深海を含めた世界中の水圏でマイクロプラスチックが広がり生物への影響が問題視されています。その大きさだけでなく付着している環境ホルモンなど有害化学物質の影響も懸念されており,平成28年度海洋ごみ調査の結果について(環境省,2018/01/23)でもマイクロプラスチックからPCBやPBDE類が検出されたことが報告されています。 → 日本海の生物と環境 - 「生物の科学 遺伝」2018年1号|「三訂版 フォトサイエンス化学図録」p.169(数研出版) 2016年に環境省が環境ホルモンの可能性のある6化学物質(ビスフェノールA,ノニルフェノール,エストロン,オクチルフェノール,ヒドロキシ安息香酸メチル,ペンチルフェノール)について規制検討とのニュースが出されました(日経(2016/06/25)ほか)。 → 化学物質の内分泌かく乱作用に関する今後の対応 ― EXTEND 2016 ―(案) [PDF] | 環境ホルモンとして疑われている化合物例 2008年11月,三共出版より「新版 有機概念図 基礎と応用」(共著)が発刊されました。環境ホルモンについても有機概念図で概観しています。なお,同ページで有機概念図計算用Excelシート最新版もダウンロードできるようになりました! |
※本ページは『生活環境化学の部屋』内の環境ホルモン情報をまとめたもので,新規解説なども加えていく予定です.
1.環境ホルモンとは? …「ダイオキシン100の知識 」(東京書籍,1998/08/05 発行!)の原稿より抜粋再編
最近マスコミでも盛んに取り上げられている「環境ホルモン(内分泌撹乱物質)」の定義は定まっていませんが、1997年2月にアメリカで行われた会議では、『生体の恒常性、生殖、発生あるいは行動に関与する種々の生体内ホルモンの合成、貯蔵、分泌、体内輸送、結合、そしてそのホルモン作用そのもの、あるいはクリアランス、などの諸過程を阻害する性質を持つ外来性の物質』(環境庁資料の訳)とされました.
[引用者注]原著では,「エストロジェン」→「エストロゲン」,「アンドロジェン」→「アンドロゲン」,「シトクローム」→「チトクローム」.
[引用者注]P450についての詳しい解説書が発刊されました.
2.トピックス
3.参考文献・ホームページなど [PDF]とある情報は,PDFファイルのためAcrobat Readerが必要です.
環境ホルモンのはたらき
特に問題になっている新たな脅威は、生物の存続を危うくする生殖や発育への深刻な影響です.生物の種類によって表れる障害は異なりますが、雌では性成熟の遅れ、生殖可能齢の短縮、妊娠維持困難・流産などが見出され、雄では精巣萎縮、精子減少、性行動の異常等との関連が報告されています.
具体例を列挙すれば、アメリカのアポプカ湖ではワニの雄の生殖器が小さくなり子ワニの数が減少(農薬DDTとその誘導体が原因*)、イギリスのある川では魚に雌雄同体が多数発生(洗剤に関連するノニルフェノールが原因)、世界各地のイルカやアザラシの大量死(PCBが原因の一部と考えられる例があります)、日本でのイボニシなどの貝の雌の雄化による繁殖低減(防汚剤として船底用塗料に含まれるトリブチルスズなどが原因)、等々で各地域独特の弊害があぶり出されています.
人間についても例えば精子数の減少が指摘され、デンマークでは1938年から1990年の間にほぼ半減というデータが示されました.この報告には反論と支持が出されましたが、他の国でも類似のデータが示され、動物実験での確認例もあって減少傾向は否定できないようです.日本でも、若者34人の精子濃度等の検査で、世界保健機関の基準を満たしたのが1名だけという報告がありました.
また、胚や胎児の段階での環境ホルモン暴露の影響は大きく、事故などで高濃度に曝されて生まれた子どもには、成長の遅れや行動上の問題が指摘されています.あとで述べるように、環境ホルモンは極めて微量でも作用するため、とりわけ様々なホルモンが重要な働きを示す胎児・乳児の時期に摂取した影響が、成長に伴ってあるいは次世代にどのように発現するのか、長期的な調査が必要です.
環境ホルモンの作用は、以下のように考えられています.生物のからだの中で正常なホルモンは、発生や発育などの諸段階において適宜特異的な生理活性を示します.ホルモンレセプターを刺激して遺伝子を活性化し、必要な生体反応を起こすのです.いわば細胞という工場のラインを動かす、スイッチの役目を果たしているわけです.ところが環境ホルモンは、レセプターに対してホルモンと同じような働きをして、不必要なときに工場を稼働させたり、正常ホルモンの働きを阻害して必要なときに工場が動かないようにしてしまいます.この結果、不要なものが過剰にできたり、必要なものが不足して、生体の正常な機能が果たせなくなります.中でも問題なのが、エストロゲン(女性ホルモンの一種)と類似した作用を示す化学物質が、エストロゲンレセプターと結合してタンパク合成を引き起こしたり、他のホルモンバランスを乱したりすることです(ホルモン類似物質).男性ホルモンのレセプターに結合して、男性ホルモンの働きを阻害するものもあります(ホルモン遮断物質).
