔アジアなど世界各地〕
ウイルス〔H5N1型ほか〕
インフルエンザ
◆記事を読むための参考Webページ・文献例
[TOPIC] 同情報などの掲載について,「暮らしとパソコン」2004年3月号の特集『ホームページの道案内/今、そこにある危機に備える』に紹介記事
★新聞掲載のカットの元データ(国立がんセンター)
これまで主に取り上げてきた人工化学物質の問題を考える時,生物の世界をスポーツのゲームに例えてみるとわかりやすいかも知れません。いろいろな生物が食い食われる関係は,地球型生物の共通の約束事で成り立っていて,これはスポーツにルールがないと試合が成り立たないことと似ています。利用する栄養物などの分子も共通で(例えば下図19・20,表2参照),ユニホームやボールなどの使う道具が決まっていることに当てはまります。生物の世界でも時々新しい物質が出現して他の生物もそれに対応を迫られる場合がありますが,これはルールが変更になったり新しいスポーツが誕生するのと似通っています。例えば蜂やフグなど毒をもった生物が出てきても,必ずそれに対抗する生物が現れたりします(人間はフグの卵巣を粕漬けで無毒化して食べてしまうのですからすごいものです。なおこの時も微生物の力にお世話になっています)。動植物の多様な化学戦略を解説した「ヘッピリムシの屁」(青土社)というユニークな本もあります。今問題の鳥インフルエンザも,ウイルスが寄生相手の細胞のルールを勝手に利用できるのがこわいところです。
神経系や遺伝など生体内では情報も重要ですが,監督・キャプテンの指示やサポーターの応援が大事なのと同様です。「細胞の生死を制御する」というWebページには,“細胞が生存するには「生きろ」という命令を他の細胞から受けることが必要”という記述もあり,生命はもともと周囲の助けがなくては生きて行けない存在なのでしょう。
それでは,サッカーでその応援席からフーリガンが発炎筒をグラウンドに投げ込むように,ルールに無いものを生物世界に投じたらどうなるでしょう。試合継続に支障が出てしまいます。生物にとって毒性のある化学物質とはそのようなものとも見ることができるでしょう。もちろん医薬など,人や動物に欠かせない化学物質もあるのは以前書いた通りです。
さて,今回のテーマであるがんは,人体内で多くの細胞が行っているゲーム(善玉菌・悪玉菌なども入り混じって)の中でレッドカード的な反則で,大事な細胞を負傷させてしまうようなことに相当するでしょうか。反則行為をするのががん細胞で,困ったことにサッカーと違って退場させることができずに,どんどん増えてしまって個体そのものを死に至らしめる場合があるのですから大問題です。日本人の死亡原因の第一位は現在がんになっています。
がんは遺伝的要因と環境要因が重なって起こるとされます。紫外線・放射線・温度変化・化学物質(天然物も含む)・活性酸素種(通常の代謝活動によって副次的に発生)などのストレスによって,がん遺伝子やがん抑制遺伝子など複数の遺伝子が変化するためであることがわかってきています(カット参照)。また最近は精神的ストレスの影響についても研究されています。
発がん性の化学物質については,第3回で取り上げたPRTR関連のデータベースでも一部確認できるほか,最近は発がん性確認試験がまだなされていない新規化合物についても計算化学で予測する試みもなされています。例えば産業技術総合研究所の化学物質安全性データベース(発ガン性・生分解性予測プログラム)では,ニューラルネットワークという手法を用いています(論文例参照)。また,第5回別版で紹介した有機概念図という手法でも,発がん性化合物についての計算例を示しています。
がん発症のしくみ解明だけでなく,検査や治療方法,あるいは末期の痛みを和らげる技術などもどんどん進歩していますが,こわい病気には違いなく,その予防が重視されています。よく引用される「がんを防ぐための12ヵ条」(国立がんセンター資料)を簡単にまとめてみましょう。
◎毎日変化をもたせた栄養素のバランスがとれた食事をし,脂肪・塩辛いものの取りすぎや焦げた部分・カビの生えたものに注意する。
◎酒は適量を守り,タバコは吸わない。
◎過度に日を浴びず,過剰な運動も避ける。清潔にも留意。
前に述べた体内のゲームがルール通り円滑に進むようにすることが大事で,これは多少のぶつかり合いでは倒れない強い選手を育てることと同じでしょう。
なお,がんの治療が難しいのは,がん細胞といえども正常細胞とほぼ同じルールで活動しているので,それを攻撃すると正常細胞まで傷つけられてしまって重大な副作用が出てしまうためです。
また,ウイルスが発がんに関与する場合があることもわかってきました。
