●本稿は科学技術社会論学会第1回年次研究大会(2002/11/17,東京大学駒場キャンパス)における発表に加筆したもので,多少情報が古くなってしまいましたが,今後さらに新しい論考を発表する前段として公開いたします。なお,引用文献の表記に合わせるために一部機種依存文字の丸数字を用いています。


インターネットを利用した環境問題情報流通の実践とその分析(2003年時点の分析)

《 2006/07/21公開;筆者Webサイト開設10周年の10日前に 》

   The rapid spread of the Internet has made it an increasingly important means for people to obtain information pertaining to science and technology. However,as there are instances where some information on the Web is unreliable,plus there is excessive duplication,plagiarism and false information,many difficulties arise in learning how to fully utilize the Internet. The advantage of the Internet,which unlike most other media may be accessed at any time,may become a liability due to the distribution of erroneous information. It has thus become more important than ever to cooperate to improve the information available through the transmission of high-quality data by experts and by guiding users to easily find helpful information.
   In this document,an analysis of the positioning of information on the Internet is undertaken to bring about a "secure and safe life" based on Honma's more than six years' experience in the management of Web pages. The aim is to ensure the effective distribution of information on various environmental issues,such as environmental hormones (endocrine disrupting chemicals).

keywords: Internet,Web pages,Environmental problems,Science communication,Chemical education
1. はじめに
 インターネットの急激な普及を受けて,市民が科学技術関連情報を入手する手段としても重要度が増しつつあるが,Web情報には信頼に足るものが少ない場合もある上に,過剰な重複,剽窃,虚偽なども含まれていて,その活用方法の習熟には難しい面も多い.他のメディア情報と異なって随時参照できるというメリットが,逆に誤った情報を伝えやすいデメリットに繋がる可能性もあり1),専門家が良質な情報を発信していくと同時に,有用な情報への案内役を努める(guiding)など,情報環境の整備への協力の必要度が高まっている.
 ここでは,本間による環境ホルモン(内分泌撹乱化学物質)など様々な環境問題2)に関する情報の流通を目途としたWebページ3)の6年を超す運営実践経験を踏まえ,“安全な生活”を考える上でのインターネット情報の位置付けについて分析する.