環境ホルモンはこのように“スイッチ”のようなものですから、他の毒性に比べて極めて低い濃度で影響が表れます.この問題について世界中に警鐘を鳴らしたコル
ボーンらの著書「Our Stolen Future」ではそのことを、『タンク車660台分のトニックに、ジンを1滴たらした量』と表現(長尾力訳の翻訳版「奪われし未来」による)しています.また、生物濃縮(例)が大きな意味を持つことから、食物連鎖の上位のものほどその影響が顕著と考えられています.
もともとホルモンは、必要な時期に(早過ぎず遅すぎず)必要な濃度で(多過ぎず少な過ぎず)存在して、はじめて正常な働きをするようにできています.これは、生物が極めて微量な化合物を、繊細にコントロールしてその機能を維持するシステムを築き上げてきたこと物語っています.環境ホルモンの問題は、その生命システムを根幹から揺さぶる重大なものなのです.
〈引用文献〉筏義人,「環境ホルモン」,p.140,講談社ブルーバックス(1998)
初期反応
ひき起こされる現象
結果
物質
1.レセプターに結合
1.1 エストロジェンレセプター
エストロジェン様作用
(アゴニスト)内分泌攪乱
合成エストロジェン(DESなど),植物ホルモン,ヒドロキシPCB,ビスフェノールA,ノニルフェノールなど
1.2 アンドロジェンレセプター
抗アンドロジェン作用
(アンタゴニスト)内分泌攪乱
p,p'-DDE(DDTの代謝物),フタル酸エステルなど
1.3 Aha)レセプター
P-450の合成(酵素誘導)
発ガン,
内分泌攪乱ダイオキシン類,PCB,DDTなど
2.シトクロームP-450による代謝
反応中間体の生成
(毒性活性化)発ガン,
内分泌攪乱ダイオキシン類,PCB,DDTなど
3.アロマターゼb)に結合
アロマターゼの作用阻害
エストロジェン濃度減少
HCHなど
4.TBGc)に作用
甲状腺ホルモンの減少
発育抑制
有機スズ
5.神経・免疫系分子と相互作用
神経系・免疫系ネットワークの攪乱
ダイオキシン類,PCBなど
b) P-450の一種で,アンドロジェンをエストロジェンに変換する酵素
c) 甲状腺ホルモンを結合するグロブリン
酵素誘導,P450などについては,P450部分データ集,「ステロイドホルモンの生合成と代謝」(下図掲載),「ダイオキシン100の知識 」のページも参照.
◎大村恒雄・石村巽・藤井義明 編,「P450の分子生物学」,講談社サイエンティフィク(2003)
〈引用文献〉茅幸二ほか,「岩波講座・現代化学への入門18 化学と社会」,p.110,岩波書店(2001)
物質名
急性毒性
〔mg (kg体重)-1〕子宮重量毒性
〔mg (kg体重)-1 day-1〕生殖毒性
〔mg (kg体重)-1 day-1〕何らかの毒性
〔mg (kg体重)-1 day-1〕
ジエチルスチルベストロール(DES)
2500
0.001
0.0075
0.0075
エチニルエストラジオール
>5000
0.002
0.010
0.010
エストラジオール
弱い
0.050
0.16
0.16
ゲニステイン
28
67
67
ノニルフェノール
2000
50
50
15
オクチルフェノール
>2000
200
>150
70
ビスフェノールA
3250
200
437
50
[引用者注]「化学と社会」p.112には,“低濃度効果(逆U字現象”についての記述があります.またノニルフェノールの魚類に対する環境ホルモン効果に関するデータを含む環境省報告(2001/08/03)も参照してください.
NHKサイエンスアイ#では,1997/05/17#(アーカイブス情報),1997/06/21#の2回に渡って「環境ホルモン」の話題を取り上げました(第3回は 1998/01/31# 放送).環境ホルモンとは内分泌撹乱物質(Endocrine Disruptors)のことで,“生体内でホルモンのようなふるまいをして本当のホルモンの働きを撹乱して生殖機能などに大きな影響を及ぼす合成化学物質”の総称です.現在約70化合物が知られていますが,そのリストの例(海外の資料の和訳)といくつかの化合物を紹介するページ(その1,その2)を作成しました.