発がん性人工化学物質の環境中における濃度増加による負荷や,フロン放出によるオゾン層破壊で増加した紫外線による皮膚がんの増加など(図21参照),人間の営みが野生生物の遺伝子にまで悪影響を及ぼしていることは,共存世界の中で大変なルール違反になるでしょう。人間だけでなく全生物のDNAは個体ごとに全部異なり,貴重な財産です(例えば,「ヒトゲノムと人権に関する世界宣言」参照)。それを尊重せず,悪影響を次世代にまで及ぼしてしまうことは,サッカー場のグラウンドの芝生を台無しにして次のゲームができなくさせてしまっていることに相当します。
ビッグスワンの試合後の後始末のように,行政・企業・個人とも身近なところから環境問題への取り組みを進め,これまでに生物世界から出されたレッドカードの責任を取るべきでしょう。
図19 分子で見る食の世界の共通ルール(代表的な生体分子)
DNA(遺伝情報・設計図),タンパク質,リン脂質,グルコース,ATP(“エネルギーの貨幣”)
※参考:生体分子の構成元素
★肥料の三要素:N(窒素),P(リン),K(カリウム)
※食品成分データベースより(可食部100g当たりに含まれる成分)
米:穀類/こめ/[水稲めし]/精白米,牛肉:肉類/うし/[乳用肥育牛肉]/もも/皮下脂肪なし・焼き,甘エビ:魚介類/(えび類)/あまえび/生
成分
米
牛肉
甘エビ
廃棄率(%)
0
0
65.0
エネルギー(kcal)
168
245
87
〃(kJ)
703
1025
364
水分(g)
60.0
56.9
78.2
タンパク質(g)
2.5
28.0
19.8
脂質(g)
0.3
13.2
0.3
炭水化物(g)
37.1
0.6
0.1
灰分(g)
0.1
1.3
1.6
無機質
ナトリウム(mg)
1
65
300
カリウム(mg)
29
430
310
カルシウム(mg)
3
5
50
マグネシウム(mg)
7
28
42
リン(mg)
34
230
240
鉄(mg)
0.1
1.7
0.1
亜鉛(mg)
0.6
6.4
1
銅(mg)
0.1
0.11
0.44
マンガン(mg)
0.35
0.02
0.02
ビタミン
A/レチノール(μg)
0
0
3
A/カロテン(μg)
0
0
0
A/レチノール当量(μg)
0
0
3
D(μg)
0
0
0
E(mg)
0
0.2
3.4
K(μg)
0
6
0
B1(mg)
0.02
0.1
0.02
B2(mg)
0.01
0.27
0.03
ナイアシン(mg)
0.2
7.6
1.1
B6(mg)
0.02
0.39
0.04
B12(μg)
0
1.9
2.4
葉酸(μg)
3
12
25
パントテン酸(mg)
0.25
1.08
0.21
C(mg)
0
1
0
脂肪酸
飽 和(g)
0.1
3.03
0.03
一価不飽和(g)
0.07
4.08
0.05
多価不飽和(g)
0.1
0.39
0.06
コレステロール(mg)
0
87
130
食物繊維
水溶性(g)
0
0
0
不溶性(g)
0.3
0
0
総 量(g)
0.3
0
0
食塩相当量(g)
0
0.2
0.8
重量変化率(%)
220
71
※ビタミンについては水溶性ビタミンと脂溶性ビタミン 参照
図20 致死性天然毒の例であるフグ毒テトロドトキシン(分子モデル )の作用機序
※参考:猛毒!フグの卵巣の糠漬けのお話(フジテレビ商品研究所)
※参考:ウィリアム・アゴスタ 著,長野敬 訳,「ヘッピリムシの屁」,青土社(1997)
図21 発がん性物質(中央)が入り込んだDNAの例 紫外線で構造変化したDNAの例(より詳しくはこちら )
※左図の発がん性物質は自動車の排気ガスなどに含まれるベンゾ[a]ピレン(ベンツピレン)が体内で化学変化したもの
◆記事を読むための参考Webページ・文献例
図22 「環境と人間のふれあい館(新潟水俣病資料館)」Webページと塩化メチル水銀分子(水銀と炭素が結合した有機水銀化合物)
※新聞では同館の写真をカットとしました。
◆記事を読むための参考Webページ・文献例(加筆原稿に随時追加)
【注】記事中では2001年度の温室効果ガス排出量を取り上げましたが,2004/05/18に2002年度(環境省資料),2005/05/26には2003年度のデータ(環境省資料)が公開され,引き続いて排出量が増加していることがわかりました。以下の図24は2003年度に更新しましたが,2002年度の図24は近々修正します。
温室効果ガス:増加の一途 03年度は90年比8.3%増(毎日新聞,2005/05/26)
図23 国内における二酸化炭素の部門別排出量(2002年度;近く2003年度に更新)
総排出量(CO2のみ):1900年度=11億2,230万トン,2001年度=12億1,380万トン,2002年度=12億4,760万トン,2003年度=12億5.943万トン
排出量データ引用:我が国の温室効果ガス排出量(環境省),温室効果ガス排出量・吸収量データベース(国立環境研究所)
※新聞では2001年度資料の図3をカットとしました。
図24 温室効果ガス総排出量の推移とその分子モデル(温室効果ガス ) [UPDATE!]