2. 環境問題情報流通を目的とするWebページ運営実践と分析
2.1 Webページ開設と環境ホルモン問題への取り組み
 本間が1996年7月に開設したWebページ「生活環境化学の部屋」3)は,化学教育と環境問題に関するコンテンツを中心に掲載しており,2003年1月30日時点のサイト内データファイル数は7,241(htmlが約1,500で他に,mol,pdb,gif,jpg,xls,lzh,zip,pdfを含めた総計),データ総容量は64,133キロバイトに達している.
 環境関連では,環境ホルモン(内分泌撹乱化学物質),化学物質過敏症など近年注目されるようになった問題を取り上げ,解説や関連資料へのリンクを掲載してきた.さらに,最近になってからはNBCテロ情報のほか,牛海綿状脳症(BSE)や農薬など食品の安全に関する問題などについても対応を開始している.
 まず環境ホルモン問題については,日本では1997年5月17日と6月21日に放映されたNHK総合テレビ「サイエンスアイ」がきっかけとなって大きくクローズアップされたが,当時すでにインターネット上にかなりの情報が蓄積されていたことを受け,同年6月30日に『環境ホルモン情報』4)の掲載を開始して随時更新を続けて現在に至っている.環境ホルモンへの関心の高まりに伴い,様々な立場の多くの利用者からメールが寄せられて情報交換がなされ,Web上で環境問題に関する情報を公開することの有効性を認識する第一歩となった5)
 同問題自体,世界中の野生生物に及んでいる化学物質の影響を網羅的に集めた結果あぶり出されたものであり,インターネット時代の普及と同時進行で注目された事象と見ることも可能で,これを取り上げたサイトは個人・市民団体・企業・研究機関・地方公共団体など極めて多数に達し(それらはお互いに相補的な役割を果たしている側面もある),今後も各国から新しい調査・研究結果がWeb上に発信され続けることが予測される6)
 Downsによる「エコロジーに一喜一憂:課題注目のサイクル」説7)によれば,社会問題に対する注目のサイクルには,@問題の前段階,A危機的な問題の発覚と解決への熱狂的ムードの高まり,B本質的な問題解決への費用が高いことの自覚,C一般大衆の問題に対する関心の低下,D問題の事後段階,の5つのステージがあるとされ,環境ホルモン問題の場合はA〜Cの何れの段階にあるかは,立場によって見解が異なるであろう.そのような変遷の状況をトレースする意味でも,Webページで継続的に問題を取り上げ続けることは重要な作業と考える.  この点については,例えば過去の問題とされてしまう危険性もある水俣病について,メチル水銀の生成反応機構が解明されたのが2001年のことであり8),2002年になってようやく環境省が胎児への影響(もちろんこれは環境ホルモン問題とも関連する)の調査に着手する9)という事実からも,示唆されよう.
 化学物質の環境や社会に対する影響への配慮については,日本化学会で『環境憲章'99』10)を策定し,Webサイトにも情報コーナー11)を設けるなど,地球生態系保全に対する取り組みを明確にしているほか,2001年刊行開始の「岩波講座 現代化学への入門 全18巻」では第18巻として「化学と社会」12)を出してその重要性に言及している.
 因みに本間が環境問題や化学関連のトピックスをWebに掲載する際は,以下のような方針に沿っている.
2.2 化学物質過敏症とその他の問題への取り組み
 環境ホルモン問題に関する情報発信の経験を踏まえ,同様の手法で1999年12月からは化学物質過敏症を取り上げ始めた16).この問題は,名称がシックハウス(シックビルディング,シックスクール)症候群,本態性多種化学物質過敏状態など不定である上に,その定義や診断基準も確立していないが,発症者が人口の一割にも及ぶとされるアメリカに日本は追随している状況にある.症状や原因物質が多岐にわたり,根本的な治療法も見出されていない.公開Webページでは,原因とされる化合物情報などを掲載しており(図1参照),被害者からの激励や住宅関連企業からのリンク依頼等のメールが届くなど,多くの反響がある.以下に被害者の家族から寄せられたメールの一部を,メール送受信者の了解を得て引用する17)(改行位置と句読点を変更).多くの痛切なメールやWebで公開されている手記などを読むにつけ,化学物質が関与する問題の根本的な解決への前進を強く望むばかりである.
 その後に本間が著した環境問題に関する入門書18)では,環境ホルモンおよび化学物質過敏症に加えて,地球温暖化,酸性雨,オゾン層破壊を取り上げ,Web上でも関連リンク集や新規情報を紹介するという,書籍とWebの融合を目指す試みも実践している.

図1 『化学物質過敏症情報』16)からリンクされている,原因とされる化合物の分子を参照できるのページの画面例.分子モデル表示プラグイン14)により,防蟻剤クロルピリホスの親油ポテンシャルを表示した場合.

2.3 牛海綿状脳症(狂牛病)など最近のコンテンツから
 2001年9月11日の米国同時多発テロ事件とそれに続いて起きた炭疽菌事件や2003年1月のロンドンでのリシン所持事件などによるNBCテロへの脅威,そしてやはり2001年9月に国内で始めて牛海綿状脳症の牛が確認されたことに端を発する一連の事件による食品の安全性に対する信頼の喪失.専門家の間ではある程度予測されていたそれらの事態が続けざまに起こったことにより,自己責任で情報を入手して種々のリスク19,20,21)を回避する必要性が一気に浮上し,ここでも様々な局面においてインターネットの役割がクローズアップされてきている(例えば食品情報のトレーサビリティなど).
 本間のサイト3)でも,牛海綿状脳症(BSE)22),炭疽菌23),耐性菌・院内感染24)など,必要に応じて新しいコンテンツを作成して公開してきている.
 環境情報の流通を目的とした本間によるページ群のWebにおける位置付けを確認する意味で,BSE情報ページを中心にアクセス状況25)の一部を図表で示した.図2の2002年から半年間のアクセス解析(ミラー版を省く)では,平日の利用が多いという週ごとの変動や夏季休業中のアクセス低下があるが,各コンテンツともそれぞれに平均的な訪問数のあることが見て取れる.またこの期間のアクセス最大値となっているBSEページへのアクセス(239件)は,国内のBSE4頭目の確定診断発表に対応しており,多くの人がニュースに合わせてインターネット情報を活用していることがわかる.なお,5頭目では86件(夏季休業期間),6頭目185件,7頭目159件とピーク値はほぼ減少傾向にあり,何れもその翌日以降はほぼ平常値に戻ることから,この問題に対する関心が落ち着いてきたことが窺える.