1998/11/14・11/21 には,シリーズ環境ホルモン「メカニズムはどこまで分かったか」#,「人間の生殖異変は始まっているか」#が,1999/06/05には「動き出す環境ホルモン対策」#,2000/02/03には「コルボーン博士が語る環境ホルモン汚染」#が放映されました(番組ページへのリンクが切れた場合は,NHKサイエンスアイ検索ページ#で“環境ホルモン”をキーワードにサーチ).
2002/01/05,「環境ホルモン・最新メカニズムにせまる」が放映され,以下の参考情報に関連する内容などが放送されました.
また,上記「内分泌かく乱作用に関する試験法開発状況について」で解説されている3D-QSARについては,以下のページを参考にして下さい. → 環境ホルモンとして疑われている化合物の分子情報/3次元構造活性相関手法(3D-QSAR)の紹介
ヘキサクロロベンゼン,ヘキサクロロシクロヘキサン,クロルデン,オキシクロルデン,trans-ノナクロル,DDT,DDE,DDD
▼以下関連情報
参考:水野玲子・綿貫礼子,『男の子はいずこへ? 日本および海外の出生児の性比研究』,「環境ホルモン【文明・社会・生命】」2号,藤原書店(2001)
アクロレインとピリジン(Chime分子;acrolein,pyridine,1,2-dichloroethane )
ジウロン(Chime分子)
HBCDsの例 1,2,5,6,9,10-ヘキサブロモシクロドデカン(異性体あり)
参考:AhR(アリル炭化水素受容体;別名 ダイオキシン受容体)と結合して二量体を形成するタンパク質群の一種ARNTの例1x0oのModel 1
※73成分:2,4-D/4,7-Methano-1H-isoindole-1,3(2H)-dione,2-(2-ethylhexyl)-3a,4,7,7a-tetrahydro-/Abamectin/Acephate/Acetone/Aldicarb/Allethrin/Atrazine/Azinphos-Methyl/Benfluralin/Bifenthrin/Butyl benzyl phthalate/Captan/Carbamothioic acid, dipropyl-, S-ethyl ester/Carbaryl/Carbofuran/Chlorothalonil/Chlorpyrifos/Cyfluthrin/Cypermethrin/DCPA (or chlorthal-dimethyl)/Diazinon/Dibutyl phthalate/Dichlobenil/Dichlorvos/Dicofol/Diethyl phthalate/Dimethoate/Dimethyl phthalate/Di-sec-octyl phthalate/Disulfoton/Endosulfan/Esfenvalerate/Ethoprop/Fenbutatin oxide/Fenvalerate/Flutolanil/Folpet/Gardona (cis-isomer)/Glyphosate/Imidacloprid/Iprodione/Isophorone/Linuron/Malathion/Metalaxyl/Methamidophos/Methidathion/Methiocarb/Methomyl/Methyl ethyl ketone/Methyl parathion/Metolachlor/Metribuzin/Myclobutanil/Norflurazon/o-Phenylphenol/Oxamyl/Permethrin/Phosmet/Piperonyl butoxide/Propachlor/Propargite/Propiconazole/Propyzamide/Pyridine, 2-(1-methyl-2-(4-phenoxyphenoxy)ethoxy)-/Quintozene/Resmethrin/Simazine/Tebuconazole/Toluene/Triadimefon/Trifluralin
※参考:POPs条約 4種類の化学物質の追加について評価をスタートへ(EICニュース,2005/05/06) …“既に条約の対象物質となっているDDTについて、マラリア対策のため、25カ国で使用を継続する必要のあることが認められた。DDTの代替物質の開発状況については、3年間のうちに再び評価されることとなった”
※水酸化PCBを含むエストロゲンスルホトランスフェラーゼの例1g3m
◎関連資料から引用(まだ環境省から正式には公開されていないため;異なっている可能性あり):ExTEND2005 における詳細調査の検討について(H19 第1回 ExTEND2005 作用・影響評価検討部会,2007/11/06)[PDF] p.2 → 分子モデル一覧(分子群の場合はその一例)
“15物質とその主な用途は以下のとおり。