排出量データ引用:我が国の温室効果ガス排出量(環境省),温室効果ガス排出量・吸収量データベース(国立環境研究所)
図25 1人当たりのC02排出量による都市類型(1993-97年の平均)
※データ引用:石井孝明,「京都議定書は実現できるのか CO2規制社会のゆくえ」,p.111,平凡社新書(2004)
(オリジナルデータは東北芸術工科大学環境デザイン学科助教授・三浦秀一氏による)
※上記文献では各類型とも3都市ずつピックアップ,計は筆者計算
区分/代表都市例
照明
コンセント給湯
コンロ暖房
冷房
自家用車
公共交通
計
A類型/山口市
全用途中自家用車が最大の都市369
343
252
31
635
34
1664
B類型/金沢市
照明コンセントに次いで自家用車が多い都市415
371
332
23
399
38
1578
C類型/福島市
A,B類型以外で暖房よりも自家用車のほうが多い都市376
449
314
11
381
35
1566
D類型/新潟市
自家用車より暖房のほうが多い都市393
391
446
20
401
51
1702
E類型/東京区部
自家用車が冷房に次いで少ない都市401
311
184
36
134
62
1128
◆記事を読むための参考Webページ・文献例
※温暖化関連情報をキーワード検索する時は,“温暖化”に加えて,“温室効果”,“シミュレーション”,“気候システム”,“モデル”(気象モデル,大循環モデルなど),“計算”,“観測”,“衛星”,“太陽エネルギー”,“日射量”,“アルベド”,“エアロゾル”,“IPCC”,“税”(温暖化対策税,炭素税),“取引”(排出権取引)などを適宜加えるとよい.
図26 複雑に関係する環境問題(平成2年版環境白書より転載)
※「岩波講座・地球環境学1 現代科学技術と地球環境学」にも同じ図収録。
※新聞では同図をリライトして掲載しました。
図27 電気は本当に足りないのだろうか? ─宇宙から見た夜の地球─(NASA,2000/11/27;2002/08/11)
★ 1000000人のキャンドルナイト ★
★ ライトダウン・2004 -ブラックイルミネーション-(新潟県) ★
★ 熱っちぃ地球を冷ますんだっ。(モーニング娘。文化祭) ★
携帯電話用画像データ(STOP!温暖化/携帯版入り口)
〔左〕削減対象ガス(iモード版,J-SKY/EZ-WEB版)
〔右〕危うし京都議定書(iモード版,J-SKY/EZ-WEB版) [UPDATE!]