図2 2002年4月1日から6ヶ月間の「生活環境化学の部屋」provider版のトップページ3)とコンテンツ例22,24,30,31)へのアクセス状況.アクセス最大値はBSE4頭目の確定診断発表に対応.
 次に表1のリンク元解析例からは,検索サイトのYahooニュース26)やBSEの関連公的機関である動物衛生研究所のページ27)に掲載され,Google28,29)の関連語検索でも上位にランクされたこと(2003年1月30日,“狂牛病”検索では約195,000件中18位)が利用者数の増加に繋がっていることがわかり,Web情報を有効に発信するには様々なサイト間の有機的な連携が不可欠であることが明らかになった.さらに,検索サイトで自作情報を上位に表示させるためには,最近話題になっているSEO (Search Engine Optimization)の発想を援用することも考えられる.
 また,図2にはプリオンを知る上で基本となるタンパク質の高次構造の基本なども学べる分子の教材集30)や5月に公開を開始した抗がん剤に関するページ31)の集計も示したが,BSEページからもリンクしてあるにも拘らず明白な利用者数の増加は見られなかった.後者については新コンテンツの認知度の低さが第一の原因であろうが,BSEのリスクと発がんリスクとを比較すれば32),情報に対するニーズに偏りがあると言う見方も可能である.このような傾向は時事問題ではしばしば見られ,前出のDowns説や科学ジャーナリズムのあり方とも考え合わせていく必要がある.あるいは,関心の高い問題が起こったときにこそ,真に問題とすべき情報に多数を誘導していくことも可能と考えられ(guiding),その際にはコンテンツ作者に高度なWebデザインの技術も要求されよう.

表1 『牛海綿状脳症情報』ページ22)に対するアクセスのリンク元集計(2002年1月).
:外部リンク,:サイト内リンク,他は検索エンジンから.
順位 リンク元 アクセス数 割合 / %
1 Yahoo! ニュース/BSE(牛海綿状脳症) 1654 39.3
2 動物衛生研究所/牛海綿状脳症(BSE)のページ 353 8.4
3 HP/トップ 168 4.0
4 検索/goo/「狂牛病」 143 3.4
5 検索/yahoo/「狂牛病」 77 1.8
5 検索/yahoo/「プリオン」 77 1.8
7 検索/google/「狂牛病」 71 1.7
8 検索/google/「プリオン」 66 1.6
9 Useful INOUE Home page 50 1.2
9 検索/goo/「プリオン」 50 1.2
11 検索/google/「狂牛病について」 45 1.1
12 検索/biglobe/「狂牛病」 24 0.6
13 検索/biglobe/(検索語不明) 21 0.5
13 検索/nifty/「狂牛病」 21 0.5
15 有機農業・環境問題のホームページ/狂牛病LINK集 15 0.4
16 HP/タンパク質の高次構造(α-ヘリックスとβ鎖) 14 0.3
16 検索/yahoo/「プリオン病」 14 0.3
18 検索/yahoo/「狂牛病 画像」 12 0.3
19 Jedline和英辞書(医歯薬篇) 11 0.3
20 検索/nifty/「プリオン」 10 0.2
その他   1310 31.1
  4206 100

3. おわりに
 科学情報の伝達という意味で不可欠なものとなったインターネットを利用した本間による実践について,いくらかの分析と考察を加えた.利用者からの多様な反応やアクセス解析という手段が採用でき,それをフィードバックしてコンテンツを更新できるという意味でもインターネットは斬新なツールであると同時に,日々の積み重ねがものをいう分野でもある.他のメディアとの融合や比較なども視野に入れ,今後の新技術も取り入れながらなされるであろう今後の更なる実践とその解析に期待するものである.
 時々刻々増加・更新・消失が止むことのないWeb情報を1996年以降集積し続けているInternet Archive33)や諸外国の国立図書館などに倣って34),2002年から国立国会図書館でもネットワーク系電子情報を印刷物と同様に収録しようとする『ネットワーク系電子情報に関するプロジェクト』35)が企画され.Web上のデータベースへリンクを張る「データベース・ナビゲーション・サービス(Dnavi)」36)とWebサイトや電子雑誌を収集・保存する『インターネット資源選択的蓄積実験事業(WARP)』37)が開始された.Dnaviには本間運営の分子データ集30)など数件が収載されたほか,自動収集のInternet Archiveには過去のバージョンも保存されている.このような動きも踏まえ,社会におけるWeb情報の位置付けについても引き続き考察を加えて行きたい.



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