エストロン(女性ホルモンの代謝物質)、直鎖アルキルベンゼンスルホン酸及びその塩(洗剤)、2,4,6-トリブロモフェノール(樹脂添加剤)、2,4-トルエンジアミン(ポリウレタン合成原料)、o-ジクロロベンゼン(失効した殺虫剤)、p-ジクロロベンゼン(未登録の防虫剤)、N,N'-ジメチルホルムアミド(人工皮革)、ヒドラジン(ロケット燃料)、ペルフルオロオクタン酸(フッ素ポリマー製造時の助剤)、フェンチオン(農薬(殺虫剤))、トリフルラリン(農薬(除草剤))、カルバリル(NAC)(農薬(殺虫剤))、トキサフェン(未登録の殺虫剤、POPs)、ビンクロゾリン(失効した殺菌剤)及びメトキシクロル(失効した殺虫剤)”
調査対象物質例のエストロン
※分子モデル一覧ページに15化合物の有機概念図掲載
4.本サイト内の関連情報 …上記情報とも重複(一部ページは分子表示用plug-inが必要です)
●特定の機関や分野を対象とした検索システムなど
●サーチエンジンによる検索とオンライン書店による書籍検索
googleによる“環境ホルモン”検索
“環境ホルモン 内分泌撹乱 攪乱 かく乱 ダイオキシン”のOR検索
※以下は通常検索用(任意キーワード)
《参考》 Google Image Searchによる“dioxin”検索結果 → 画像で学ぶ環境問題
※掲載情報例:『将来を汚染している:子どもの発達と学習に影響を与えるアメリカの化学物質汚染』(ナショナル環境トラスト,社会に責任を負う医師達,アメリカ学習障害協会による報告書),『PCB及びダイオキシンへの暴露によるオランダの就学前児童の免疫機能への影響について/概要』(Nynke Weisglas-Kuperus 他による)
※掲載情報例:『内分泌攪乱化学物質(EDCs)の低濃度曝露による影響』(アメリカ国家毒性計画,2001/06/18)
※中西準子氏の推薦文:日本人は、環境問題を誤解している。人間への危険性ばかり声高に騒ぎ、人間以外の生物への影響には、とんと無関心。もっと生物のことを考えよう。化学物質の生物への影響を真っ正面からとりあげた、日本で最初のこの本を読むことから始めよう。 〔北野大氏の推薦文もあり〕
※第11章『薬物代謝と毒性学』(内分泌撹乱物質と薬物代謝 など)ほか
※第7章『核内ステロイド受容体を介する 細胞内シグナル伝達』,第8章『薬物受容体 シグナル系』(AhRによるCYP1ファミリーの誘導 など)ほか
※第2章9節『薬物異物受容システム』にAhR,薬物誘導などに関する最近の研究紹介
※第3章2節『核内受容体と創薬』にER(エストロゲン受容体)に関する記述
参考:2章9節p.139図2のPYPのPDBデータ例1odvのChain A
※p.107:“今日では核内受容体はもっとも重要な薬の標的と考えられている。また環境ホルモンなど核内受容体に結合する環境物質は,非常に低濃度でも危険性が高い” → 上掲「受容体がわかる」(羊土社)参照
※本記事に関する意見およびその意見に対する編集員会の見解 → 化学と工業,52(5),639-640(1999)
※参考:PDBデータのLigand結合部位(Chime版)による1qkuChain AのSITE部分(上記論文 Figure 3 に対応)「内分泌撹乱物質の評価手法の開発 −内分泌攪乱物質の情報科学的研究」(森田昌敏)など <内分泌攪乱化学物質データベース,“レポーター遺伝子法”に言及 → 関連ニュース『化学物質の環境ホルモン作用で182物質確認』参照>
※RXRについては例えば以下を参照
※参考:ヒトのRXRの例(PDB 1g5yのChain A・B)
PDF資料図2
▼掲載解説例
〔左〕分泌性ホスホリパーゼA2(sPLA2)のデータ例1db4とフタル酸ジ2-エチルヘキシル(右下);工藤の解説より
〔右〕PPAR(ペルオキシソーム増殖剤活性化受容体)-αのデータ例2p54とPFOS(右下);小泉の解説より
※11/18・14:40〜18:40のワークショップ1「内分泌かく乱物質の有害性のプレスクリーニング法としてのQSARの有用性」は,QSARで有名な藤田稔夫先生(京都大学名誉教授)がオーガナイザーになっています.QSARについては分子と分子の相互作用(QSARと有機概念図から),環境ホルモンとして疑われている化合物の分子情報(3D-QSARの紹介)をご参照ください.
“環境ホルモン”問題は人間と化学物質の関係を見直す契機ともなっており,自然科学分野だけでなく社会学・経済学・人間学・倫理学など,多様な観点から取り上げられているほか,小説などの題材にもなっています.以下の多様な検索サイトで,“環境ホルモン”など任意のキーワードを入力して検索することにより,その現状が浮かび上がってくると思いますので,どうぞご活用ください.
※以下のサイト情報に関しては,著名なメールマガジンAcademic Resource Guide(67号の「関連サイト紹介」など)の情報も参考にさせていただきました.
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