図28 紫外線によって生成するチミンダイマーの例(DNAの脆弱性と強靭性 )。→が正常なチミン,→が二量化体。塩基はATGCで色分け。
※参考:電磁波(光)の波長とエネルギー,太陽光の放射エネルギースペクトル,紫外線(UV)によるチミン二量体の生成,UVカット商品の例
※参考:発ガンの仕組み(Chem-Station)
◆記事を読むための参考Webページ・文献例(温暖化については第9回のデータ・文献等参照)
核化学の研究に携わっていた時に,低レベルの放射能を測定する装置を作ることになり,天然放射能の影響をさえぎるための鉄材を探したところ,核実験による人工放射能を含んだものばかりでした。そこで,放射能汚染のない時代の鉄として,太平洋戦争時に沈められた戦艦「陸奥」をサルベージしたものを入手したという話です*1,2。
つまり,これまでに多くの国で繰り返された核実験や原子炉の事故などにより,地球上いたるところで核汚染が進み,これは人工化学物質による汚染と同じように,生物世界全体への負荷となっているのです。
原子核反応は私たちが暮らしている地球上ではほとんど起こらず(太陽のエネルギーは核反応によります),濃縮ウランなどを用い核弾頭や原子炉内など特殊な条件下で人為的に起こすしかありません。
原子の中の原子核は安定で,それを壊してエネルギーを得るということは,連載第2回で述べた石油と同じように,隠されていたものを人間の都合で利用しているという点で共通とみなすこともできます。
核反応の最中や核廃棄物からは長い長い時間にわたって目に見えない有害な放射線(α線,β線,γ線,中性子線など)が出ます。私自身,ある医療技術短期大学で放射化学実験の手伝いをしたことがあり,専門家が極めて微量の放射性物質でも慎重に扱うこと,こぼした場合や室内の汚染空気などもきちんと回収することを学びました。
原子力発電所の放射性廃棄物からは核兵器や劣化ウラン兵器なども作れるため*3,その処分方法や管理はとても難しい問題です。核燃料を再処理・再利用する核燃料サイクルと地中に埋める直接処分が考えられていますが,そのコスト比較計算の結果が隠されていたことが最近分かり*4,東京電力原発トラブル隠し*5に続いて,信頼を損なう事態になっています。
今電気エネルギーの恩恵を受けている私たちは,後代の人たちに核廃棄物という負の遺産だけを押しつけてしまうことを考えなくてはなりません。まずは電気や資源の無駄遣いをやめることでその遺産を減らすことができるのです。
環境問題や社会問題のキーワードに「リスク(危険)とベネフィット(利益)」があります。原発の例では地球核汚染と電気エネルギーになります。化学物質による生活環境の改善と汚染,医薬における治療効果と副作用など,そのバランスを考慮する必要性を述べたもので,リスクを減らす努力をする一方,リスクが大き過ぎる場合は利益を我慢することも求められます。
科学技術の恩恵は計り知れないものの,その負の側面に目を向けて利用する必要があるでしょう。先月,2003年度の科学技術白書には科学技術の「負の遺産」について始めて盛り込むことが決まりました(文部科学省「平成15年度 科学技術の振興に関する年次報告」参照)*6。
科学技術と社会の関係を専門家や行政だけでなく,私たち一人ひとりが考えて判断し行動していくことが求められているのです。また科学者の社会的役割にも触れられています。
「現代思想としての環境問題」(中公新書)*7などの著書がある佐倉統さんがリビング・サイエンス*8の必要性を述べています。科学技術白書の内容と重なる部分もあるので,同氏のウェブサイトに掲載されていた5つの宣言を最後に記しておきましょう。
その1 生活者自身のために科学知識を再編集<カスタマイズ>する方法論をさぐろう
その2 生活者自身のための科学・技術のあり方を問いなおそう
その3 学問の垣根をこえたアプローチをしよう
その4 科学の専門家と市民のネットワークを確立しよう
その5 楽しいサイエンスの学び方を探っていこう
*2 Webにもそのことは多数紹介されている。例として;放射能Q&A(長崎大学医学部)
*3 村上春樹さんの小説「海辺のカフカ」(新潮社,2002)の中で,登場人物がロシアの作家アンソニー・チェーホフの言葉として『もし物語の中に拳銃が出てきたら,それは発射されなくてはならない』と語っている。筆者はこれを読んだ時,世界中の核兵器のことを思い出してしまった。関連で,「水俣病」中の広島原爆についての記述参照。
*4 例えば,クローズアップ2004:核燃料サイクル試算隠し “配慮”求めた業界(毎日新聞,2004/07/11)
*5 例えば,特集・原発トラブル隠し(新潟日報)
*6 例えば,科学技術白書:閣議了承 「負の遺産」の現状を初指摘(毎日新聞,2004/06/04)
*7 佐倉統助教授インタビュー参照。
*8 リビングサイエンスについては,2004/07/10放映のNHK教育テレビ「サイエンスZERO」に佐倉統さんがコメンテーターとして出演された時にも言及していました。
図29 原発の「リスク(危険)とベネフィット(利益)」
※新聞では同図をリライトしたものを掲載しました。
◆記事を読むための参考Webページ・文献例
できたばかりの語を紹介してくれた先生に感謝する一方,アセスメント手法の確立は難しく,なかなか定着しないうちに次々と環境問題が広がってしまっていることにはいらだちを覚えます。
連載第1回にWhyという語で,科学は過去の経験の積み重ねを踏まえて危険を避けるのも役割であると述べましたけれど,新しい事柄に対しては無力で,ことが起こった後でしか分析・評価ができない場合もあり,水俣病(第8回)ではそれさえも難しい場合があることを示しました。
例えば,新しい化学物質については既知の毒性でしか試験ができない上に*2,化学物質過敏症(第4回)など発病の仕組みや因果関係がわかっていない場合は規制できる法律もないことから,最悪の可能性を考慮してその利用を制限する予防原則という考え方も必要になってきます。その場合は胎児や野生生物など弱者への配慮も欠かせません。
DNAの二重らせん構造(第1回)を発見した2人のうち,クリック博士が先日亡くなりました*3。「ヒトゲノムと人権に関する世界宣言」(1997年ユネスコ総会)には,「何人も、その遺伝的特徴の如何を問わず、その尊厳と人権を尊重される権利を有する」*4という条文があります。化学物質,紫外線,放射線など,個体ごとに異なる貴重なDNAを傷つける*5原因を増やす行為は,人間に対してばかりでなく,私たちと共生している他の生物のDNAを尊重する意味でもやめなければなりません。
国産トキの絶滅(第2回)など取り返しのつかないことを続けてきていながら,絶滅の恐れのある生物の遺伝子バンクを作ろうという計画がイギリスで出てきているのは*6,必要性を感じる反面,本末転倒というか科学のおごりのような気もしてしまいます。
カットは,中西準子さんの「水の環境戦略」(岩波新書)*7に出ていた図の座標だけお借りして,環境問題のキーワードを勝手に書き込んだものです。環境保全と経済活動を両立させる@の分野を発展させつつ,環境改善のために個々人が時間と労力を少しずつ提供していくCのような活動も大事になっています。有害物質を含むものやゴミになるものを買わない,あるいはゴミをていねいに分別するなどできるところから始めたいものです*8。
ナノテクノロジー*9で重要な物質の一つであるサッカーボール型のフラーレン分子*10の名前のもとになった建築家・思想家のフラーは,世界が直面する重大な脅威として,核兵器・環境汚染・誠実さの欠如(nuclear weapons,pollution,lack of integrity) ─ の3つをあげました(「美術手帖」1988年7月号*11)。あるいはこの3番目こそ最大の脅威かも知れず,環境問題の解決にも誠実さを取り戻すことが欠かせないでしょう。
さて,この連載も今回で終わりです。化学物質名やリスクなど毎回難しい語も出しましたが,冒頭に書いたように1つの言葉を知ってこだわり続けることは,自分の世界が広がることにつながると信じているからです*12。
幸いなことに今はインターネットがどんな言葉についても教えてくれます。本連載は活字と電子情報を組み合わせて利用してもらう実験の一つとも考えていました。連載は終わっても,ウェブ上では新しい情報を発信し続けるつもりです*13。愛読に感謝すると同時に,引き続きそちらをご利用いただければありがたく思います。
*2 既存化学物質でも毒性評価が変わることも多く,例えばシックハウス(第5回)で取り上げたホルムアルデヒドは最近になって発がん性が認定された;国際がん研究機関がホルムアルデヒドの発がん性分類を変更(住まいの科学情報センター,2004/08/02),発がん性物質:ホルムアルデヒドを認定 WHO(毎日,2004/08/07)など参照
*3 例えば,訃報:フランシス・クリックさん 88歳 死去=博士(毎日新聞,2004/07/30);DNAについては今週の分子No.19 など参照
*4 例えばDNAが一ヶ所だけ違ってヘモグロビンタンパク質(分子モデル )のアミノ酸が一個異なることによる鎌形赤血球症は,酸素運搬能が低いために貧血症になるが(eProts情報/ヘモグロビンS参照),その一方マラリアにかかりにくいという利点を持っていることはよく知られている。また,同じものを食べてもアレルギーになる人とならない人がいるのも,あるストレスに対してすべての個体がまったく同じダメージを受けてしまっては,その種は維持できないことからすれば得心できる面もある。遺伝的な要因で重い病になってしまうのは当事者にとって本当につらいことであるけれど,他の人間は以上のことも念頭に置いた上で助け合う必要があるだろう。ただし,そのような科学的な発想がなくとも,困っている人に自然に手を差し延べられる人がたくさんいるのも紛れもない事実である。第7回で触れた,“細胞が生存するには「生きろ」という命令を他の細胞から受けることが必要”(「細胞の生死を制御する」)という知見は極めて重要である。文献としては以下などを参考にしたい。
・森岡正博,「生命学に何ができるか」,勁草書房(2001)
・駒沢伸泰,「遺伝子の宿題 医学生が学んだ生命の不思議」,PHP研究所(2004)
*5 例えば,DNAの脆弱性と強靭性
*6 現代版「ノアの箱舟」、絶滅危機のDNA保存へ 英機関(朝日新聞,2004/07/28)
*7 中西準子,「水の環境戦略」,p.9,岩波新書(1994);同書ではまったく異なった解説がなされており,例えばBは“環境を破壊し,経済的な損失を招く行為であるから,これはありえない”とあるが(著者の出版当時の考えとして),戦争やテロはまさにこの範囲に入るであろう。
*8 ゴミ問題に関しては連載であまり詳しく触れなかったが,モノは作られた以上。生産→流通→販売→消費の何れかで最後は廃棄されることをまず念頭に置く必要がある。例えばスーパーやコンビニの買い物袋も利用者が多い限りは一定の生産量が維持されてその経路のどこかで必ず廃棄される。リサイクルという次善の策ではなく根本的に解決するには,利用者が大幅に減って,生産しても意味がないという状況に至らしめるしかない。つまり,消費→販売→流通→生産というフィードバックによって不要な(あるいは過剰な)製品の生産抑制,環境に留意した商品の増加に結びつかせることが初めて可能になる(これはカットのキーワード“ITによる適時適量生産”とも関連;生産・廃棄レベルで“情報”をきちんと活用することは,生物のシステムに見習うことでもある)。このことを,家庭・職場レベル,地域レベル,国レベルで積み重ねていくことが求められているのではないだろうか。また,今年の悲慘な7.13水害でも大量のゴミの処分が問題となったが,これは第10回で触れたように,資源・エネルギーがあっても不要なモノを捨てられなければシステムは維持できないという一例であって,あらゆる事態を想定して“廃棄”という問題を総合的に考える必要性を示唆していると捉えるべきである。その際,資源と同じように廃棄物の“流通”もグローバル化していることも,もちろん考慮しなければならない。
図30 我が家にゴミを入れない,新潟県にゴミを入れない,日本にゴミを入れない,……
※参考:我が国の物質収支(環境省「平成13年版 循環白書」)
※Googleによる検索例:ゴミ OR ごみ エントロピー | マテリアルフロー | NIMBY(イメージ検索)
*10 フラーレン分子
*11 雑誌特集『バックミンスター・フラー デザインサイエンス革命』,p.25,美術手帖1988年7月号;現代のレオナルド・ダ・ヴィンチともよばれたバックミンスター・フラー(1895-1983,Google検索結果)は,多面体建築で有名であるほか,地球環境をシミュレーションするワールド・ゲーム(World Game)を考案するなど,環境問題にも大きな関心を寄せた。著書に「宇宙船地球号操縦マニュアル」,「バックミンスター・フラーの宇宙学校」,「テトスクロール」など。右の雑誌表紙は,有名なDymaxion map(Googleイメージ検索結果,アニメーションのある紹介サイト例)。
*12 他の私的な例として,大学時代の先輩に科学史について聞いたことが,前回紹介した“科学・技術と社会”に関心を持つようになったことと無関係ではないと思っている。
*13 本サイトで公開しているテーマ別資料・最新情報は環境問題等に関するコンテンツ例でご参照ください。
図31 環境キーワード(背景はフラーレン分子 ;球は炭素原子)
※キーワードの位置は概念的なもので,同じキーワードでも異なる位置になる場合があることに注意。
※新聞では同図をリライトしたものを掲載しました。
◆記事を読むための参考Webページ・文献例 ※上図のキーワード関連情報を含め今後も追記します
※上記記事中にも適宜上げてあります(印ページは無料の分子モデル表示用ソフトChimeが必要)
※任意のキーワードについて,Web全体だけでなく,国内の大学関係(ac.jp)・省庁関係(go.jp)・筆者サイト(www.ecosci.jp)の何れかに絞り込んだ検索が可能です。また,Googleイメージ検索も便利ですのでご活用ください。
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